第130話 社交シーズンらしい
今日開かれるお茶会は、社交シーズンの始まりを告げる言わば開会式の様なものらしい。派閥とか関係なく参加出来る貴族は皆一度集まろうよ的なお茶会だそうだ。
主催はヴォルテーヌ公爵家。そこは王家じゃないんかいと思うが、一年毎に公爵家で順番にやっていくんだそうな。
私とリリはおめかしをして会場にやってきた。リリは黒のワンピースドレスを着ている。所々にあしらわれたレースから見える透き通る様な白い肌が色っぽいくて、リリももうこんなドレスが似合う年齢になったんだなぁと感慨深いものがあるよ。ちなみに私は燕尾服を着てリリをエスコートしている。
アダマンタイト製のお揃いブレスレットを付けて仲良しアピールだ。さすがはアダマンタイト、未だに輝きは色褪せず傷も付いていない。
お茶会の会場は公爵家の広い庭園。ウエディングケーキみたいな形をした大きな噴水や、植物で作られたアーチ、花で作られた公爵家の家紋などなど、見どころ満載の綺麗な庭園だった。
ただ、年々巣が大きくなって最早顔しか出ていない初代ベルレアン辺境伯家当主ディムロス様の像ほどインパクトがあるものはない。最初はあの像もうわーって感じだったけど、見慣れた今では「これこれ、これがなきゃね」って気分になるから不思議なものだよ。一周回って好きになった。愛着って気が付くと湧いてるものだよね。
そんな綺麗だけどインパクトの足りない庭園に入ると、沢山の淑女が集まっていた。一体何家あつまっているのかもわからないが、会場を見渡すとチラホラと見知った顔がある。
リリと私は公爵家のメイドさんに案内されて、前の方の円卓に着いた。
会場を見渡すと、庭園に並べられた沢山の円卓は、凄く豪華な装飾品を身に着けてる人達のグループもあれば、控えめなグループもある。恐らく爵位や派閥によってまとまってるんじゃないかな。私達の座っている円卓にはまだ他の人は来ていないけど、リリが案内されてるから高位貴族が集まるんだと思う。それか私が居るから足して二で割って真ん中くらい?
そんな風に会場を見まわしていると、チラホラ見た事のある淑女と目が合う。向こうも私の事は認識している様で、人によっては頭を下げたり、アダマンタイト製のロングスプーンを誇らしげに眼前に掲げたりする。お茶会にマイロングスプーン持ち込むとかエコ意識高すぎるでしょ。
ロングスプーンを見た人の反応は様々だ。リリは呆れた顔で私を見るし、羨望の眼差しでロングスプーンを見る人もいる。当然と言えば当然だが、何やってんだコイツって目で見ている人もいる。たぶん社交界に積極的ではないか、ティヴィルから離れた所に領地があるお貴族様なんだろうね。
でも安心してほしい。そのスプーンを配った私も内心では何やってんだコイツって思ってる。公爵家主催のお茶会でそんな変なの出さないでしまいなさいよ。
「何かあれだね。お貴族様って結構癖あるよね」
「……たぶんノエルには言われたくないって思ってるんじゃないかしら」
小声でリリとお話をしていると、少しずつ席が埋まりだした。私達の居る卓にも綺麗なお姉様方が座っている。侯爵家や伯爵家の方々らしく、どの方も品があってお綺麗だ。平民が同席してすみません。文句はヴォルテーヌ公爵家にお願いします!
リリは同じ卓のご夫人やご令嬢に、もうすぐ学園に通うんですー、不安で不安でーみたいな後輩ムーブをして相手に気持ちよくお喋りさせていると、お茶会開催の時間になった。
会場前方にあるステージの様な所に一人の淑女が登壇した。恐らくこのお茶会を主催したヴォルテーヌ公爵家の夫人なんだろうけど、見覚えがあるねあの人。
「本日は大勢の方にご参加頂き誠にありがとうございます。このお茶会は、皆さんもご存知の通り春の社交界の始まりを告げるものです。今年、担当させていただきますのがヴォルテーヌ公爵家でございます。あまり長々と壇上でお話していてはお茶会ではなく、私の講演会になってしまいますので挨拶はこれくらいにして早速始めましょうか。どうぞ、心行くまでお楽しみ下さい」
公爵夫人はステージの上から、通りの良い声で開会の言葉を告げている。公爵家ともなれば貴族の階級的には最上位に位置するだろう、会場にいる全員が公爵夫人の挨拶に集中していた。
何だか全校集会で校長先生の話を全員が集中して聞いている様なシュールな光景に、思わず少し笑ってしまった所をリリにペチッと太ももを叩かれてしまった。
挨拶が終わると、壇上の公爵夫人と目が合った。何を思ったのか、公爵夫人は懐から二本のアダマンタイト製ロングスプーンを取り出して、私の方を向きながら二本のスプーンを眼前に掲げた。そんな様子を見て会場は少しざわめいていたが、公爵夫人は気にした様子もなくステージを降りて席へと戻って行った。あれじゃ見ザルだよ。日光じゃん。日光だっけ?
「……二本目をあげたんですの?」
「スプーン? この前あげたよ。孤児院のスイーツショップ開店初日に協力してくれたからあげたの。本人は困惑気味だったけどね。まさか公爵夫人だったとは知らなかったよ」
「はぁ……」
リリは私をジトっとした目で見たあと、盛大にため息をついた。お茶会の最中にため息をつくとは何事か! さっきのお返しとばかりにリリの太ももをペチッと叩いた後、ごめんねとスリスリする。やり返したかっただけでほぼ難癖です。
私は領地の話や特産品の話を聞いてもよくわからないし、流行りのドレスも芸術もわからない。
何が言いたいかというと、お茶会というのは結構退屈だ。もっとこじんまりしたお茶会であれば、私もお話に参加したり、お土産にスイーツを持参して話題をかっさらっていくけど、こんな大規模なお茶会だと流石に好き勝手できない。
沢山の貴族が参加するお茶会に、平民が参加していること自体おかしな事なのに、そこに魔物のシャルロットを連れてくる事も出来ないから残念だけどゴレムスくんとお留守番だ。つまり私に出来るのはお腹がタプタプになるほどお茶を飲むだけだ。
リリも辺境伯領のアピールを頑張ってるからちょっかいかけるのも躊躇われる。この会場のどの卓もこんな感じで政治っぽい話をしてるのか気になって身体強化で聴力を上げた。
入学試験の話、入学後の話、領地の話や旦那に対する惚気か愚痴かわからないようなものまで、話題は色々飛び交っているね。お貴族様でもやっぱり女性は女性だ。おしゃべりが大好きみたい。
――そう言えば聞きましたか? 妖精の匙の話。私は王都から離れていたので知りませんでしたから驚きました。
――ええ、私も同じですよ。社交界には疎い物ですから全く存じ上げませんでした。
どこかの卓から妖精という単語が聞こえた。雑多な音の中でも自分に関係する声とか興味のある言葉って不思議とはっきり聞こえるよね。少し気になるからこの会話に意識を集中させる。
――持っていると妖精のお茶会に参加する資格が得られるって聞きましたけど本当なのかしら。
――本当らしいですよ。何でも妖精のお茶会では神々の食べ物かと思ってしまうほど美味しい物が振舞われるそうです。
――それに、それだけではなくて『妖精の匙は長く、遠くのものまで救う』でしたか? 例の事件が解決したのも妖精の匙が関係していたって話でしたけど、今日見た限りではそれも本当の話だったみたいですね。
話を聞いた感じ、やはりこの世界にも本物の妖精は存在するらしい。妖精なんて言うから私の話かと思ったけど、陰ながら事件を解決するし、関係者は特別なお茶会に招かれるとか、そんな可愛らしくてファンシーな事をした覚えはない。妖精が分類上魔物と変わらないような生き物だったら私は近づく事すらできないだろうなぁと、遠い目をしていたら別の話に移っていた。もう少し詳しく聞きたかったけど、突撃して「さっきの話詳しく」なんて言えないし諦めよう。
意識をこっちに戻すと、リリが申し訳なさそうな顔で私を見ていた。少し顔を寄せて小声で話しかける。
「どうしたのリリ」
「ノエルには退屈ですわよね」
「……まぁ楽しいって言ったら嘘になるけど、リリを放ったらかしにはできないしね」
今更リリがお茶会で傷付く様な事もないと思うし、苦手意識もなさそうだけどやっぱり少しだけ心配にもなるよ。今は両親とも離れてる訳だしさ。
「でもあれだね。公爵家のお茶会なのにお菓子はやっぱり微妙だね」
「わたくしたちはノエルのスイーツに慣れてますからね……。これでも以前よりは良くなっているでしょう?」
出されているのはシュガーラスクに近い。カリカリにはなっていない固めのパンに砂糖が適量まぶしてある。
盛り塩パンじゃないだけ進歩なのかもしれないけど……。こう、なんて言うの? 公爵家のお菓子って商品名でこれ出てきたらどうよって気持ちだ。
「帰ったら二人だけでお茶会やり直す?」
「でしたらこの前のシュークリームでしたか? クリームの代わりにアイスを挟むのはどうですか?」
「流石はリリ、天才だ。じゃあ作るところから一緒にやろうよ」
二人でコソコソと笑いあってる姿を同じ卓の人達がジーッと見ていた。な、なんだよぅ! 文句あんのかよぅ!
「つかぬ事をお聞きしますが、お二人はそういうご関係で?」
十代後半くらいの女性が言う。そういう関係ってなんだ。一緒にお菓子作りしたりするかって事?
「ええ、まあそうですけど……」
「そうだったんですね……。どうりで仲が良いわけです」
「リリは優しいですからね。私に付き合ってくれるんです」
「正式に……ですか?」
「えっと……正式では、ない……のかな?」
お菓子作りの正式って何? 本来は平民が貴族と何かするのに手続きが必要とかそういう話?
ご令嬢はコソコソとお隣さん達と禁断とかなんとか言いながらキャーキャー話始めた。やっぱり貴族の令嬢が厨房に立つのは貴族社会的には禁断で良くないっぽい。
リリの手をツンツンとつついてから小首を傾げて問いかける。
「リリは嫌?」
「えっと……嫌ではありませんわよ……? ただ誤解されてると思いましてよ」
リリは顔を真っ赤にさせてドレスの裾をギュッと握りながらそう言った。
それからのお茶会は、同じ卓のご令嬢方が私に話を沢山振ってくれて、楽しくお喋りをすることができた。共通の話題がないからか、私とリリの出会いとか思い出とかそういうのばかり聞いてきた。まぁ大いに盛り上がったし満足だよ!
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