第128話 理解できない話が多い

「ノエル、セラジール商会から手紙が届いてるわよ」


「ん? ありがとー」


 シャルロットとお庭で遊んでいるとリリから声を掛けられた。セラジール商会は門前払いされて以来行ってなかったけど、私が王都にいるって誰かから聞いたのかな?


「そういえば孤児院の方はもういいの?」


「うん。なんか上手くやってるみたい。すっごい儲かってるっておばあちゃんが悪どい顔してたよ」


 提案した手前、初日以外も気まぐれに顔を出したんだけどおばあちゃんが悪い魔女みたいな顔してお金数えてたよ。お客さん達も孤児院の援助ってコンセプトを理解してくれてる様で、協力的だって言ってた。


 受け取った洋封筒の封蝋をベリッと剥がして手紙を取り出す。


「セラジール商会は何て言っておりますの?」


「えっと……なんかエリーズさんが近々会いたいってさ。今から行ってくるよ」


「はぁ……そんな受け取ってすぐに行かず、先触れくらい出したらどうなんですの? 本当はわたくしも一緒に行きたいですけど遊んでる余裕はないですし……」


「じゃあ何か面白そうな物お土産に持って帰ってくるよ」


「お土産はいりませんわ! 何だか嫌な予感がしますもの……」


 リリは淑女の仮面を落っこどしたみたいで、手をわちゃわちゃ振って必死に否定している。全く失礼しちゃうよね! フレデリック様もお土産って言うと引き攣った顔したりするしさ。私のお土産チョイス人気無さすぎでしょ。


 そんなこんなでシャルロットと二人でセラジール商会までデートだ。王都は何もない様な道もそれなりに人が歩いている。そのせいでぶつからない様に歩かなくてはならず、真っ直ぐ歩けないことが多い。

 それが面倒くさい私は屋根の上か、シャルロットに飛んでもらうから、正直王都の地理には未だに疎いままだ。


 もしエマちゃんが暇だったら王都の案内してもらおうかな? 観光ってどこ行っていいかわからないから苦手だし。

 

 あれだよあれ。観光地って地元民はあんまり行かなくない? 観光地はほとんど観光客しか行かないけど、コンビニは観光客も地元民も多分行くよ。そう考えると歴史ある物とか、綺麗な景色を見てもコンビニ以下の価値に見えて、あまり興味が持てないのだ。行ってもふーんって感想しか出ない。

 

 でもエマちゃんが王都の広場にあるって噂の国王様の像を見て、「ノエルちゃん! 見てください! これが王都で一番大きいゴミです!」とかはしゃいでくれたらそれだけでテンションが上がるってもんだよ!


 そんなくだらない事を考えながら屋根の上を歩いていると、セラジール商会の屋根に辿り着いた。これこのまま上から入ったら怒られるかな? 常識ないと思われたくないから一階から入ることにしよう。


 店内に入り、前回同様店員さんを見つけてから声をかけた。今回も最初は怪訝な顔をされてしまったけど、エリーズさんからの手紙を見せれば一発だった。今日は丁度来てるらしい。逆に来てないこととかあるんだ、と驚いちゃったよ。


 せっかく屋根の上から一階まで降りたというのに、階段でトコトコ三階まで上がる。受付さんがノックをすると中から懐かしい声が聞こえた。


「どうぞー」


「失礼しまーす。エリーズさん久しぶりです!」


「もう、ノエルちゃんったら王都に来たなら早く会いに来てくれれば良かったのに」


 少し狭い執務室には場違いにも見える女神が座っていた。女神エリーズは数年ぶりに会うというのに相変わらず美しかった。以前までの場違いな村娘スタイルはもう卒業して、綺麗なお洋服を着ている。前ほど浮いてはいないけど、エリーズさんの美しさと比較してしまえば富裕層の綺麗な服など不相応だね。

 滅茶苦茶豪華なドレスか、真っ白なカーテンみたいなのが似合うと思うな。


「王都に来て直ぐに一度来たんだけど、紹介状とかなかったから門前払いされちゃったの。迷惑かけるのもあれかなーってそのまま帰っちゃった」


「あら、そうなの? 取り敢えず座って」


 エリーズさんに促されるまま、ソファに腰掛けてシャルロットをお膝に乗せる。


「お爺様に紹介状は書いてもらわなかったの?」


「うん。王都に来るのは内緒にしてたから頼めなかったんですよ。言うでしょ? 敵を欺くにはまず味方からって」


「初めて聞いたけど、含蓄のある言葉ねー」


 エリーズさんは感心した様な顔で頷いている。こっちの世界にはないことわざだったのかな。


「それにしてもエリーズさんはよく私が王都に来てるって気付きましたね。誰かから聞きましたか?」


「あそこまで派手に動いてて気付かない訳ないじゃない。私が時間をかけて準備したのに、ノエルちゃんったらあっという間にやっちゃうんだもの。孤児院を足掛かりに勢力を増やしていくんでしょう?」


 エリーズさんは膨れっ面をして不満そうに、けれど可愛らしく言う。でも正直何の話をしているのかわからない。

 

 女の子はお喋りが好きだから、色んな人と沢山話す。その結果誰と何の話をしたか覚えていなくて、同じ話をしてしまうことがあったり、逆に話していない事を話したつもりになっている事もあるんだよね。たぶん今回の話も説明すっ飛ばしちゃってるんじゃないかな?

 テキトーに合わせてもボロが出ちゃうから正直に言っておこうかな。


「何の話ですか?」


「もう! 惚けちゃって。孤児を集めて協力的な次代を育てていくつもりなんでしょう? その為に私は一から準備して孤児院の経営を始めたのに、ノエルちゃんったら古くからある孤児院を簡単に乗っ取っちゃうんだもの。私の苦労はなんだったのーって思っちゃった。流石ね」


 全然わからないけど、取り敢えず褒められた。褒められたんだよね? 何の話をしてるのか理解できてないから褒められてるのか皮肉なのかもわからないよ! そもそも孤児院乗っ取ってないしさ。


「貴族達の中にも、赤ちゃんの頃から妖精のおもちゃで遊んで、妖精の知育玩具で頭を鍛え、妖精の本で道徳や倫理観を学んだ子達が増えていくでしょうね。そして平民は孤児院を起点に増やしていくんでしょう? 時間は掛かるけど、凝り固まった大人達を変えるよりも確実だものね。今までは選ばれた一部の人しか携われなかった教育に、娯楽を通して介入するなんて私には考え付かない発想だわー」


 エリーズさんは頬を上気させるように話続ける。あまりにも熱弁を振るうものだから、私は口を挟むことも出来ずに曖昧な笑みを浮かべてシャルロットを撫で続けた。


「ごめんなさいね。認識を擦り合わせないとお互いに動きにくいと思って来てもらったのに一方的に話しちゃって」


「いえ、大丈夫ですよ」


「それでこれからはどう動く予定なのか聞いてもいいかしら?」


 これからって言われても、エマちゃんに会えるなら会いたいけど、多分そういう直近の話じゃないよね? ティヴィルからわざわざ王都まで来たけど、何かする予定でもあるの? みたいな事だよね、たぶん。

 リリの護衛で来たからお仕事はもう終わってるし、王家のお宅訪問は簡単には出来ないってリリが言ってたし、ぶっちゃけもうやることはないんだよなぁ。


「もう終わったんで、特にやる事はないですね」


「あら。うふふ、もう仕掛けは済んだのね。次はどんな事を企んでるのかしら」


「えっと……。企むとかよくわからないですよ。私は特に何もしてないし」


「そうよねー。うふふ、ノエルちゃんはただ、孤児院の窮状を訴えただけだものね。そのあと、自発的に誰が何をしてもベルレアン辺境伯家ともノエルちゃんとも無関係よね」


 エリーズさんの話には何もついていけない。村に居た頃はもっと儚い印象だったけど、王都に戻ってきた影響なのか、なんだかエネルギッシュになってるよ。一個目からボタンの掛け違いが起きてる気がするのに話続ける物だから徹頭徹尾わからん。

 

 このままエリーズさんの訳分からない話を聞いていても、私の話を聞いて貰えそうにないから少し強引に話を変えるしかないよね。


「あの! 私エマちゃんに会いたいんですけど、エマちゃんって時間あったりしますか?」


「そうよね、エマもノエルちゃんに会いたがってるわー。きっと王都にいるって聞いたら喜ぶと思うの。だけど……もう少しだけ待っててもらえる? エマは今大事な時期だから、ノエルちゃんに会っちゃうと興奮しすぎて詰め込んだ物がぜーんぶ何処かにいってしまうかもしれないのよ」


「もう少しってどれくらいですか? 私も長く王都にいるつもりがなくって……」


「そうねぇ、学園の入学試験が終わったくらいには少し時間が取れるんじゃないかしら?」


 むぅ……。そのタイミングはリリも自由になるから、逆に私が時間取れないかも。王都でのお茶会とかにリリが参加するなら付き合わなきゃならないと思うし、そんなとこにエマちゃんを連れてく訳にはいかないし……。


 フレデリック様達が来るまでは私がリリのサポートをしてあげなきゃならないから、試験終わったら今ほど好き勝手はできない。そんな中で勝手に遊ぶ約束はしない方がいいよね。


 結局具体的な会う約束は取り付けずに帰る事にした。久し振りにエリーズさんに会えたのは嬉しかったけど、エマちゃんには会うことが出来ず、しかもエリーズさんの話も大概よくわからないものだった。


 最近はお貴族様なんかもそうだけど、私にはわからない話が多くなってきた。流行りのドラマを私だけが見てないから、元ネタがわからないネタ振りをされてるような、そんな感覚に近い。

 だから下手にツッコミも出来ず、素直に何の話ですかと聞いてみても、「うふふ。ええ、ええ、私にお任せ下さいな」とかよくわからない話の終わらせ方をされて仲間はずれにされたりしてさ。

 田舎出身の平民は流行に乗れていないのを実感するよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る