第120話 王都でのスイーツ作り

 今日はお勉強を頑張るリリの為、この御屋敷で働く人達の為、そして何より私自身の為にもスイーツ作りをしようと思っている。


 ティヴィルに居た頃は、リリもヘレナ様もスイーツが大好きだから、料理長を筆頭にアンズとアンズに惚れている料理人二人が率先してスイーツを作ってくれていた。だから私がボケーッと座っていてもスイーツは食べられたけど、ここ王都ではそうもいかない。

 何せこの王都の屋敷にいる料理人達はスイーツの作り方を知らないのだ。私はスイーツとお肉が好きだけど、料理が好きな訳ではない。だから少し面倒ではあるけどここの料理人にもスイーツ作りを善意で教えてあげるのだ。

 そして善意には善意で返したまえよ? わかっているかね? ん?


 やってきたのはここ厨房! 料理人達の視線は訝しげなものだ。そりゃあ領地からやってきた戦女神の様に力強くて美しい少女が、突然厨房を貸して下さいと言っても、なんだそれって感じでしょう。

 彼ら料理人達は、お前の様に美しい少女は厨房で包丁を握るより花を愛でる方がお似合いだと鼻で笑っているんだろうね。く、悔しいぞー!


「ジェフから話を聞いています。貴方が貴婦人を夢中にさせるスイーツ作りの第一人者だとか」


 そう声を掛けてきたのは、目付きの悪い痩せぎすの男だった。領の料理長が確かジェフって名前だったよね。お友達でお手紙かなんかやり取りしてたのかな?


「ジェフより私の方がもっと上手く作れます。どうか、私にもスイーツ作りを」


 痩せぎすの男は挑戦的な目で見つめてから頭を下げた。料理長とはライバルって感じなのかな? 昔同じレストランで下済み時代を過ごした終生のライバルとかそんな感じだろう。さして興味はない!


「いいでしょう。しかし、私の教えは厳しいモノです。貴方についてこれますか?」


「覚悟は出来ています」


「そうですか。では少し待っていて下さい」


 私は一度ゴレムスくんのいる庭に移動してとある物を作って貰ってから厨房へ戻る。


「お待たせしました。では貴方にはこれを」


 この痩せぎすの男が誰かは知らないけど、王都の屋敷ではスイーツリーダーになって貰おう! そしてスイーツ作りは体力勝負だ。

 出来たてホヤホヤのアダマンタイト製のパワーリストを渡す。


「これは貴方のスイーツ力を鍛える為の特別製です」


 痩せぎすの男は重かったのか、受け取ってすぐに台に乗せた。片方一キロくらいだからそこまで重くはないと思うけどヒョロヒョロだからしんどそうだね。

 

 男は私の指示に従って片方ずつ手首にガチャっと嵌めたが、その重みを支え切れないのか両肩まで垂れ下がっている。なんかやる気無さそうに見えちゃう。

 

「常に付けておきなさい。……但し! どうしても辛い時は外しても可」


「わかりました」


 こんなに辛いならスイーツなんて作らないと言われてしまったら困る。少しだけ条件を緩めてあげましょう!


「貴方は見込みがありそうだ。最初から少し難しいメニューを作っていくけど構わない?」


「望む所です」


 痩せぎすの男は、両肩をだらんと下げながらも、瞳はやる気に満ちていた。見込みがあるかは知らないけど、一から教えてたら今日スイーツ食べられなくなっちゃうからね、仕方ないね。


 他の料理人さん達が遠巻きに観察している中、早速調理に取り掛かる。今日作るのはシュークリームだ。日本では割りと何処でも売ってたし、すごく一般的なスイーツだけど、これが自分で作るとなると中々に難しい。分量をキッチリ計ってレシピ通りに作った所で失敗する謎のスイーツ、それがシュークリームだ。

 初めて作ったのは小学生の頃だったか。学校の図書室で借りたスイーツのレシピ本片手に、不慣れな手付きで一生懸命レシピ通りに作ったというのに一切生地が膨らまなかった時はレシピ本破り捨ててやろうかと思ったくらいだ。知らぬ間にクッキー焼いてたかと思ったね。


「これから作るのはシュークリームというスイーツです。これは私の手を持ってしても成功するとは限らない高難易度スイーツです。心して掛かりなさい」


 私は慣れた手付きで当たり前の様に生クリームとカスタードクリームを作る。生クリームすら知らないこの男はさぞかし驚いている事だろう。ふふふ、私についてこれるかな?


 水とバターとお砂糖、それからちょっとだけ塩も加えて沸騰するまで加熱する。そこに薄力粉を加えて練り練り練り練り練っていく。生地が固まり始めたら、ボウルに移して、溶いた卵を少量ずつ加えながら混ぜる。

 生地をボタッと落として硬さを確認して、良さそうな所で一応完成だ。

 ただ、これで膨らむかは焼いてみるまでわからない。それならどうするか、色々作って焼けばいいんだよ! どれかは出来るでしょう!


「しっかり見てましたね? 使うオーブンによっても違いはあるでしょう。これくらいの硬さが目安ですが、色々と試して見ましょう。さぁやりなさい」


 私はあとはよろしくと痩せぎすの男に丸投げしてボケーっと観察する。彼は私の調理工程をしっかりと見て覚えていた様で、迷いなく作業を進めている。さすがは王都の屋敷で雇われているだけの事はあるね。


 ただ、なんというか……ヒョロヒョロすぎて頼りない。肉食え肉。

 男は汗をダラダラ垂らし、腕なんかもう、プルプルだ。手際が良さそうに見えてぎこちないんだよ。


「もう、貸して。そんなにちんたらしてたら生地焦げちゃうよ」


 男からヘラを奪って私がシャカシャカ掻き混ぜる。新人か?


「いい? こうだよこう。こう手早く混ぜるの! いつまでもそんなの腕に付けてるから手際が悪くなるんだよ」


 私がおふざけで渡したパワーリストをいつまでも付けてるから体力ばっか消費してシュークリーム作りが進まないのだ。私は痩せぎすの男からパワーリストを外して作業を再開させる。


 急に軽くなった腕に、驚きの表情を浮かべている。きっと彼の中では過去一速いスピードで腕が動いている様に感じるだろうけど、それは錯覚だ。アニメじゃないんだからあんなの付けたってそんなに効果ないよ!


 何通りかの生地を用意して、絞り袋でにゅーっと出していく。焼く前に霧吹きで水を掛けたいけど、霧吹きなんてなさそうだから、濡らした手でピトピト触っておいた。


 後は焼いていくだけだ。

 焼き上がるのを待っている間、シャルロットを撫で回したりアルプス一万尺をやったりして時間を潰す。向こうの厨房なら料理長がギャーギャー騒いで、アンズもさりげな無く自己主張して賑やかだった。


 この屋敷では知り合いがほとんどいないから何だか寂しいね。私のそんな気持ちを察したのか、シャルロットは私の頬にファーを擦り付ける様にしがみ付いた。シャルロットなりに元気付けてくれているみたい。

 

 王都にいるのも約一ヶ月の間だしね。短い間だけど、また一からやっていこう!


「さて、我が弟子! そろそろ焼き上がったと思うから開けるよ! ただ、注意点がある。開けるのが早くても失敗するし、遅くても失敗するんだよ。生地の硬さだけじゃなく、焼き具合も経験が重要になるよ。では開けてみよう」


 耐熱グローブをつけてからオーブンを開けて取り出してみると、六個の内、二個が綺麗に膨らんでいた。初めてで二パターン成功したなら大成功と言えるね。


「見て! これとこれが成功、他は平べったかったりちょっとしか膨らんでないでしょ? 生地の硬さと焼き加減を覚えてね」


「わかりました。これで完成ですか?」


「もうすぐ完成だよ。取り敢えず、良い感じの生地をどんどん焼いて、成功した二個は試食しよう!」


 生地を同じ様に焼き始めてから、完成した二つを下の方で真っ直ぐカットする。本当はブスッとさしてにゅーって中にクリームをたっぷり入れたかったけど、ハンバーガーみたいに挟む方が高級感あるよね。


 上下に分けたシューの下半分にカスタードをたっぷりと塗って、その上に生クリームをたっぷりと搾る。上半分のシューを乗せて、砂糖を篩でかけたら完成だ!


「はい! これが王都初上陸のノエルちゃん特製シュークリームだよ! 王都一番弟子はこっちどうぞ。シャルロットは私と半分こにしようねー!」


 サクサクでふわふわなシューは、噛むたびに小気味いい音を立てる。ポロポロとシュー生地がこぼれてしまうけどそこもまた醍醐味だ。口一杯に広がってなお溢れるクリームも甘くて美味しい。滑らかで濃厚なカスタードと、ふわふわで甘々な生クリームがベストマッチだよ。色んなところから溢れて手が汚れてしまうけど、それだけたくさんの幸せが詰まっている証拠だ。


 お口の小さいシャルロットには食べやすい様に、シューでクリームをディップして食べさせてあげる。久しぶりの甘味にシャルロットもご機嫌でお尻を振っている。王都までの旅路ではスイーツなんて食べられなかったからね。


「我が弟子よ、初めてのスイーツはどうですか?」


「私は今、悟りました。この日の為に私は生まれてきた様です」


 痩せぎすの男は鼻の頭にクリームを付けてそう語った。表情からは疲れが見て取れたが、目は爛々と輝いていて、スイーツ作りに対する情熱を感じる。こいつは逸材だー! 知らんけど。

 それとまた付けようとしてるけどそのパワーリストは無意味だからしなくて宜しい! 回収回収。


「我が弟子よ、そなたが立派なパティシエとなった暁には師からアダマンタイト製のあの、こうシャカシャカって混ぜるやつ。泡立て器? あれを授けよう。励む様に!」


 パワーリスト回収したらなんか気落ちしたからそう言っておいた。

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