第119話 王都散策

 セラジール商会を後にした私は、完全に目的を見失い、当てどなくさまよっている。

 木造の家屋や煤けた様な店、行き交う沢山の人々。屋台の店員や、呼び込みの人が一生懸命声を張り上げて客寄せをしているが、花見シーズンの祭りの様な喧騒の中ではほとんど聞こえない。


 私はシャルロットと逸れたりしないようにしっかりと抱きしめて、人の流れに逆らわずに歩く。もしティヴィルの街をこんな風に歩いていれば、色んな人に声を掛けられるのに、王都では誰も私を気にしていなかった。


 初めて来る王都なんだから、誰も私の事を知らない。それは至極当然な事なのに、なんだかちょっぴり寂しくて妙に悔しい感じもした。


「ティヴィルだったら知らないお婆ちゃんとかが野菜や果物くれるのにね」


 私は抱き抱えているシャルロットに顔を寄せて話し掛ける。シャルロットも、ティヴィルで貰える果物の味を思い出しているのか、口元をモゴモゴとさせた。


 ふと人混みに揉まれて、あっちこっちへフラフラしている少女の姿が目に入った。目的地があるのか、人の流れに逆らう様に歩いているから、ドンドンと体をぶつけられ「ごめんなさい」と謝りながら必死に歩いている。その表情からは必死さが見て取れる。


 やはり都会の人間は冷たいね。ティヴィルの街では何故か知らないお年寄りが「強く生きるんだよ」なんて涙ながらに応援してくれるというのに、王都の人々は明らかに困っている少女に肩をぶつけるだけだ。それなら私が助けるしかないよね。

 私は身体強化を強くしてモーゼの様に人を掻き分けていく。そこ退けそこ退け、ノエル様のお通りじゃー!


「ごめんなさい、すいません、通してください!」


 目尻に涙を浮かべながら歩く少女はほとんど前に進めていなかった。こういう人混みは流れに逆らわないのがうまく歩くコツだというのに、それが出来ない理由があるんだろう。


 私は少女の腰をガシッと抱き寄せて、一気に屋根の上にジャンプした。


「きゃー! な、なに!?」


「まぁ落ち着きなよ。なんか必死に見えたけどどうしたの?」


急な浮遊感と、屋根にいる状況に、少女は全く理解が追い付いていないのか、悲鳴を上げた後で慌てふためいていた。

 未だに状況はよくわかっていなさそうに見えるけど、条件反射なのか、質問には答えてくれるようだ。


「弟達とはぐれちゃったの……。まだ小さいから早く見つけないと……」


 そう言った少女は、まだ七歳くらいだろうか。つぎはぎだらけの服を着て、薄汚れている。ハッキリ言ってきちゃない感じだ。

 自分もまだ小さいだろうに、弟達とはぐれて心配なんだろうね。だからあんなにも必死だったわけだ。


 人を探すなら上から全体を見た方が早い。丁度よく屋根の上にいるんだし、上から探そう。


「ほら、私に掴まって。弟は見える?」


 屋上があるわけでもないから、当然手すりがある訳でもない。そんな屋根の上から少女は必死になって身を乗り出す様に探している。


「い、いないです……どこいっちゃったの……」


 この子の弟達ならきっと小さいだろう。上から見ても隠れちゃって見えないか、人の波に流されてしまったのかもしれない。私は少女とシャルロットに「耳塞いでて」と声をかけてから思いっきり息を吸い込んだ。


「すいませーん! 弟ーー! 手を上げてーーー!!」


 突然の大音声に下にいる人達は耳を塞いで足を止めた。あれだけ騒がしかったのにピタッと静かになったよ。これも身体強化の応用技、時間停止魔法として覚えておこう!

 静かになっているウチにもう一度声を出す。


「今弟を探してます! 我こそは弟って人は手ーあげてー!」


 若い人からお爺さんまで色んな人がポツポツと手をあげ始める。彼等は幾つになっても弟なんだなぁと、当たり前の事を思ってしまった。


「ほら、弟がたくさん出てきたけど君の弟いる?」


 少女は再度見渡し、喜色満面な様子で一角を指をさした。


「居ました! あそこ! あそこに居ます!」


「あいあい。すいませーん! そこら辺に飛び降りるので開けてくださーい! はい、ご協力ありがとうございまーす!」


 王都の人達はよくわからない状況に流されて、私の指示に従ってくれる。やはり都会の生活に慣れている人は流れには逆らわないみたい。

 少し香ばしい香りのする少女をガシッと抱き寄せて、空いたスペースにピョンと飛び降りる。

 少女は悲鳴をあげていたが、弟を前にすると恐怖心など吹き飛んだようで嬉しそうに抱き着いていた。


『弟達』って言ってたけど、弟五人もいるとは思わなかったよ。少女と変わらない様な歳の子から、鼻垂れ坊主に、少女までいた。察するに、血のつながりはなくて孤児とかそういう感じかな?


 ティヴィルの街では孤児院の慰問みたいな事を、果てなき風の人達と何度かやったけど、ここまで酷い身なりはしていなかったよ。因みに慰問をやった理由はサラさんの「責任を取りなさい」だった。よくわからんけど怒ってたから頷いちゃった。まぁ楽しかったけどさ。

 

 痩せ細ってボロボロの服着て汚れているって事は、この子達はいわゆるストリートチルドレンなのかな?


 取り敢えず感動の再会って事で私が拍手をすると、つられて周りの人も拍手をする。するとその周りでも拍手が……と伝播していき、辺りでは拍手喝采だ。

 私は屋根にピョンと飛び乗り声を張り上げる。


「皆さんのご協力のお陰で兄妹が無事に再会することが出来ましたー! ありがとうございまーす! ご声援ありがとうございまーす! 今後ともベルレアン辺境伯家をよろしくお願いしまーす!」


 何だか選挙活動みたいな感じになったけど、ニコニコと手を振ってからこの場を後にした。


 あの子達だけが路上生活をしているのか、それとも王都の孤児院ではあんな感じなのかもわからない。人口が多すぎて、孤児院に入れない子供が居たり、福祉が行き届いていない可能性もある。もしかしたらフレデリック様が福祉に力を入れているだけで、他の街ではこれが普通って事も考えられるよね。

 詳しくはわからないけど、今度折りを見て王都の孤児院に少しだけお金と勉強道具を寄付しておこうかな。


 私は将来的にはレオにもちゃんとした教育を受けさせてあげたい。そうなると当然第一候補が王都の学園な訳で、それなのに王都が生活し難かったら可哀想だもん。

 大きくなってもレオは可愛い。可愛いけど、たまに遊びに行くと言うのだ。「お姉ちゃん来たんだね」って。お帰りじゃないんだよ。完全に親戚のお姉さんみたいに思ってない? ゲスト扱いだよ……。

 それはさておき、私がレオに対して幸せになって欲しいと思うように、孤児の子達にだってかつては誰かがそう思っていたかも知れない。今も誰かが思っているかも知れない。

 

 私は自分勝手だから痛みを伴うくらい身を切る事は出来ないけど、それくらいなら構わないよって思える程度には手を差し伸べよう。


 王都探索はどこへ行ったらいいのかわからなくて退屈だし、もう今日はいいやとお家へ帰る。


 リリも今日のお勉強が終わったのか休憩かはわからないけど、お部屋で紅茶を飲んでいた。


「リリただいまー! セラジール商会には門前払いされちゃったよー」


「紹介状はあるのでしょう? セラジール商会がノエルを煙たがるとは思えませんけど……」


「それがリリを驚かせる為に、王都行きはほとんど誰にも知らせてなかったの。だから紹介状はありませーん!」


「もう! しっかりして下さいまし!」


「リリを驚かせる事を最優先にし過ぎたね」


 リリは照れているのか、白い肌を赤くさせて目を逸らした。水色の髪に、透き通る様な肌をしているから儚くて、顔を赤らめるとバレバレなのが可愛いね。思わず横に行ってほっぺツンツンしちゃうね。


「あの、ノエル……。非常に言いにくいんですけど、あなた今日凄くその……臭いですわよ?」


 あの少女の臭いがついたか……。

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