第118話 王都生活の始まり
約二十日間かけてやってきたのは王都セヴティス。王都の面積は広いらしいけど、それ以上にたくさんの人が住んでいて、中はギッチギチらしい。
そして長い歴史を誇る我等がモンテルジナ王国は、遷都する事なくずっとこのセヴティスを首都にしてるんだってさ。だから広いは広いけど、全体的に古めかしくて、おまけに既得権益が強いらしい。
新規のお店は土地がないから簡単には出店できず、元々やっている商会やお店が強い。更には横の繋がりも強いから、新参者には厳しい環境だとか。
だから『王都』なんてかっこつけてはいるが、古いだけが取り柄で時代に取り残された様な面白味のない街だ、とリリは小声で言っていた。聞けば聞くほど興味はなくなるが、もう来てしまったから仕方がないね。
そんな退屈な王都に、今をときめくベルレアン辺境伯家がやってきた。王都へ入る為に待機している人達は騒然としている。
曰く、新しい物はベルレアン辺境伯領からやってくる。
曰く、ベルレアン辺境伯領には女性の喜びがある。
曰く、ベルレアン辺境伯軍は我が国最強の軍勢。
などなど噂をあげればキリがないくらい、ベルレアン辺境伯家は注目を浴びてるらしい。
ブルーメタリックの鎧を着た騎士達が護る、ブルーメタリックの馬車はベルレアン辺境伯家の証だそうで、皆こちらを見て興奮している様子が見て取れた。
男の子にとって騎士達は憧れらしく、ちびっ子のキラキラした瞳に注目されて、生意気にも騎士達は馬上で鼻高々だ。
しかし、私は知っている。彼等は最近騎士とは名ばかりの蛮族なのだ。
ある日予備武器として、皆んなに総アダマンタイトの棍棒をプレゼントした所、これが好評だった。やはり剣では切れないような硬い魔物が現れた時や、剣が折れてしまった時に、絶対に折れない、壊れない予備の武器があるというのは心強いと言っていた。
だが若い騎士が言ったのだ、「剣で斬れる魔物も最初からこれで殴った方が早くないっすか?」と。
ベテラン騎士達は怒った。騎士とはやはり剣で戦ってこそだろうと。剣派と棍棒派は熾烈な争い……には発展しなかったけど、半々くらいに別れて自由に使っていた。
ところがある日、私の襲撃をアダマンタイト棍棒で受けた者がいた。奴の名はジャック。かつて最年少で頼りなかったジャックも、私のしごき……ではなく指導で今では立派な騎士だ。
ジャックは吹き飛ばされたものの、私の攻撃を棍棒で防ぎ、そして棍棒が壊れる事はなかった。
騎士達との訓練では身体強化を抑えているから私はアダマンタイトを壊せなかったのだ。
武器が壊れないというのは、命を預ける上でとても重要な事だ。その結果、まるで弱点を露出させたボスモンスターに総攻撃を仕掛けるみたいにみんな揃って腰のアダマンタイト棍棒片手に持って襲いかかってきた。その姿は騎士ではなく完全に蛮族だった。誤って未開の地に足を踏み入れたかと思ったくらいだ。
この事件をきっかけに、殆どの騎士がメイン武器棍棒になった。硬い上に厚みもあって、刃物では絶対に太刀打ちできないからね。対人戦にてアダマンタイト棍棒こそ最強! いや完全にレギュレーション違反だよ。
入場審査は貴族の場合ほとんど無くて、スルスルっと貴族用の通用門から入れた。セキュリティガバガバだけどしょうがないね。身分制度なんてそんな物だ。
「これからどこ向かうの?」
「王都にあるタウンハウスに向かいますわよ。わたくしは入学したら寮生活になりますけど、ノエルはタウンハウスで生活すると良いですわ」
「いやリリの寮生活が始まったらフレデリック様達とティヴィルに帰るよ」
友達の家に友達がいないのにお世話になるとか気まずいったらないよ。そんな生活するくらいならティヴィルへ帰る。なんなら村に帰る。
それにしても流石は貴族だね。ギチギチで土地ないって話なのにお家あるんだ。
ガタゴトと揺れる馬車の中から外を眺める。リリの言っていた通り、少し狭い道に若干古めかしい建築物、よく言えば風情があって、悪くいえば古臭い。そんな街並みが目に入った。
王都にいる人々は興味深そうにこっちを見ている。評判の良いベルレアン辺境伯家が、この腐った王都に新しい風を運んでくれるのを期待している……のかどうかはわからないけどめっちゃこっち見てる。
これで実はただアダマンタイトのキラキラをイルミネーション感覚で見てるだけだったら笑えるね。
「エマには会いに行きますの?」
「うん、そのつもりだよ! 私の事忘れてないと良いけど」
エマちゃん、と言うよりはエマちゃん一家は三年前くらいに突然王都に引っ越したんだよね。セラジール商会が満を持して王都へ出店するタイミングで一緒に向かう事になってさ。まさに青天の霹靂だったよ。仲良しのエリーズさんが居なくなってお母さんも寂しそうだった。
意趣返しだったのかわからないけど、その事実を知ったのは引っ越した後のお手紙だった。突然でごめんね、待っててね的な内容だったよ。
エリーズさんからも手紙が来てて、先に行って地盤を固めるとかなんとかよくわからない事が書いてあったから、それはほとんど読まずにジェルマンさんに渡しておいた。多分間違って私に届いてる。人の手紙覗いちゃって罪悪感あったわ。
「エマがノエルの事を忘れているとは思いませんけど。再会しても愛してるゲームは禁止ですわよ?」
「あいあい、わかってるよー。あれ以来やってないでしょ?」
リリは瞳に呆れの色を映して私を見ていた。そんな目で見られても困るので、唇をにゅっと尖らせて目だけで斜め上を見て視線を逸らした。
王都の狭い街並みを抜けて、更にもう一つ門を抜けた。貴族街ってのがあるんだってさ。王都は格差も凄そうだね。
貴族街は道も広くて建物も少ない。土地がないって言いながらどの家も庭付いてるのが最高に貴族って感じだ。
暫くして馬車が止まる。どうやらタウンハウスとやらに着いたみたい。めちゃくちゃ大きかった辺境伯領の屋敷に比べれば小さいけど、比較対象が大きすぎるんだよね。十分豪邸だ。
こうして辿り着いたタウンハウスで、リリが試験を受けて入学するまでの約一ヶ月間、生活する事になった。
●
王都で迎える初めての朝、試験に向けて最後の調整をしているリリの邪魔をしない様に、私は外出する事にした。
取り敢えず向かうのはセラジール商会。エマちゃん一家が王都のどこに住んでるか教えて貰いたいし、確か王都店の責任者はマリーさんらしいから折角だし一目くらい会っておきたい。
ゴレムスくんは減量を嫌がったのでお留守番にして、シャルロットと二人で出発だ!
街行く人々にセラジール商会ってどこにありますかと聞きながら歩く事数十分、セラジール商会は貴族街ではなく、平民街の大通りに存在していた。
店内は割りと狭めの内装に、それなりの量の商品が並んでいた。やはり王都は敷地面積が狭いみたい。王都ならではの商品があるのか気になるけど、それは一旦後回しにして先ずはマリーさんに会おう。フロアに立っている店員さんに声を掛ける。
「すみません、このお店の責任者のマリーさんに会いたいんですけど今から会えますか?」
「えーっと、ごめんね? 会いたいですっていって会える様なものじゃないの」
「そうですよね。それじゃあノエルが来たって伝えて貰えますか? そしたら会ってくれると思うんですけど……」
店員のお姉さんは少し困惑した顔をしてから、曖昧に笑ってみせた。
驚くべき美少女がお店にやってきたと思ったら責任者を出せと言うのだから困ってしまうのも無理はないよね。私もここでジェルマンさんの紹介状でも出せれば一発なんだけど……。のっぴきならない事情があって書いて貰えなかった。
……一言で言えば、リリにバレないようにこっそり護衛をしよう作戦の弊害だ。敵を欺くには先ず味方からという有名な教えに従って辺境伯家の一部の人にしか王都行きは伝えてないんだよ。だからジェルマンさんに紹介状を書いてもらうことも出来なかった。仕方がないよね。
結局私はごねたところでただの迷惑客にしかならないと思ってセラジール商会を後にした。都会の風は冷たいね。
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