第117話 初めての王都

 王都までは約二十日間の旅路だ。私の足で走ったらどれくらい短縮出来るのかはわからないけど、私一人走っていっても意味はないし、何より王都までの道を知らない。


 そんな馬車の旅は当たり前だけど飽きが来る。シャルロットと空を飛んだり、なんかよく分からない牛っぽい姿で走ってるゴレムスくんに仁王立ちで乗ってみたりと色々やってはいるが退屈だ。

 良いことではあるけれど、弱い魔物は襲ってこないし、強い魔物は街道には出てこない。そして中途半端な魔物は騎士達が簡単に倒してしまうからやる事がない。退屈で、刺激が足りない安全な旅だ。


 色々動き回ってる私が退屈なんだから、馬車に乗り続けてるだけのリリはもっと退屈だろう。もうただの子供ではないから、馬車の中でも退屈とは無縁ですみたいなお澄まし顔をしてるけど、退屈に感じない人はいない。


「ねえ、リリ。一緒に遊ぶ?」


「……遊びますわ」


 ほらね。リリはお澄まし顔を保ちながらも、指先がソワソワしている。遊びたくてウズウズしているんだろう。一度馬車を止めてもらってからリリと一緒に降りる。リリは靴の裏に氷のブレードを付けて少し背が高くなった。この動作で周りの騎士達もリリが何をするのかわかったようで、私に目配せをした後馬車は進み出した。


「さぁ! 行きますわよ!」


「あいあい」


 リリは自分の足元を凍らせながらアイススケート選手の様に颯爽と滑り出した。シャーシャーと音を立てながら滑るリリの後ろを、私はシャルロットとの合わせ技妖精モードで追い掛ける。リリは散々練習したから滑るのはお手の物でたまに後ろ向きで滑って私に手を振る余裕さえある。


 煌びやかなドレス姿で氷上を華麗に滑る、美しい青い髪の少女は、さながら妖精の様だ。騎士の人達も横目で見て見蕩れている。私の十八番を取らないで欲しい。


 私だってもう十二歳になるから十分綺麗な女の子だよ? 髪だって伸びてサラサラだし、身長だって同年代の子よりはちょっとだけ高いし? 目付きは鋭いけど、それだってお茶会に来た同年代の貴族令嬢達からは『切れ長な瞳で見つめられるとドキドキしてしまう』って評判が良い。


 だけど如何せん騎士団の人達は私の事を半分魔物だと思ってる節があるからね。悪友で教官で魔物、それが私に対する騎士団の評価だ。あかん、なんか腹たって来た。


「ノエルー! わたくしに追い付けるかしらー?」


 少し先を行くリリが振り返って手を振りながらそんなことを言う。弾ける様な笑顔でそういうリリは愛らしく、美少女ここに極まれりだ。あかん、腹たって来た。


 私は身体強化で一足飛びでリリを抱き抱えてそのまま空へと飛ぶ。


「きゃっ! もう! そんな早く捕まえないでくださいまし!」


「リリが追い付けるかしらー? なんて言うから追い付いたんだよ。私はいつでも何処でも直ぐに駆け付けられるんだよ? 凄いでしょ」


「そんな調子のいい事言ってますけど、この前だってわたくしのことは放ったらかしてどこかへ出掛けてたじゃありませんか。その上お土産ーなんて言ってドラゴンの牙を持ってくるからお父様も困っておりましたわよ?」


「またその話ー? すぐ帰るつもりだったけど、シャルロットとちょっと競走してたら結構遠くまで行っちゃったんだもん。仕方ないね」


 私はリリを抱えたまま馬車に戻る。そっとお姫様を座らせてから私も横に座る。リリは体を動かした事で気分が晴れたようでスッキリとした表情を浮かべている。


「ノエルは王都に着いたらどうしますの? わたくしと一緒に学園に通いますか?」


「嫌だよ。学園なんて行きたくないね。直ぐに帰るのも味気ないから観光はしようと思ってるけど、その後はどうしよっかなぁ」


 せっかくの王都だからね、観光したいけど私は観光が下手っぴだから誰かを雇わないといけないんだよね。冒険者ギルドで王都の案内してくれる人でも探そうかな?


「じゃあ王都へ着いたらお別れですか……?」


「お別れってそんな大袈裟な。一応私はベルレアン辺境伯家の家臣って扱いだよ? 何かあったら呼んでくれれば駆けつけるって」


 リリが私にしがみついて胸元に頭を乗せる。その姿は粉雪のように触れれば溶けてしまいそうなほど儚げで、男子が見たら思わず抱きしめてしまうだろう。正確には抱きしめようとして、私とメイドさんにボコボコにされる、だね。


 今でもリリは私の部屋に居座り、寝る時も一緒だ。学園では基本的に寮生活になるらしいからどの道一緒には居られない。今のうちに思う存分お姉さんに甘えなさいと、頭を撫でてあげる。昔と変わらず、頭を撫でてあげるとこの子はよく眠る。体からどんどん力が抜けていくリリをそっと支え、私の膝の上に乗せた。


 ●


 騎士達によると、もう間もなく王都が見えてくるそうだ。散発的に魔物の襲撃はあったけど、ほとんど小物とか阿呆っぽいやつばかりで私の出番はまるでなかった。魔物は基本的に人を見ると襲ってくるそうだが、私を見ると大抵慌てて逃げていく。そんな様子を見て「やっぱ上位の魔物には逆らわないんだな」って言ったジャックのおしりを蹴り飛ばしたりもした。


 角の生えた牛型魔物形態で走るゴレムスくんの上で仁王立ちしながら遠くを見つめる。どんなに視力を強化しても見えないってことは地平線のその先にあるんだろう。

 

 あんなに遅かったゴレムスくんが早く走れるのは牛型形態だからではない。シャルロットが虹色の羽を出して高速で飛ぶように、ゴレムスくんは体を虹色にして身体強化が出来るみたい。

 私が沢山支払った魔力を使っているのか、知らぬ間に特殊な進化をしてるのかはわからないけど、シャルロット同様速くて強い子になった。

 ただ、シャルロットの様に綺麗な虹色の光を出すんじゃなくて、体の表面が虹色に光るのだ。その姿はとってもとってもオイリー。金属に油が浮いてるようにしか見えず、なんだかきちゃないのが欠点だね。光り方が油のそれってだけでヌメヌメしてないのが唯一の救いだよ。

 


「リリ! 遠くに王都が見えてきたよ! 王都だよ王都! なんかあれだね。普通だね……」


 王都が見えてきたのでシュタっと馬車に飛び乗ってから中に入る。見えてきた事ではしゃいでしまったが、外壁に囲まれているから、他の街と大差ない。没個性だ。


「だから言ったではありませんか。小さい頃初めて王都へ訪れた時は、長い時間かけてティヴィルに帰ってきたのかと思いましたわよ」


「あ、でもお城あるじゃん! お城はかっこいいね! 後で入ろう!」


「そんな簡単に入れませんわよ?」


「なにそれ王都つまらなさそうだね。リリ退屈しない? 平気?」


「退屈でしょうけど、学園でそれどころではないでしょうから平気ですわよ。でもちゃんと会いに……は来てくれなさそうですわね。ノエルは実家にすら中々帰らないんですものね」


 リリは不満を一切隠さない顔でそう言った。長旅で気が抜けてしまったのかお澄まし顔を保てていない。そろそろ実家へ帰らなきゃーって言いながらいつも中々帰らないのを間近で見てきたから、私への信頼感がないね!

 ムスッとした顔のリリも可愛らしいけど笑って欲しいものだね。


「リリ、あーん」


 私はリリの方に顔を向けて口を開ける。こうするとリリは私に魔法で氷を作って口に入れてくれるのだ。そしてリリは何故かこれが好きなのである。

 クッキーをあーんしてもらっても「自分で食べてくださいまし」といって素っ気なく食べさせてくれるだけなのに、魔法で作った氷や水の時は妙に嬉しそうにする。


「もう! ほらあーん」


 リリは私の口に氷を放り込むと、今回も少し艶っぽい笑みを浮かべながら「わたくしの氷は美味しいですか」と聞いてくる。正直味などないが、「美味しいよ」と笑ってあげる。嬉しそうにするからね、リップサービスだ。


 そうこうしていると馬車が止まった。

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