第115話 閑話 我が家にやってきた少女

 父上の代から親交の深かったセラジール商会からとある申し出があった。なんでも、平民の魔法使いと面会をして出来れば後ろ盾になって欲しいとの事だった。


 後ろ盾になる、と一言で言ってしまえば簡単な事かもしれないが、家門を背負っている以上そう易々と頷けるものではない。黒い噂の絶えない貴族家ならば奴隷同然に使役して、用が済めば処分し、知らぬ存ぜぬを通す場合もあるが私はそんな無責任な事はしない。後ろ盾になるのなら、最後まで面倒を見るつもりだ。


 魔法使いというだけでかなりの価値があるが、だからといって簡単に会う訳にもいかない。敵対する貴族家からの回し者の可能性だってあるのだ。危険性はないのか、会う価値はあるのか、そういった判断をする為にもセラジール商会のジェルマンにはもっと情報を寄越せと伝えた。


 すると奴はわざわざ屋敷にまで訪れて言ったのだ。


「魔法使いはの妖精だ」と。


 妖精は何年か前に突如現れた新進気鋭の発明家だ。決して正体を明かさずセラジール商会からしか商品は出さない。そして私が会いたいと言っても会うことが出来なかった御仁。

 彼の御仁が魔法使いなのだとしたら、数々の発明も魔法が関係しているのかもしれない。

 

 我が領地を盛り立てる事に一躍買っている妖精殿は以前から抱き込んでしまいたかった。その妖精殿が向こうから後ろ盾になって欲しいと言ってくるとは、願ってもないことだと、つい自分の幸運さに興奮してしまったものだ。


 更に驚くべき事に、その妖精殿は娘のリリアーヌとほとんど変わらない歳の少女だという。魔法を使い、商品を開発し、後ろ盾を得るまで漕ぎ着けた七歳の少女、か。なかなかどうして、事実であれば傑物ではないかと思わず笑ってしまった。


 しかし、妖精殿とは言え後ろ盾になった場合、何かあった時に責任をとるのがベルレアン辺境伯家になるのだから、どんな人物か調査しない訳にいかなかった。

 

 影を使って調査した結果、概ね善良な人間である事はわかった。一部、私のせいでは無いと良く分からぬ事を言って錯乱する衛兵も居たようだが、その衛兵を除けば皆妖精殿に対して好意的であった。


 件の衛兵には二、三日の休暇を与える事にして、妖精殿には会ってみることにした。ジェルマンが絶賛し、多くの者を魅了する、才能豊かな少女。会ってみるのが今から楽しみだ。


⚫︎

  

 当日、念には念を入れてベルレアン辺境伯家最強のアンドレを先行させ、様子を見た。アンドレが抑え込める程度なら何があっても安心出来るが、それが不可能な化け物なら慎重に行動しなければならない。


 応接室で待っていると、体が震えている事に気が付いた。この大事な局面で体調を崩すとは情けない、と苦笑いを浮かべた。

 

 しかし、応接室に入ってきた人物を見て体の震えが激しくなった。

 ……これは少女の皮を被った化け物の類だ。幼いが将来を期待させるような可愛らしい容姿に、鋭い目つき。

 そして少女に似つかわしく無い迫力。恐らくは彼女の体から滲み出ている桁外れの魔力によるものだろう。どうやら私の体が震えていたのは、生物としての本能、『恐怖』だったようだ。


 強さにおいて、彼女は人の枠組みを超えていそうに見えるが、話している限り理知的で普通の良い子に思えた。これならば無理に上から押さえ付けるのではなく、敵対を避け、内側に入る方が懸命だろう。

 

 妖精殿がアレクシア殿を見る時の瞳は優しく、信頼に満ちていた。我がベルレアン辺境伯家丸ごとその位置に付かなければならない。


 目指す方向性はアレクシア殿だ。




 ノエルちゃんを受け入れた初日から料理長とメイドを抱え込まれるとは思わなかったが、関係は概ね良好だった。ノエルちゃんに付けている影からは走られるとついていけないと泣き言を言われるが、特に怪しい行動は見られず、リリアーヌとは仲良くやっている様だ。仲良く、と言うよりは友達のいないリリアーヌが一方的に懐いている様に見えるが、年下のノエルちゃんがまるで姉のように振る舞いリリアーヌを構ってくれている。立場は逆だがそれで上手く回っているのなら構わない。

 

 しかし、良いことばかりではない。何事にも表があれば裏があるように、良い事があれば悪い事もあるものだ。

 我々標準的な人類を軽く超えてしまっているであろう彼女は常識に捕らわれない。その為、度々突飛な行動や問題行動を起こすことがあるのだ。


 問題行動を起こした時、この子供は母親のお腹に脳みそを置いてきたのではないかと思ってしまう事もある。なんだ、キラーハニービー八十匹くらい連れてきたので庭貸してくださいって。下手したら屋敷に住んでる人数をこえるんじゃないか? そんなもの魔物による侵略ではないか。拾うにしても一匹二匹だろ普通……。


 しかし、そう思う度に私は思い違いをしないように自分に喝を入れる。七歳の平民の子供が魔法と商品開発を武器に、我がベルレアン辺境伯家の後ろ盾を得たのだ。考え無しの阿呆にそんな事が出来るはずがないのだ。甘くみたら最後、足元を掬われかねない。


 ノエルちゃんがどうやってキラーハニービーを群れごと率いてきたかはわからないが、戦闘なくして魔物を支配下に置くことは出来ないだろう。

 キラーハニービーはBランク相当の魔物だが、冒険者ランクで言えば間違いなくAランクを超えるアンドレが手も足も出ないと言っていたのだから何匹集まろうと敵ではない。

 

 そんな非凡なる戦闘力を持つノエルちゃんの強さをできるだけ把握する為に、模擬戦をする事にした。ノエルちゃんが断らず、機嫌を損ねない様にお願いするには一体どうしたらいいのか。

 一番仲がいいリリアーヌに聞いてみたところ容姿を褒めるといいと言っていた。


 そんな馬鹿な話があるかと思ったが、実際に容姿を褒めてみた所で目の色を変えて食い付いた。煽てられてはしゃぐなど、まんま子供のように思えるが、まんま子供のように見える性格を演じているのだろう。我々を欺く為に。御しやすいと勘違いさせる為に。

 

 何度も言うように、考え無しのただの子供が貴族の後ろ盾を得られるならば今頃、人類皆家族だ。腹にグッと力を入れて気を引き締めた。


 

 何にせよ、気分が変わる前に模擬戦を始めることにした。

 

 始まった模擬戦ではアンドレは一見するとかなり善戦しているように感じた。何なら押している様にさえ見えた。

 しかし、木剣を置いてからは全く様子が違う。素手で盾に穴を開け、鎧を切り裂き、毟りとっていく。アンドレの体を傷付けないようにする余裕さえ見せた。アンドレの手も足も出ないという言葉の意味をまざまざと見せつけられる形となった。


 かなり衝撃的な光景ではあったが、ある意味では予想通りの結果だ。もっとも、外れて欲しい予想ではあったが……。

 

 個ではベルレアン辺境伯家最強のアンドレが為す術なく敗れ去ってしまったが、モンテルジナ王国最強と名高い我が軍なら抑え込めるのではないか? そんな予想……いや、願望だな。願望に反して騎士たちの士気は低い。


 勝てるわけが無い、勝負にならない、無駄死にするだけだと、普段は何者にも負けないと胸を張っている精鋭達がこのザマだ。模擬戦で無駄死にも何もあるか。ないよね……?


 かくして始まったノエルちゃん対騎士団は酷いものだった。獣の様に吠える少女に戦慄し、それでも全力で事にあたる騎士達はまるで木の葉のように容易く宙を舞った。

 個で対処出来なければ、群れで対処する。そんな考えがどれほど浅い物だったのかをまざまざと見せ付けられた。


 卓越した身体能力は、人の力では抗えない。ならば人類の繁殖力を活かした数の暴力で抑え込めるのかと言えば不可能。

 対象が小さ過ぎる。何人集めようが一度に接触できるのは三、四人しかいない。そしてそんな人数では彼女の指一本抑え込むことすらできないだろう。


 少女は悪魔のように笑いながら我等が王国最強の騎士団を遊び感覚で捻り潰していた。その姿が私には純粋なる暴力の化身に見えた。

 

 もし、人類が敵対の道を選んでしまったら勝ち目はあるのだろうか……。

 何故、神はあの様な化け物をこの世に産み落としたのか。


 そんな事を考えてしまった。


 少女は張合いのない遊び相手に飽きてしまったのか、もう辞めようと提案した。騎士達は率先してその提案を受け入れたが、それは仕方がないだろう。


 模擬戦が終わり、我が子達は無邪気にノエルちゃんを慕い、凄い凄いとはしゃいでいる。私が目指す、アレクシア殿の立ち位置に少しずつ無事に収まっているのだろう。

 しかしそれすら彼女の計略だったら……? ベルレアン辺境伯家が彼女の望む立ち位置に誘導されているのだとしたら……?


 疑い出せばキリが無いと私は頭を振って思考を中断する。

 今は子供達と楽しそうに笑っている姿を信じよう。何をどう考えた所でどうせ抗う術などないのだから……。


 ●

 

 出会ってから早数年。彼女がもたらした恩恵は大きい。スイーツショップやオロレ村での養蜂の影響で領地全体が活気付いている。様々な問題は起きているものの、まだ大きな問題には発展していない。私が処理できる程度に留まっている。

 

 しかしそれでも、大量のアダマンタイト、リリアーヌの氷魔法、お茶会の影響、スイーツの影響、スイーツショップ、ドラゴンの牙、集まりだした軍事機密とも言える地図……などなど。私は彼女の起こす問題で胃が痛くなる毎日だ。その度にこいつやっぱタダのアホなのでは? と油断しそうになる。

 油断しないよう、逆鱗に触れないよう、慎重に立ち回らなくてはならない。私が一歩でも間違えれば、彼女はこの時を待っていたんだと、ニタァと悪魔のように笑って牙を剥くのかもしれない。


 ベルレアン辺境伯家の為、モンテルジナ王国の為、そして全人類の為にも彼女が道を外れない様に導かなくてはならない。それが後ろ盾になった私の役目であり、生まれてきた理由なのかもしれない。

 そしてもしも彼女と人類が袂を分かつ時が来たら、我々ベルレアン辺境伯家はどうするべきなのかを常に考えながら動かなくてはならないだろう。


 続々と彼女の信奉者も増えている。いくつかの貴族家が自発的に彼女の出身地であるオロレ村に密かに護衛を放っているという報告もあるほどだ。武力だけでなく、経済、政界にも力を見せ始めた。幸い、その影響力は『まだ』王国全土には広がっていない。

 


 彼女が何処を目指しているのかは平凡な私にはわからない。わからないが、その先には人類も共にあることを願うばかりだ。


 リリアーヌはまだ幼い。「ノエルは考えなしで動いているだけですわよ」、なんて事を呆れた様な顔で告げる。もし、そうであればどれだけ喜ばしいことか。

 しかしそれが叶わぬ願いだということを私は理解している。


 リリアーヌが彼女と人類を繋ぐ架け橋になってくれることを切に願う。


 娘の安全のため、そして領地でこれ以上仕事を増やされない様に、つい王都へ向かわせてしまったが、どうか大きな問題は起こさないで欲しい。


 山の様に溜まった書類を見ながらそう思った。

 

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