第113話 危険な遊び
「エマちゃんは最近どうしてたの? 村では新しいお友達とか仲が良い子できたりした……?」
なんだかちょっぴり聞きたくないけど気になる質問を投げかける。自分で勝手に街へ行っておきながらそんな事気にするなんて我ながら自分勝手だと思うけど、気になるものは気になるのだ。
「最近ですか? あまり変わりないです。やることはたくさんあるし、お友達は別にできてませんよ?」
「へ、へぇー! でも今日リリとは友達になった訳だし、十分だよね! 量より質だよね、うんうん」
どうやら変わりない日々を過ごしてるみたいだ。友達がいない生活が少し可哀想だけど、独占しているみたいでやっぱりほんのちょっぴり嬉しく思った。
「リリアーヌ様は私の友達なんですか? ノエルちゃんの友達かと思ってました」
「お、お揃いの腕輪あるんですから友達ですわよ! そんな友達の友達みたいな言い方しないで下さいまし!」
あるよね〜。一番気まずいパターンのやつ。誰かと遊ぶ時に友達誘ってもいい? なんて言うもんだから誰か共通の知り合いでも呼ぶのかと思ったら知らない人来てさ。あれすっごい困るんだよなぁ。…………あれ?
「え、エマちゃんリリ連れてきて迷惑だった?」
「そんな事ありませんよ? 夫の大切な友人なら妻として知っておきたいですから」
エマちゃんは即興劇をする事で、全然気にしてないよと伝えたかったみたい。その気遣いが嬉しいね!
「エマちゃんありがとー! ぎゅー」
「きゃー! はぁ……はぁ……」
「わ、わたくしだけ仲間はずれにしないで下さいまし!」
三人で少し汗ばみながらくっついていると、間にモゾモゾとシャルロットが入ってきて満足そうにしている。
キャーキャーやってると、玄関の扉が開き、またもやアレクサンドル様とメイドさんがやってきた。時間稼ぎは限界だったみたい。
「ミレイユが復調したぞ。エマさんも元気になられた様で、私も安心しました。改めて自己紹介させて頂いても?」
「大丈夫です」
「そうですか! ありがとうございます! 私はベルレアン辺境伯家次期当主のアレクサンドルという者です。今後ともエマさんとは仲良く出来ればと思っています」
「お兄様、エマの大丈夫ですはいらないって意味だったと思いますわよ」
私もそう思う。車に轢かれて骨が折れていたとしても『大丈夫ですか?』と聞かれたら『あ、大丈夫です』と反射的に答えてしまう国、日本で生まれ育った経験のある私が断言しよう。今の大丈夫はコンビニでお弁当を温めない時の『大丈夫です』だったよ。
エマちゃんは男子が少し苦手だから、申し訳ないけどアレクサンドル様には一定の距離を取っていただきたい。
「アレクサンドル様、ちょっと良いですか?」
「なんだ?」
私は部屋の隅っこにアレクサンドル様を引っ張っていき、小声で話す。
「エマちゃんはあの通りとんでもなく美少女ですよね? なので村では結構男子からちょっかいかけられてたんですよ」
「ほう、そこで俺の出番か。村の男を罰すればいいんだな?」
「違います。その経験から少し男の子が苦手なので、あまり近付かないでくださいねって言いたいんです。何なら先に野営地に戻って欲しいまであります」
アレクサンドル様は顔を青くして絶望したような顔になった。初恋かなにかはわからんが、配慮をして欲しい。
「ですが! 私も鬼ではないので、年上のお兄さん的な立ち位置で部屋にいる間離れた所で見守っているのは許可します」
「ありがとう! じゃあ僕は皆を見守っていれば良いんだね!」
アレクサンドル様は空いているイスを持って、部屋の角へと移動した。
「皆、この場は俺が守るから女の子だけで仲良く遊ぶといいぞ」
「ではよくわかりませんがお兄様お願いしますね。それで村ではどんな遊びをしているんですの?」
リリはアレクサンドル様の事は軽く流して、エマちゃんとの会話を再開した。日に日にアレクサンドル様の威厳が損なわれている気がするね。大丈夫か、次代の辺境伯よ。
「そうですね……。お喋りしたり、後はノエルちゃんが突然知らない遊びを始めて皆を巻き込む事が多いですよ」
リリは領民の暮らしというか、村での暮らしを知りたかった様だ。そんな話をしていると、二人は私の方をジッと見た。
「なに?」
「何か新しい遊びは思い付きませんの?」
「そんな事言われても……」
何か無いかなって部屋を見渡すと、若干変態のメイドさんと、恋の病にかかったオスを見て一個思い付いた。
「あ、愛してるゲーーーーーム!」
「きゃー!」
エマちゃんは私が高らかに宣言すれば取り敢えずはしゃいで拍手をしてくれるから気持ちよくなってしまう。リリは良くわからず首を傾げた。
「説明しよう! 愛してるゲームとは、向き合って相手に愛してると伝える遊びです。ここで注意点が一つ。言う側も言われた側も照れたり笑ったりしてはいけません! もし、してしまった場合は負けになります! 大まかな流れとしては、一人が愛してると伝えて、言われた方はもう一度とか本当に? と答えるのを繰り返す遊びです。言葉を多少変えるのは可! わかったかなー?」
リリはよく分かっていなさそうだけど、エマちゃんは理解したのか戦いに向けて既にフンスフンスとウォーミングアップを始めている。新たな勝負の幕開けに興奮気味だね。
「じゃあメイドさんもおいでよ。そうすれば二人ずつに別れて、勝った二人で決勝戦して優勝者を決められるし」
「はっ! 不肖ミレイユ、ノエル様の命に応じて参上仕りました!」
人数合わせとして呼んだけど失敗かも知れない。この人はリリアヌンかリリアーヌンかわからないけど、リリから出る特殊成分の過剰摂取で機能不全を起こすかもなぁ。まぁいいや。
「それじゃあやってみようか。先ずはリリはわかってなさそうだし、私とエマちゃんでやってみよう! エマちゃんどっち役やりたい? 言う方と言われる方」
「私言われたいです! 言ってください!」
エマちゃんは乙女だから愛されたいタイプみたい。よかろう、ならば私が愛を囁くよ!
「じゃあ二人は私達どちらかが照れたり笑ったと思ったら教えてね」
私は笑ったりしない様にほっぺたをムニムニして浮かれ気味の表情筋をほぐす。無表情無表情。
「ふぅー……。いきます! 愛してるよ」
「も、もう一度お願いします」
「愛してるよ」
「もう一度」
私はできるだけ無表情で無の境地のまま愛を囁く。正直エマちゃんはすぐにきゃーって言って負けるかと思ったけど意外と手強い。
無表情ではなく少し目に力を入れてキメ顔にする。
「エマ、愛してるよ」
「…………本当に?」
「もちろん、エマを愛してる。エマだけを愛してる」
「もっと言って……?」
「ちょっとちょっとお待ちなさーい! 何だか破廉恥ですわ! この遊び大丈夫ですの?!」
「もう! なんで止めるんですか! 今私は最高に生きている実感を得ているんです! この後破滅が待っていようとも構わない、そんな気持ちでこの瞬間を噛み締めているんですから邪魔しないでください!」
リリは焦った様に立ち上がって止め、止められたエマちゃんは怒ったように立ち上がり熱弁をした。ちなみにアレクサンドル様はまるで乙女のように顔を手で覆い、指の隙間からこっそり覗いていた。
「さぁノエルちゃん! 続き! 続きです! 私が負けなければ死ぬ最後の瞬間まで、ノエルちゃんは私に愛を囁いてくれるのです。だから負ける訳にはいきません! さぁ! 勝負です!」
エマちゃんはかつてないほどにこの戦いに命を懸けている。人生には負けられない、負けてはいけない戦いがあるというが、エマちゃんにとってはこの戦いがそうらしい。
……いや違うよエマちゃん。これはそんな大一番の勝負じゃないよ!
だけど私だって負けず嫌いだからね。その心意気やよし! 受けて立とうじゃない!
私は勝負に出ることにする。これでダメならもう降参だ。
「エマちゃんちょっとそこに立って貰える?」
「ここですか?」
壁を背にしてエマちゃんに立ってもらう。
「次はこうして?」
「はい」
「それでこう」
私はエマちゃんに胸の前で祈る様に自分の手を組んで貰い、その後片方の手だけ指を伸ばして貰った。私は指を伸ばしていない方の手を挟むように、エマちゃんの綺麗に伸びた指を恋人繋ぎで握った。こうする事で、片手でエマちゃんの両手をまとめて握る事ができる。そのまま手を上に持ち上げて壁ドンをする。エマちゃんは両手を塞がれた状態で壁ドンされているから、逃げる事も拒む事すらできず、もぞもぞと動くことしか出来なかった。私に拘束され、どうしようもなく無防備になっている事に気がついただろう。
「エマ、愛してるよ」
「ゥぐっ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
まるで抱き締めている様な距離で、目を見ながら愛してると囁く。エマちゃんは呼気を荒らげ、顔を熟れた林檎の様に紅潮させた。こぼれんばかりに開かれていたサファイアの様な瞳も、垂れ下がった瞼と長いまつ毛に隠れ始めた。荒い呼吸は、早鐘の様な心臓の鼓動に合わせて途切れ途切れに拍子がついている。手や胸、太もも、触れている部分が、汗ばんだ肌と体温や脈動、生々しい程に彼女の『命』を私に感じさせた。今彼女の全てを私が支配している。そんな感覚を覚えた。
彼女は荒い呼吸を整える事すらしないまま、潤んだ瞳を閉じて、そっと顎を上げる。抵抗することも忘れ、今何をしているのかも忘れ、ただ心の思うままに私を受け入れようとしている。気が付けば荒くなっていた私の呼吸と、彼女の荒い呼吸を合わせるようにそっと顔を近付けて……
「それ以上はいけませんわ! この遊びは危険すぎるので中止です! 金輪際禁止ですわ!」
リリが私とエマちゃんの間に強引な手を入れて引き剥がした。エマちゃんは手が解放された事で、支えを失い壁に寄りかかったままズルズルと崩れていき、ペタンと床に座ってしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「エ、エマちゃん大丈夫?」
「大丈夫な訳がないですわよ! エマの心臓の音がこっちにまで聞こえてましたわよ!?」
「だ……大丈夫です……。私はまだ負けてません……! 続きを……つづ……き……」
エマちゃんから力が抜けてパタリと手が床に落ちた。オーバーヒートして気絶してしまったみたいだね。私も場の雰囲気にのまれてちょっとやり過ぎてしまったよ。
「もう! 今のノエルには任せられないのでミレイユお願いしま……どうしてあなたはそんなに鼻血を出してるんですの?! ミレイユも休んでてくださいまし!」
救護班としてシャルロットがエマちゃんをクレーンのように持ち上げて、寝室へと連れていった。
「えっとじゃあ、今みたいな遊びなんだけど次はメイドさんとリリが……」
「今の遊びは領法で禁止にします!」
「はいぃ……」
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