第111話 エマちゃんとの再会

 再び馬車に乗りこんだ私たち一行はエマちゃん家に向かっている。私が街に行った後、エマちゃんがどういう暮らしをしていたかは聞いていない。

 もしかしたら、今日何のアポもなしに訪問するのは凄く迷惑がるかも知れないな。私の顔を見た時に困惑の表情を浮かべてから思い出したように「ノエルちゃんだ」、って声を出して、「急にどうしたの」なんてちょっと素っ気なく言われるのだ。何か急にネガティブな思考になってるぞ……。


「これから行くのはあの噂のエマって子のお家なんですよね?」


「……え? あぁ、うん。そうだよ」


「誰だその平民は?」


「私の仲良い子、或いは良かった子……かな」


 たった数か月、ある程度の年齢であればついこの間の様な感覚だけど七歳のエマちゃんにとっては十分すぎるくらい長い時間だと思う。もし他の子と遊んでたり迷惑そうに感じたらすぐにお暇しよう。

 私の少し後ろ向きになってしまった気持ちとは裏腹に、馬車はどんどん前に進んでいった。


 ●

  

 エマちゃんの家に辿り着き、私は馬車を飛び降りた。少し不安になってしまった気持ちを紛らわせるようにシャルロットを抱きしめてからドアをノックする。


 すると、ノックしてすぐにドアが勢い良く開きエマちゃんが飛び出してきた。


「ノエルちゃん! ノエルちゃんノエルちゃんノエルちゃん! スゥ―――ハァ―――――」


「あはは、エマちゃん久し振りだねー」


 私の予想を裏切ってエマちゃんは以前と変わらない様子で私を迎え入れてくれた。いつものように私に抱き着いてはしゃいでいる。慌てて走って来たからか、エマちゃんの呼吸は荒いね。


「久し振りです! 会いに来てくれたんですね! 元気でしたか? 寂しくはなかったですか?」


「ちょっと落ち着いてよエマちゃん。これずっと抱き着いてたらお話しにくいよ? それに今日は私のお友達とその子の兄も連れて来たんだ。紹介するね」


「……え? 別に大丈夫です。それより早く上がって下さい!」


 エマちゃんは挟まっていたシャルロットを片手で抱き、私の手を引いて家に入って扉をパタッと閉めた。リリもアレクサンドル様も何ならゴレムスくんでさえ外に置き去りになってしまった。

 多分今頃二人とも呆気に取られてると思う。有力貴族の二人は門前払いのような扱いを受けた事なんて今までないんじゃないかな。ゴレムスくんは悲しい事に置き去りにされることは慣れっこだけど……。すまぬな。


「何年くらい泊まっていきますか?」


「ごめん、そんな長期滞在は想定してなかったよ。着替えも無いしね」


 ゆっくりしてってよが年単位の人初めてみたよ。エマちゃんは私の手をひいて、リビングのイスに座らせた。


「あら? やっぱりノエルちゃんだったのねー。村にお貴族様がきたーなんて話題になってたけど今のノエルちゃんならそう言われてもおかしくないわー」


 奥の部屋からエリーズさんがやってきた。相変わらずお忍び感のでている村娘スタイルだ。お茶会でたくさんの綺麗なご婦人方を見たけどやっぱりエリーズさんの方が綺麗だね。


「ちょっと! わたくしを置いていかないで下さいまし!」


「ほう、この平民の家は少し綺麗だな」


 玄関のドアを勢いよくあけて、お貴族様兄妹が突入してきた。本物のお貴族様の乱入にエリーズさんは顔面蒼白だ。


「あの、私とノエルちゃんのお家なので勝手に入らないで貰えますか?」


 違うよ、少なくとも私の家ではない。


「ちょーっと待ってねエマちゃん。二人とも大事なお客さんだから紹介させて欲しいな。エマちゃんは私の話は聞くの嫌?」


「そんな! 三日三晩聞きますよ!」


「ありがとー。えっとじゃあ紹介するね。この綺麗な子がリリアーヌ様で、こっちの男の子がお兄様のアレクサンドル様だよ。それでこの飛び切り美少女がエマちゃんで、あそこのちょっと体調悪そうな飛び切り美人の人がお母さんのエリーズさんだよ」


「わたくしがノエルの一番の! 親友! である、リリアーヌですわ!」


「ぼ、ぼくはアレクサンドルだよ。えっと良ければアレクって呼んでよ」


「そうですか。それでノエルちゃん! 今日も私とお揃いのリボンをしてるんですね! 良ければまた交換しませんか? 私は結局まだ――」


 もう私は何から言っていいかわからない! リリは戦場での名乗りみたいに高らかに宣言するし、あのオスはエマちゃんに懸想してそうだし、エマちゃんは二人に興味なさげで私の事しか見てないし……。


「ちょっと! あなたさっきからなんなんですの? ノエルの一番の親友であるわたくしを差し置いてそんなベタベタと」


「えっと、ごめんなさい。私はノエルちゃんで忙しくて……。それに私はノエルちゃんの妻として夫を支えなくちゃいけないんです」


「そ、そういう関係なんですの?!」


 もう落ち着くまで放っておこうと思ったけど、エマちゃんが私をチラチラと見ている。わかったよ、期待に応えましょう。


「久しぶりに会えて嬉しいよ。私の最愛の妻は相変わらず綺麗だね 」


 エマちゃんをぎゅっと抱き寄せると、エマちゃんはキャーキャー声をあげる。この即興劇も久し振りだよ! 何だか帰ってきたなーって感じ。エマちゃんも当たり前のように迎えてくれて嬉しいね。

 私はエマちゃんの背中を優しく撫でながら、耳元で囁く。


「ただいま、エマ」


「……えっ? 誰か医者を呼んでくださいまし! その子鼻血が出ていますわよ! 病気かしら? 大丈夫なんですの?!」


「鼻血出てても綺麗だ……」


「も、申し訳ありません! 娘は少し体調が優れないようなので、少々席を外させて頂きますね。ノエルちゃん、この場を頼みます」


 エリーズさんは混沌と化したこの場を中座する為の名目を得て、即座に行動へ移した。恐らく別室でエマちゃんに二人はお貴族様だから丁寧に接するように注意するのだろう。


「ノエル、あの子は本当に大丈夫ですの?」


「大丈夫だよ。なんか鼻のあたりが少し弱いのか、昔からはしゃぎすぎると鼻血出ちゃうことが結構あったの。心配してくれてありがとう」


「ふむ、父上に相談して念の為領で一番腕利きの医者を手配してもらおう。領民の命を守るのも貴族の役目だからな」


 コイツはさっさと追い出そう。エマちゃんが欲しければ少なくとも私より強くて賢くなければ許さん。アレクサンドル様はそのどちらも満たしてないよ!

 

 そうと決まればさっそく行動だ。私はリリの手を引いていつものメイドさんの所へ近づいて行く。そして私とリリで挟み込むようにメイドさんにひしっと抱き着いた。


「どうしたんですの?」


「まぁいいからいいから。たまにはメイドさんにも感謝をしないと。リリも大好きでしょ?」


「ミレイユですか? もちろん大好きですわよ? そうでなければ傍におきません」


 メイドさんはリリの言葉を聞いて白目を剥いて鼻血を出した。


「アレクサンドル様! メイドさんも鼻血を出しています! ここは一度退却するべきですよ!」


「む? 確かにミレイユを休ませねばならんな。俺に任せろ」


 アレクサンドル様はメイドさんを引きずって馬車へと戻っていった。去り際のメイドさんは恍惚した笑みを浮かびながら、私にグーサインをだしていた。あのメイドさんはリリの専属から外した方がいいって帰ったら一度フレデリック様に相談しよう。これは決定事項。


 無事にエマちゃんへ懸想したクソガキを追い出すと、エリーズさんとエマちゃんが戻ってきた。エリーズ家緊急会議は終わったみたい。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません。ほら、エマも」


「先程は失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」


 母娘揃ってリリに頭を下げる。エリーズさんは王都での経験があるから、私の知らない貴族の闇の部分を知ってるんだろう。だから丁寧に対応してるし、未だに少し顔色が悪い。二人に害をなすような存在を私が連れてくるわけないから大丈夫だよ。


 私はリリとエマちゃんを抱き寄せて三人でひと塊になる。


「きゃー!」

「急にどうしたんですの?」


「エリーズさん、大丈夫だよ。リリは大丈夫。私の大切な友達だから大丈夫。ね? リリ」


「よくわかりませんけど平気でしてよ。それより暑いので離れて下さいまし!」


「なんでそう言って私のことを押すんですか? 離れるなら一人で離れて下さい。私はノエルちゃんと一心同体なので離れられないんです」


 何故かまた言い合いになってしまったが大丈夫だよ! ……大丈夫だよね?

 ギャーギャー仲良くケンカし始めた二人を見て、エリーズさんはため息をついた。


「もう、取り込んだのなら早くそう言ってくれれば良かったのに」


 よく分からない事を言ってからエリーズさんは少し膨れっ面になってしまった。美女のその顔もまた、いとおかし。

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