第109話 実家!

「ノエル、わたくしにも紹介して下さらない?」


 リリが綺麗なドレスを着て綺麗な立ち姿で荒屋に立っている。下手な合成写真みたいで浮きまくってるよ。


「じゃあリリに紹介するね、この今にも私を絞め殺そうとしてるのがお母さん。ママって呼んであげて。それでお母さん、この子が私の友達のリリだよ。リリアーヌ様って気軽に呼んであげて」


 リリはいい子だから、私のお母さんがリリって呼んでも気にしないだろうけど周りがどう思うかは別だ。できなくてもできないなりに礼を尽くさないとダメだよね。

 

 私のエセお嬢様姿とは違って、見るからに気品が溢れているリリを見たお母さんは顔が引き攣っている。

 お母さんは私を即座に抱き上げて、耳元で囁く。


「ちょっとノエル。こんな外と中の境界線も分からない様な家にお貴族様連れてきてどうするのよ……」


 さすがにそこまでのボロ屋じゃない。壁だって穴は空いてるけどちゃんとある。


「お母さんに会いたいって言うからさぁ」


「だからって連れてこられても困るわよ!」


 お母さんはすぐに帰ると言いながら中々帰って来なかった私を怒る事もできない。お貴族様が来ているのだからそんな余裕なかろうー! 付いてきちゃったんだから最大限利用させていただきます!

 

 オデコを抑えているアレクサンドル様がメイドさんと一緒に家に入ってきた。アレクサンドル様はお母さんを見るなり嬉しそうな顔をしたけど、まさか貴様年上好きか?


「おお! あのノエルちゃんが簡単に捕まってて為す術もないなんて、さすがは最強のサムラーイですね! 是非とも僕にもマチューラの御業を伝授して頂きたいです!」


 ……なんかいつだったかそんな話をした様な気がする。お母さん最強の侍で鬼神って恐れられてたんだっけ。お母さんに顔を近づけて貰って小声で話す。


「お母さん、テキトーに話合わせて! あの子はアホだからそれでいける!」


 首を傾げているアレクサンドル様になんでもないですよと一言告げてからお母さんの紹介を始めた。


「アレクサンドル様、こちらが私のお母さんで最強の侍だった人ですよ。それでお母さん、この人はアレクサンドル様で、ベルレアン辺境伯家の次期当主だね」


 お母さんは辺境伯家次期当主と聞いて真っ青を通り越して、顔色が真っ白だ。


「ノエル、ママの顔色が悪いですけれど平気なんですの?」


「そうだよ、具合悪そうだけど平気?」


「あぁー平気ですよ。これも松浦の技のひとつで、血流を操作することで汗をかかないようにしてるんです。そうすることで闇に紛れるための黒塗りが落ちたりしないようにするんですよ。隠密に適した技ですね」


 なんか侍から忍者になったわ。


「でも凄く汗かいてるよ?」


「あぁー……、本格的にやるみたいだね。一度汗をかいて体表面の温度を一気に下げてるんです。熱を感知するタイプの敵もいますからね、バレないように即座に体温を調整する技ですよ」


 汗をかかないって言ったり、かくって言ったりもうぐちゃぐちゃだよ。リリは何となく察したのかお母さんを見て気の毒そうな顔になったけど、アレクサンドル様は更に大興奮だ。知られざる技が目の前で披露されてるのだから、武門の出としては仕方がない。


「凄い! マチューラの技を教えてよ!」


 私はお母さんを突っついて話合わせてと再度小声でいう。


「マ、マチューラの技はそう簡単に出来るものではないです。先ずはノエルに教わって下さい」


 お母さんはリリと違って即興劇の才能がありそうだね。ただひとつ言いたいのはマチューラじゃなくて松浦ね、松浦。そしてサラリと押し付けたね。

 

 私がキラキラした目のアレクサンドル様を見ないようにしていると、後ろの方からペシペシと何かを叩くような音が聞こえた。


「あら、レオが起きちゃったみたいね」


 お母さんはパッと手を離して私を地面に落とすと、お貴族兄妹を見て言葉に困ったのか取り敢えず頭を下げてから寝室に向かった。

 キィィという立て付けの悪い扉が開く音が聞こえると、そこからパタパタと足音を立てながらレオが顔を出した。


「ノ、ノ、ノエル! 何か可愛らしいのがいますわよ! なんですの? あんなに小さな人は見た事がありませんわ!」


 リリは大興奮で私の手を掴んで揺らす。まだ1歳3ヶ月くらいだろうレオは、リリにとっては未知の存在だった様だ。末っ子だし、幼児は見た事がないのかな?


「ほう! 赤ん坊か! リリアーヌの小さい頃を思い出すなぁ。あまり覚えてないけど」


 数ヶ月ぶりにみたレオは、まだまだヨタヨタと歩いているけどその足取りは力強かった。私が街に向かう頃はまだ頼りなくてすぐに転びそうだったのに……。成長が早いなぁ。


「レオー、お姉ちゃんだよ! 久しぶりだねー! 覚えてる?  ほらおいで!」


 レオは私を見つけると、嬉しそうな顔をして両手をあげてドタドタと歩いてきた。あと少しで私に抱きつくという所で、リリが私の目の前に立ってレオを抱きとめた。


「ノエル! この子お土産に持ち帰ってもいいですか? 赤ん坊というのですよね? 初めて見ましたわ!」


 リリの持ち帰るという言葉を聞いてお母さんの顔色が更に悪くなる。そんな母の心境などわからないレオは、大好きな私に抱きつけると思ったのに、知らない綺麗な女の子に抱き着いてしまったから困惑気味だ。それなのに、リリに頭を撫でられるとすぐに笑顔になってあーだのうーだの言いながら手を叩いて喜んでいる。私は別にいらないらしい。いらないらしい……。


「リリアーヌ、連れて帰るにしても乳母を雇わなければならないんじゃないか? 父上と母上に相談しなければしかられるぞ」


「はいはい、人の弟勝手に連れて帰んないで下さい」


 冗談なのか本気なのかわからないお貴族様トークにツッコミをいれ、リリからレオを奪い取って抱き上げる。ちょっと重くなったかな? 成長を感じるよ。

 シャルロットも私の背中をよじ登って肩越しにレオと目を合わせ、二人で左右に首を傾げている。


「それじゃあ顔合わせも済んだことだし、二人は野営の場所に行って手伝いなよ。見てわかる通りこの家じゃ二人を持て成したり出来ないからね」


「ノエルはどうするんですの?」


「どうするって普通に家で過ごすよ?」


 実家帰ってきて野営する人いないでしょ。別行動だよ。


「えぇー。でしたらわたくしも一緒にこちらで過ごしますわ」


「こら、リリアーヌワガママ言うな。せっかくの家族水入らずを邪魔しちゃ悪いだろ」


 アレクサンドル様は今日一日らしくない事ばかりだ。兄らしくリリを諌めてから馬車に乗り込んで中央広場へと戻って行った。リリは最後の最後まで名残惜しそうにこちらを見ていたけどホント寝るとこだってないんだから無理だって。


「や、やっとお帰りになったわね……。レオを取り上げられるかと思ったわよ」


「あの二人はそんな事しないから平気だよ。それより帰ってくるの遅くなっちゃってごめんね? 帰ろう帰ろうとは思ってたんだけど、何だかんだで忙しくってさぁ」


「そんな事だろうとは思ったわよ。ノエルは夢中になったらそればっかりのめり込むじゃない。魔法使える様になったら毎日毎日こっそり魔法ばっかり使って……。それで、その足元のゴツゴツしたのは何?」


 お母さんがゴレムスくんを指差して問いかける。ゴレムスくんは性格なのかゴーレムの特性なのかじっとしてる事多いからちょいちょい忘れちゃうんだよね。


「この子はゴレムスくんだよ。なんだろうね。何か拾ったし、便利だから使ってる」


 アダマンタイトのオマケみたいな物だったけど金属加工で便利だしシャルロットとは仲良しだから連れてるけど、たまに何で山に帰らないのか不思議に思うよ。あとでアレクシアさんにもエマちゃんにもアダマンタイトあげよう。私でもそう簡単にはバリムシャ出来ない強度の金属なら喜ぶよね。


「大人しそうだから良いけど、邪魔だから端っこに置いといてね。それより、改めておかえりなさいノエル」

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