第108話 数ヶ月ぶりの再会
村と街の間はいつだって退屈だ。今日は旅の同行者がいっぱいいるんだから暇にはならないかと思ったけどそんなこともない。騎士達もさすがに護衛任務中に、気を抜いて私とお喋りなんかしてくれない。
リリと話してればいいと思っても、そんな何時間も話し続けるほど話題なんてないよ。だって同じ家に住んで同じ部屋で生活してるんだからね。そう言えば〜なんて話し始めたところでお互い知ってるんだよ。
やる事もないからシャルロットのファーの部分を櫛で梳かしてあげている。シャルロットは喜んでくれているけど、ふわっふわだったファーが、低温のヘアアイロンで真っ直ぐにしたような感じになってしまった。なんかちょっと変だけど、本人は嬉しそうなので良しとしよう。
「シャルロット綺麗になったねー! ツヤツヤだよ」
シャルロットは嬉しそうにおしりを揺らしてからゴレムスくんに見せつけている。ゴレムスくんも手をカンカン鳴らして拍手をしている。この子達は何だかんだで仲良くやれているみたいで良かったよ。
ゴレムスくんは動きが止まったと思ったら、飾りでしかない頭のてっぺん部分が波打ち始めて、ウニョウニョと糸の様なものがたくさん生え始めた。そのあまりの気持ち悪さに私は腕に止まった蚊を潰す様な勢いで、ゴレムスくんの頭をパチンと抑えた。
「それキモイから禁止」
恐らくシャルロットのファーみたいに毛を生やそうとしたんだと思うけど、おぞましい光景だった。やりたかった事を禁止され、頭をパチンと叩かれて落ち込んでしまったゴレムスくんにはお詫びとして魔力を注いだ。
アレクサンドル様は案の定寝てしまったし、リリもウトウトしている。メイドさんはそんなリリを微笑ましそうに見ているから退屈はしていなさそうだ。
これじゃ退屈に耐えられない私が一番子供みたいじゃん。
暑い事を除けばお貴族様の場所はまぁまぁ快適で、軍馬が二頭で引いてるから速度も速い。このまま行けばお昼過ぎくらいには着きそうだね。
お昼休憩も屋根のある馬車で過ごして、しばらくすると遠くに村の壁が見え始めた。
「リリ! 村が遠くに見えてきたよ!」
「見せてくださいまし! 」
私に伸し掛るように身を乗り出して窓から顔を出した。リリが落ちたりしないように抱える。
「んー、何か見えるような……見えないような……」
「まだ遠すぎたね」
「リリアーヌ、どうせもうすぐ着くんだから落ち着け」
アレクサンドル様が落ち着いた様子でそう言った。私、この人がお兄ちゃんらしい事言ったの初めて聞いたかもしれない。正直失礼かもしれないけど、ちょっと感動して思わず拍手をしてしまったよ。ただ、そう思ったのは私だけでは無かったようでリリも拍手をし始めたしメイドさんも目を見開いていた。
私の逸る気持ちを汲んでくれたみたいに、馬車はどんどん進んでいき、あっという間に村の門まで辿り着いた。
「すまないが、ここがオロレ村で間違いないか?」
「え? オロレ村……? いや、村の名前は知らないから間違ってないかと聞かれてもわからないな。騎士様達はそのオロレ村に何用で?」
「ノエルちゃんの帰郷で参った次第だ」
強化して耳を澄ましていると、そんな会話が聞こえた。声じゃ門番さんが誰かはわからなかった。でもそんな事より驚きなのが私の出身地はオロレ村って名前があった事だ。アレクシアさんも知らなかったし、門番さんも知らないとか下手したら村長くらいしかしらないんじゃないかな。
私が飛び出してやっほー通してーで解決はするけど、騎士団の新人さんの訓練にならないだろうし待っていよう。
「早く入れないのかしら? わたくし凄く楽しみですわ!」
「落ち着いてね、本当に何もないから楽しくないよ? 村には何も無いの。逆に言えば何も無い所は全て村と同じだよ。だから今日はずっと村に居たと言っても過言では無いんだよ。楽しくなかったでしょう?」
「……楽しくはなかったですわね。でもノエルの生まれ育った場所が普通に何も無いなんて有り得るのかしら?」
「うむ、俺も早く平民のご両親に会いたいものだ」
平民の両親ってなんだ? 街にもいくらでもいるよそんなの。
御者台の方からコンコンとノックされた。どうやらやっと村に入るらしい。
馬車はガラガラと音を立てながら門をくぐり、村に入った。約数ヶ月ぶりの帰郷に胸を躍らせながら窓を覗くと、何一つ変わっていない村の姿があった。あったというか、なかったというか、相変わらず何も無い。
村の中央広場に馬車は止まった。たぶん、ここが野営地なんだろう。私は一足先に馬車から降りてグーッと伸びをする。中央広場には未だかつてない程のお客さん、それも騎士の到来に村の人がチラホラと集まり始めていた。よく知った顔や、あまり絡みのない人も遠巻きにこちらの様子を伺っているから手を振って、帰ってきたよとアピールするが、何故か反応はイマイチだった。まさか私を忘れたとかじゃないよね……? 流石にそんなに間はあいてないよ?
私はさっさとお家に帰りたいから、今回の旅で指揮権を持つ若手騎士の所へスタスタと歩き、話し掛ける。
「ねぇねぇ、私はここ離れてお家行っていい? 皆は野営の準備とかでしょ?」
「そうだなー。ノエルちゃんの帰郷と俺らの野営は一応別々の話だしな。いいぞ、早く親御さんに元気な姿見せてやれ」
私は身体強化でシュバっと馬車まで戻って扉を開ける。
「私おうち帰っていいって許可貰ったから先帰るねー! シャルロットとゴレムスくんおいでー!」
私の呼びかけにシャルロットは飛びつき、ゴレムスくんは馬車からドスッと飛び降りた。
「わたくしも! わたくしもノエルの御両親に挨拶いたしますわ!」
「そうだな。お子さんを預かっている家の者として挨拶は欠かせない。俺も同行しよう」
結局みんな着いてくるなら馬車で行けばいいじゃん! 出てきてもらって悪いがゴレムスくんを抱えて馬車に乗り込んだ。
数ヶ月ぶりの我が家が見える。少し懐かしいね。今じゃ大豪邸の一室で生活しているけど、私の生活はこの荒屋から始まったんだよねぇ。
「ここが馬車と馬を管理する場所ですのね」
「いや、この形は馬の管理には不向きだから違うだろう。馬屋番の待機場といった所じゃないか?」
お嬢様お坊ちゃまは、私の実家が馬小屋の類に見えてるみたいだ。まぁそう思うのも無理はないよ。
「残念、ここが我が家なんだなぁ」
私は今度こそ馬車から降りる。頻繁に帰るといいながらの数ヶ月ぶりの帰郷だからお母さんは怒るだろうなぁ。普通に帰っては普通にしかられてしまうのが道理。それならば普通じゃない帰り方をしよう。
「リリ、悪いけど一緒に入ってお母さんただいまぁーって言ってくれる?」
「よくわかりませんが良いですわよ! 村でよくやったという即興劇ですわね!」
リリは両手で小さくガッツポーズをしてやる気満々だ。リリはさっそく家の扉を躊躇いなく開け放った。流石は貴族、平民の家なら他所様の家だろうと入るのになんの躊躇いもないね。
「お母さん、ただいまぁー」
リリの不慣れな挨拶を聞いてお母さんがやってきた。数ヶ月ぶりに見るお母さんは特に変わってないね。相変わらず綺麗だ。
「……えっと」
「お母さん、ただいまぁー」
お母さんは突然やってきた水色の髪をしたドレス姿の儚げな美少女の登場に困惑気味だ。誰かわからんが当たり前のように家に入ってきて、ただいまなどと言うのだから無理もない。
そしてリリは即興劇のセンスが無いようで、用意したセリフを言い続けるNPCみたいになってるよ。フラグたてなきゃ次のセリフにはいかないんだろうな。
そんな二人の様子を玄関からそっと観察している私である。何か昔の野球アニメのお姉ちゃんみたいな構図だね。恋人だっけ? 見た事ないからわからないや。
「平民は入らないのか?」
バカ声掛けてくるな、バレるだろうが! アレクサンドル様のオデコをぺしっと叩いてから諦めて家に入った。
「リリ、ここが貴方の家なの? なんとも粗末な家ねぇ。ほとんど外と変わらないじゃないの!」
私は今日、ヘレナ様の指示でドレスで着飾っている。何でも久し振りの再会なんだから素敵な姿で会いましょうとの事だ。なのでそれを利用して令嬢っぽく振る舞う。
「粗末な家で悪かったわね、ノエル。こっちへ来なさい」
「あ、あら? 平民が私を呼びつけるだなんて……や、優しくしてね? お母さん」
強気で押せ押せに行こうと思ったが、額に青筋が浮かんだお母さんの迫力には逆らえず、演技を押し通すことはできなかった。おずおずと近づく私をお母さんはぎゅっと抱き締めてくれた。
「おかえり、ノエル。相変わらずのようね」
「た、ただいま。お母さん、そんなにぎゅってしたら出ちゃうよ! キラキラしたの口から出ちゃう!」
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