第107話 実家に帰らせていただきます!
お茶会が無事に終わってから、辺境伯家には沢山のお茶会のお誘いや感謝の手紙が殺到したらしい。そしてそこには何故か私へのお誘いも含まれている。
スイーツをお腹がはち切れんばかりに食べて行った人達は、恐らく今頃お家で料理人達と一緒にスイーツ開発をしてるんだろうな。ああでもないこうでもないと、料理人達に母娘で一生懸命説明してる姿が想像できるよ。
だから私にも来て欲しいのかも知れないけど、冷静に考えて欲しい。他所ん家行くくらいなら実家帰るわ、が私の心情だ。
頻繁に帰るなんて言いながら、未だに一度たりとも帰れてない。サクッと走って行ってサクッと帰ってくればいいんだろうけど、どうせ行くなら満喫したいと思っちゃって結局帰れてないんだよ。本末転倒だね。
そこで私は考えました! 会いに行けないんだから会いに来てもらおう作戦である。作戦は簡単で、遊びにおいでってだけだね、うん。
だけど呼ぶなら呼ぶで、やっぱりフレデリック様の許可が必要だし、来てもらう名目も必要だ。
「てな感じ何だけど、何か良い案ない?」
「そんな事考えてないでぱぱっと二、三日村に行った方が早いのではなくって?」
リリは何処か呆れを含んだ目で私を見ている。でも私が今更普通に会いに行ったら遅いって怒られるんじゃないかな?
「でもいいの? 私が二、三日居ないとその間リリはひとりぼっちだよ?」
「この前のゴレムスくん連れてきた時はもっと長かったではありませんか。それにわたくしも一緒に行けばいいんですわ」
「リリはわかってないね。私の住んでた貧乏村がどれ程貧しい生活してるか」
貴族令嬢が来て寝泊まりできるような場所なんか無いよ。村長の家だって広いだけで荒屋みたいなもんなんだから。リリから見たらほとんど野宿と変わらないと思うな。
「それにフレデリック様の許可が降りないと思うよ?」
「では聞きに行きましょう!」
リリは勢い良く立ち上がり、私の手を取って歩き出した。ふわふわな絨毯の上を歩き、長い廊下を通って執務室へとたどり着く。
「お父様、リリアーヌです。入ってもよろしいでしょうか」
「入れ」
リリには少し重い扉を私が押し開けて、通してあげる。今日も執務室にはフレデリック様とアンドレさんが定位置にいた。
「リリアーヌが来るなんて珍しいね。どうしたんだい?」
「ノエルが二、三日ご実家に帰るつもりらしいのですけれど、そこにわたくしも同行してもよろしいですか?」
「ノエルちゃんの実家に? そうだなぁ、まぁ悪くないか。但し条件がある。ちゃんと護衛を連れていく事と、アレクサンドルも連れて行きなさい」
「お兄様もですか?」
「そうだ。次期当主として、領民の暮らしを見るのもいい経験になるだろう」
フレデリック様は悩んだ末に、妙案が思い付いたと言わんばかりの顔でそう言った。護衛も連れてとなると結構な人数だし、もう完全に野宿になるけどその辺はわかってるのかな?
「あの、フレデリック様。そもそも宿がある訳でもないですし、沢山で行っても野宿ですよ? 村にはリリ達が泊まる場所さえないです」
「そのくらい問題ないよ。護衛の騎士団も子供達もいい経験になるだろう。これから先、王都へ行くにも何処へ行くにも野宿をする機会はある。むしろいい予行練習になるよ」
私の言葉で考え直してくれるかと思ったが、寧ろ積極的に送り出そうとしている。もうこれは回避出来そうにないね。
結局私の帰郷にはリリとアレクサンドル様と騎士団の一部が同行する事になった。本人のいない所で決まってしまったけど、アレクサンドル様はそれでいいのかな?
●
リリやアレクサンドル様のスケジュール調整をしている間、私は村に持ち帰るお土産を買う為に街へ出た。お土産と言っても調味料や砂糖とか日持ちする実用品ばかりで、街の特産品みたいな物を買うわけではないよ。
ジェルマンさんにも、数日間村に帰るけどエリーズさんとエマちゃんに何か伝える事はあるかと聞くと、手紙を二枚渡された。責任を持って渡すから安心してね。
ついでだから果てなき風にも挨拶しておこうかと思って冒険者ギルドに寄った。受付にはいつものお姉さんが見当たらないので、テキトーな場所に並ぶ。
「こんにちはー。果てなき風の人達に用事があるんですけど、今日は来てますか?」
「申し訳ありません。今は依頼で街を離れております」
居ないなら仕方がないと頭を下げて受付を離れると、見知らぬ冒険者に呼び止められた。
「嬢ちゃん、果てなき風に用があるんだって? 悪い事は言わねえ、嬢ちゃんみたいな可愛い子は近付かない方がいいぞ」
「私可愛いですか? 私もそう思いますけど、何で近付いちゃダメなの?」
「ああ、少し前に噂が広まったんだよ。なんでも果てなき風の連中は可愛らしい少女を馬車馬の様にこき使っていたらしい。それを街の沢山の人が目撃しててな。誤解だとは思うが……まぁ何かあってからじゃ遅いし念の為だ。だから近付くなよ。じゃあな」
冒険者はそう言って去っていった。果てなき風の人達がそんな極悪非道なことをするとは思えないし、冒険者の言う通りなんか誤解されたか、誰かが悪意を持ってそんな嘘を広めたんだろう。そしてその噂が広まってたからゴレムスくん捕まえた時は街の人達の視線にトゲがあったのか。
どちらにしろ街にいないんじゃ挨拶も出来ないし仕方がないから冒険者ギルドを後にした。やはり一流の冒険者ともなると、嫉妬やら何やらでこういうトラブルもあるんだろう。人が悪意を持って噂を広めると、対処は難しいだろうし今度困ってたら助けてあげたいな。
挨拶回りも済ませたし、お土産も用意した。後は予定を立てて実家に帰るだけだ。
●
「フフッ、いよいよ明日がノエルの育った村に行く日ですわね!」
ベッドに入ってそれなりに経っているのに、興奮しているのか珍しくリリは寝付けないでいた。
「リリは楽しそうにしてるけど、結構移動は大変だし、村に着いたって野宿だよ? わかってる?」
「わかっておりますわよ! ノエルの生まれ育った村はどんな所なんでしょう」
「だからなんもないって。良いからそろそろ寝ないと、馬車で乗り物酔いしちゃうよ?」
「ですが楽しみで寝られないんですもの。あちょっと暑いので抱き着かないでくださいまし!」
いつまでも眠らないリリを強引に抱き寄せて頭を撫でる。暑いだなんだと言いながらも、離れるどころかしっかりと私にしがみついてるし、結局頭を撫でると直ぐに寝始めた。眠ったならもう用はないので、暑苦しいから離れて眠った。
朝、準備を終わらせて馬車に乗り込んだ。今日の私の帰郷同行者はシャルロットとゴレムスくん、リリとアレクサンドル様に、お世話係と護衛達の大所帯だ。
護衛達も、ベテランだけで事足りるのに経験を積ませる為に新人組をメインにして、万が一の時だけベテラン組が手を貸すらしい。大事な子供が二人もいるのだから戦力は過剰なくらいで丁度いいって事かな。
今日はお天気も良く、旅日和だけど快適かと言えばそうでもない。季節はもう夏だから暑いのだ。リリとアレクサンドル様の安全の為に馬車の扉を空けておくことも出来ないし、狭い室内に私含めた子供三人と、いつものメイドさん一人が同乗してるから余計暑いよ。
そんな暑さ対策の為に、ゴレムスくんにアダマンタイトで小さいタライを作ってもらい、床に置いた。
「ねぇリリ、お願いがあるんだけどさ。良いかな?」
「なんですの?」
「このタライに氷と水入れて欲しいな」
リリはジャラジャラと氷を入れてからジョボジョボと水を注いでくれた。私は靴を脱いでスカートを膝までたくしあげてタライに足を入れる。
「ひやぁぁぁぁ、冷たくて気持ちぃ〜」
「へ、平民! はははははしたないぞ!」
「はいはい、すいませんしたー」
ヒンヤリと冷たいゴレムスくんを抱き上げる。シャルロットと二人でサンドイッチにして、足は氷水につける。これでかなり暑さはマシになったよ。
アレクサンドル様は顔を真っ赤にしながらはしたないと言うが、別に膝から下を晒すくらい男装の時だってしてるじゃん。別に誰が見てる訳でもないし。
「わ、わたくしも良いですか?」
「いけませんよ、お嬢様」
「そうだぞ。そんなはしたない事をしてはベルレアン辺境伯家の名が泣くぞ」
皆に反対された事でリリはムスッとした顔をしてしまった。
子供の前でやりたくなるような事を安易にしてしまった私にも責任があるよなぁ。リリの為にも人肌脱ぎますか。
私はメイドさんに耳を貸してもらう。
「ねぇ、これから私とリリはこの狭い桶に二人で足を入れるんだ。どう思う? 狭いよね」
「……こ、今回だけですよ?」
姿勢を正したメイドさんは呼吸が荒くなっている。私はたまにだけどこの人をリリの専属から外した方がいいんじゃないかって思う事があるよ。
「リリ、良いってよ」
「ホントですの? ミレイユありがとう!」
「だからダメだと言っている!」
「アレクサンドル様、松浦流抜刀術には心眼という技があります。これは実際に目で見るのではなく、心の目で見るのです。すなわち暗闇であろうと、死角であろうと見る事が出来るんです。松浦流抜刀術の開祖は心眼を会得する為に自らの目を潰したと言われていますが、アレクサンドル様ならそこまでしなくても目を閉じていれば会得出来るかもしれませんよ?」
「なに! マチューラの技は凄いのだな!」
アレクサンドル様は心眼を会得する為に目を閉じた。きっと彼は数分後には眠ってるだろう。
私はリリにピースすると、嬉しそうに靴を脱いで桶に足をそっと入れた。
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