第106話 お茶会その三
技術力が向上した料理人によって作られたミルクレープは、均一にクリームが塗られた事で、高さも綺麗に揃っている。その上に白桃と、アクセントにミントも添えられている。
アングレーズソースでお皿をぐるりと囲み、その上にラズベリーソースを一滴ずつ垂らしてハートマークに引いている。
装飾にまで凝った力作である。
目の前に置かれた芸術的な一品をみたご夫人方はため息を漏らし、お子様たちは手を叩いて出迎えた。もうこの場に貴族のマナーだとか品格だとか言う者はいない。
積極的に試食に協力して食べ慣れているヘレナ様と、スイーツに対する完全耐性を会得しているリリは特に躊躇うこともなく食べ、左手を頬に添えた。
この場にいる者はそれを見て侮ってしまった者や、一呼吸置くためにお茶を飲む者、意識を保つ為に太ももの外側に扇子の柄の部分をグリグリと刺す者まで多種多様だ。
子供達はスイーツに対する耐性が比較的高いので、黄色い声を上げながら食べ進めている。リリも周りの子と楽しそうにお話をしているみたいだ。
フレデリック様からの条件として出された子供達と仲良くして欲しい、困っていたら手を貸してあげて欲しいというのは、リリに関してはもう達成したと言ってもいいんじゃないだろうか。いつからかつっけんどんな態度は取らなくなったし、今日だって最初は怪しかったけど今はもう他の子と笑いあっている。
アレクサンドル様はほったらかしたままだけどね。
少し離れた所からリリの成長を見届け、そういえばと思い出した様に周りを見てみた。半数とまではいかないが空席が目立っていた。私が考え事をしている間に退室する人が結構いたみたいだね。
残っている人は装飾品や着ているものから判断して,比較的身分が高そうに見える。甘い物が日常から遠くは無かったのかな?
一方子供達は誰一人欠けることなくここまでやってきた。
そしていよいよラストのスイーツであるパフェが登場する。言ってしまえば、今日出したスイーツ全部のせみたいなものだね。
ラズベリーソースやクッキーを割って作った層、カスタードクリームに生クリーム、白桃やプリン、リリ特製アイスに、装飾品としての飴細工などなど、ここまで食べてきた美味しかったものまとめて登場するのだから、興奮してしまうんじゃない? 言わばボスラッシュだね。
少しだけ寂しくなってしまった会場にメイドさん達が再度やってきた。それに合わせてヘレナ様が立ち上がり話始める。
「ここまで倒れる事なくついてきて下さった方々には感謝の意を伝えたいと思います。そして同時に、よくぞここまで来ることが出来ましたと賞賛を送りたいと思います。これからお出しする一品は、今日の最後を締めくくるのにこれ以上ないほど適した至高の一品でございます。そして、これを製作するには私の最愛の娘であるリリアーヌの力を借りなければならないのです。どうか、リリアーヌに盛大な拍手をお願いします」
私は率先して拍手をして、他の方々も全員後に続いた。会場全体がリリを祝福している。リリは今までにないほどの心からの祝福に少し泣いてしまったが、立ち上がり、胸を張って礼をした。
こんなに立派になっちゃってと、私は不覚にも涙が出ちゃったよ。
「ありがとうございます。それでは今回の最後のスイーツ、パフェをどうか心ゆくまで御賞味くださいませ」
背の高いグラスには女の子の夢がいっぱい敷き詰められていた。そしてそのグラスから噴き出すように素敵な物が沢山溢れている。
メイドさんはパフェをお客様の前に出して、一人一人におめでとうございますと言葉をかけながらアダマンタイト製のロングスプーンを渡して回っている。受け取るご夫人もありがとうございますと、涙ながらに頭を下げ受け取っている。最早身分の上下など存在しないらしい。この場の女性全員が横一列に並び、その上にスイーツが君臨しているのだろう。
そのアダマンタイト製ロングスプーンは私からのお土産だよ。今日最後まで立っていることができた人達のトロフィーみたいな物だ。是非とも飾ったり使ったりして欲しい。
そして皆にパフェが行き渡る中、とある円卓だけが盛り塩パンが出されている。あの子達がリリを傷つけた子供達ね。
気の強そうな女の子が二人に、オドオドした子が一人、何故自分たちだけが違う物を渡されているのか分からなくて周りをキョロキョロと見回している。
ヘレナ様はそんな様子を一瞥した後、さぁどうぞ皆様召し上がってくださいとだけ言った。
様子を伺っていたご夫人も子供達も、ヘレナ様の様子から手違いやミスでは無いと理解したのだろう。特に何かを言うでもなくパフェを食べ始めた。
一部困った様な顔をしているご夫人方がきっとあのイジワル少女達の親御さんなんだろうね。
大人達が誰も何も言わないから、子供達も何も言わず、そして本人達も何も言い出せないでいた。きっと何故こんな不当な扱いを受けているのかは理解していないだろう。
唯一オドオドしていた子だけが、リリと同じ席の子達を見て悲しげな顔をしてから盛り塩みたいなパンを食べ始めた。
きっとあの子は理解したんだと思う。ここが何処で、誰が冷遇されていて、その共通点に気が付いた。だから不満も言わずに食べ始めたんだろう。他の子に取り入るために、いつも気にかけてくれていたリリを踏み台にしてしまった事を、もしかしたらずっと引き摺っていたのかもしれない。
同じ席の子が何かを言おうとした時に、手を引いて止め、首を横に振っていた。彼女たちは今、どんな気持ちで盛り塩パンを食べているんだろうか。そして、仕返しをしてスッキリする筈だったのにどうしてリリも後味が悪そうな顔をしているんだろうか。
……仕返しをする本人がスッキリしないんじゃ、やってる意味なんかないね。私はリリの所まで静かに歩いていき、周りの目などお構い無しに後ろから覆い被さる様に抱きついた。
「リリ、私はリリの味方だよ。だからリリのしたい様にしたらいい。行っておいで」
リリは首元に回っている私の手を一撫でしてからありがとうございますと囁いて、席を立った。向かった先は当然涙をポロポロ流しながら盛り塩みたいなパンを食べているあの子達の席だ。
「何か言う事はございませんの?」
「えっと……その……ごめんなさい」
「私も……酷いこと言った」
「いつも助けて貰ってたのにごめんなさい……」
「もう、仕方がありませんわね。わたくしは寛大な心であなたがたを許して差し上げますわ! 感謝なさい!」
どこか締まらないツンデレチックなリリのお許しに合わせてパフェが提供される。だけどサイズは小さめだから私からするとサンデーだ。正確な違いはわからないけど、ちっちゃかったら私の中ではサンデーだ。
結局は屋敷の皆、リリが許してしまうんだろうなって思ってたんだよね。だからといってリリを傷付けたのは事実だからふた周りは小さいサンデーなのだ。そこは譲れない。
それでも少女達は嬉しそうに笑っているし、リリもこれを作ったのは自分なんだと自慢しながらアイスを食べさせている。
彼女たちはまだ八歳の子供だ。不器用に周りを傷付けてしまうことも、上手く付き合って行けないこともあるだろう。だけどこうして謝ったり許したりする事で、またひとつ大人になったんだろうね。
私も大人達も微笑ましそうに見守り、一部の大人はホッとしたように息を吐いていた。
●
ヘレナ様の閉会の言葉で締めくくられて、参加者は一人、また一人立ち上がって行く。ヘレナ様とリリは玄関でお客様をお見送りする様で、先に退室して行った。
私は部屋の出入口で何人かのメイドさん達と並んでお見送りしている。お客様達は私の前に立つと、アダマンタイト製ロングスプーンを両手で頭上に掲げて、礼をしてから退室して行った。そのスプーンそんなに気に入ったの? それ柔らかいパフェを食べる用だから、せっかくの凄く硬いアダマンタイトが全くの無駄遣いなんだよ? ……そう考えるとなんか粋だよね! 見えないオシャレみたいな?
最後まで残っていたいじめっ子グループだった子達も親御さんに連れられて私の前にやってきた。
「ノエル様、私もいつかあの長いスプーンを頂けるように精進いたします」
「え? あぁ、はい。楽しみにしています」
君達は何を精進して、私は何を判断してロングスプーンあげればいいの?
「……面倒だし今差し上げましょうか?」
「いえ! 今の私達には受け取る資格がありませんよ。では失礼いたします」
ぶっちゃけただの記念品でしかないスプーンにそんなに価値なんてないよ? ノリで作っただけだからもう作る気もないし……。
こうして皆で力を合わせたお茶会はほぼスイーツ会だったけど、成功した。リリもこれからは他家のお茶会やお友達からの誘いに積極的に参加して行く事だろうね。
一仕事終えた私たちは、休む暇もなく後片付けに追われるのだった。
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