第105話 お茶会その二

 先ず最初に各テーブルに給仕されたのはシンプルなクッキーだった。スイーツに対して耐性のない人達に、いきなりパフェでも食べさせて全員が気絶しようものならそれはもう毒を盛ったと疑われても仕方が無いからね。

 最初にクッキーで軽く揺さぶりをかけて、ヘレナ様の挨拶の意味を理解してもらえればいい。


 好奇心旺盛なお子様はクッキーを遠慮なく、それでいて御行儀よく食べ始めた。サクサクサクサクと細かく噛んで延々と食べ続けている。

 

 大人達は少し警戒しているのか、中々手は伸ばさずにお話に夢中になっている。正確にはお話に夢中になっている様に振舞っている、だ。優雅に話しているが、視線は不自然にクッキーと他の参加者との間を行き来している。恐らくはこの後会場で一番爵位の低い人達が最初に食べて、各テーブルの爵位が一番低い人達が食べ始めるのだろう。

 

 緊張した面持ちのご夫人がクッキーを一口食べると、テーブルのクッキーを独り占めするんじゃないかと思うくらいの勢いで食べ始める。尋常ならざるその様子に、一人また一人とクッキーに手を伸ばし、いつしか会場は誰も喋らずにサクサクサクサク響くだけになっていた。


 ……こんなのお茶会大失敗でしょ。やってる事フードファイトじゃんか! お皿空になったら手を挙げて、おかわりくださいとか言い始めそうだ。これは早くも不測の事態かと思ったけど、ヘレナ様は首を振って私に動かないよう指示を出した。


「傾聴! さて、これでわかっていただけたと思います。今お召し上がりいただいたのはクッキーというお菓子です。言ってみれば、入門編です。これからが本番になりますので、どうかお気を確かにお持ちくださいませ」


 ヘレナ様は立ち上がって皆にそう言った。それを合図に給仕係のメイドさん達は部屋を出て行った。

 大人達も子供達も、失った自我を取り戻したのか、美味しかったとか手が止まらないなどと楽しそうにお喋りをしている。やっぱりお茶会はこうやって楽しそうにお喋りしてこそだよね。悪口いってる暇あるならお菓子を味わって食べなさいよ。


 メイドさん部隊がワゴンを押して部屋に入ってくると、先程までの和気あいあいとした雰囲気は鳴りを潜めて、全員がワゴンを見つめている。

 各テーブルに一人ずつメイドさんが付き、ワゴンに乗ったフタを開けると、中からはプリンが出てきた。果物も生クリームもないシンプルなプリンだ。本当ならプリンアラモードで行きたかったけど、ヘレナ様が全員倒れると言うので仕方なくシンプルなプリンになった悲しい過去を持つプリン。

 華やかさは無いものの、それでも耐性のない人には十分危険な代物だね。


 メイドさんが音を立てずにテーブルの上へお皿をスっと乗せると、プリンは柔らかさと弾力を見せながらプルリンと揺れた。それを目の前でみた多くの人達は目を見開き、中にはふらついてしまう人もいた。プリンの揺れでふらついてしまった人達は残念ながら予選敗退、といった所だろう。長くは持つまい。

 子供達はお皿の位置を調整するフリをしながらプルプルと揺らしている。


 今度はリリが立ち上がって軽く手を叩いてから話し始めた。


「覚悟のできた方から召し上がってくださいまし」


 それだけ言って、皆が見守る中平気な顔をしてプリンを食べ始めた。お茶会に向けてスイーツ開発部として活動してきたリリは試食を繰り返し、誰よりもスイーツに適合した体を手に入れている。一時は体重が増えてしまったから運動させて戻した経緯があるくらいには食べ慣れているから平気なのだ。

 しかしそんな事を知らない卑しん坊のご夫人は、何を思ったか我先に食べ始めて、秒で意識を失った。私は身体強化を駆使して一瞬で近づき、受け止めてあげる。これこそが不測の事態だよ!


 クッキーと違って一人ひと皿あるんだから慌てる必要なんてないのに、焦って飛び付いちゃうからこうなるんだよ。


「起きてください。まだ始まったばかりですよ」


「失礼いたしましたわ」


 ご夫人はすぐに目を覚ましてスプーンを握り直した。もう周りなんて見えちゃいない、プリンと己との戦いだ。

 他のご夫人方も、今の様子を見て只事ではないと気付いて気を引き締め直したみたい。楽しそうにしていた品のある女性達が、凛とした厳格な女性へと変貌したよ。チラホラと倒れそうになる人も居たけど、周りにいるメイドさん達がそっと手を添える程度で助かっている。やはりクッキーで体を慣らしてから挑んだ事が功を奏したのだろう。ヘレナ様の言う通りでプリンアラモードにしなくて良かったね。

 

 子供達はお行儀が崩れ始めて、少し騒がしく食べている。でも子供なんてそれくらいで丁度いいと思うけどね。

 

 リリもスイーツがキッカケで普通に笑顔でお話が出来ているように見えた。やっぱり甘い物は皆を笑顔にするし、幸せにするのだ!

 

 持ち場の隅っこへ帰る途中、リリと目が合ったのでウインクをすると、リリは両目をパチッと閉じて返してくれた。肩の力も抜けていい感じに楽しめていそうで良かったよ。


 若干名の脱落者は出てしまったものの、概ね予定通り進行している。次からは生クリームが使われたスイーツに入る。私の感覚的には、お菓子、デザート、スイーツとステップアップしているのだ。まぁこれは個人の感覚だからなんとも言えないけどね!


 ヘレナ様が立ち上がり、恍惚とした表情を浮かべて満足気なお客様達の注目を集める。


「皆様、いかがでしたでしょうか。最初にお出ししたのがクッキー、今召し上がって頂いたものがプリンでございます。残念な事に、途中で退室する事になってしまった方もおりましたが楽しんでいただけたかと存じます。今回ご提供させて頂いたこれらのお菓子はとある人の手によって創造された物です。それでは、ご挨拶して頂きましょう。ノエルちゃん、どうぞこちらへ」


 待ってほしい、こんな話は聞いてないぞ! 私は不測の事態が起きた時に対応するだけって……まさかこれが不測の事態なの? それは罠じゃないかな?

 

 ここで逃げる訳にもいかないから私はヘレナ様の所までお澄まし顔で歩いていく。如何せん体が小さいから皆には見えないだろうと思ってシャルロットにお願いして浮いてもらった。何故か全力の虹色の羽が生えたバージョンだ。


 私は招待客の皆様に見えるように2メートルくらい浮いてから頭を下げた。挨拶ってこれだけで良い?


「ほら、皆様に何か言ってあげて」


「え? あーはい。ただいま紹介に預かりました、ノエルと申します。私の様な普通の子供が急に出てきてレシピを提供したなどと言われても、中々受け入れられないと思います。まぁ信じても信じなくてもどちらでも構いません。ただ、皆様は一つ誤解しているようです。誰がこれで終わりと言いましたか? 何故皆様はもう、最大級の喜びを知ったようなお顔をなされているのですか? まだです、まだ終わりませんよ! 私たちのスイーツ革命は始まったばかりです! もっと美味しい物が食べたいかー!」


「きゃー!」


「まだまだ甘い物が食べたいかー!」


「きゃー!!」


「ならば提供しましょう! 白桃のミルクレープ、どうぞ!」


 突然始まったご夫人方とのコールアンドレスポンスに、子供達は耳を塞いでいた。すっごい熱狂してたからね、気持ちはわかるよ。


 私の合図で、メイドさん達がワゴンを押して会場へ入ってくる。彼女たちにとっては初めて食べる生クリームであり、アレンジが加えられた白桃のミルクレープだ。恐らく半数は耐えられないだろう。


 生クリームの層だけでなく、薄暗く切った白桃の層もあるし、一番上にもちょこんと白桃が乗せてある。初めて作ったミルクレープより確実にクオリティは高くなっているよ。流石は辺境伯家の料理人達だ。


 メイドさんが会場入りした時は、タガが外れた様にキャーキャー熱狂していたご夫人達も、目の前にミルクレープが来ると一瞬で静かになる。


 私はヘレナ様に目配せして、合図をお願いした。やはり主催者はヘレナ様だからね、私が出しゃばるのはここまでだよ。


「では、本番はここからです。本当に覚悟ができた方から召し上がってください」

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