第75話 スイーツ作り
「それで、お客様はわざわざ厨房にきて何をするつもりで?」
料理長は半分怒りつつも、一応お客様だからできるだけ態度に出さないようにしているみたい。
「お客様じゃなくて普通に接してもらって良いですよ。厨房なんてやる事はひとつでしょう?」
私は勝手に食材をあさって必要な物を選んでいく。食べるのが明日とかならじっくり生地から仕込んでタルトとか作りたかったけど、今日は時間がない。作りなれたクレープ生地を使ってミルクレープを作ろう。それなら見栄えも悪くないし、アレクシアさんだって初めてだもんね。
「小娘に何ができる」
料理長は私から食材を取り上げながら睨みつけてきた。
「少なくともあなたよりマシなデザートを作れるよ」
私も負けじと睨みつけると、料理長は鼻を鳴らしてから厨房へ食材を運んでくれた。てっきり取り上げて作らせないつもりかと思ったら運んでくれるのね。辺境伯家の人アレクサンドル様、リリアーヌ様、料理長とすでに三人も素直じゃないけど大丈夫かな? ツンデレっぽいムーブ流行ってるのかな?
さて、先ずは生地から作っていこうかな? 料理長にも手を貸してもらうとして、生地は20枚くらいは焼きたいから他にも誰か手伝って欲しい。私は厨房をキョロキョロ見回すと、隅っこの方で野菜の皮剥きをしている女の子がいた。
「料理長、あの子は?」
「アイツは新入りだ」
「借りてもいい?」
料理長が好きにしろと言うので好きにする。皮剥き少女のところへ近づいて行く。少女はこちらの事には一切気が付いていない様子で、ひたすら野菜の皮剥きをしてるね。集中して包丁を使ってる人を驚かせても怖いから視界に入る位置で気がついてくれるまで待つ事にした。
ほどなくして少女はこちらに気が付いてくれた。
「こんにちは。料理長から許可は貰ってるから手伝って貰えますか?」
「え? あ、はい」
女の子は戸惑いの表情を浮かべながらも頷いてくれた。厨房に見慣れぬ女の子が現れて手伝ってくれと言ってきたら戸惑うのも無理はないよね。
「私はノエル。あなたのお名前は?」
「ア、アンズです」
アンズと名乗った少女は十代後半くらいだろうか。田舎村出身の私が言うのも変な話だけど、そばかすのある村娘って感じの子だ。素朴な子だね。
アンズを連れて腕組み料理長の所へ戻ってきた。先ずはクレープ生地からだね。サクッと小麦粉、砂糖、牛乳、卵、溶かしたバターを混ぜ合わせる。
「お待たせ。二人はこれをどんどん薄く焼いてくれる?」
こんな感じと一枚だけ焼いてみせて二人にお願いする。
「最低20枚、余ったら余ったで使い道あるから焼けるだけ焼いても平気なのでどんどんお願いしますね」
私はその間にクレープに挟むクリーム作りだ。卵黄とお砂糖を混ぜ合わせてから小麦粉をふるいに掛けながら混ぜていく。ダマにならずに混ぜ合わせたら温めた牛乳を複数回に分けながら混ぜる。あとはもったりするまで火にかけながらかき混ぜれば大体完成だね。必要なものを入れて混ぜるだけだから単純だよ。
「そっちはどう? イイ感じに焼けてる?」
「ふん、こんなのは誰でも出来る」
「だ、大丈夫です!」
まぁ生地薄く焼くくらい出来なかったら辺境伯家で料理人にはなれないよね。私は液体からもったりとしたクリームに変わったカスタードクリームをお鍋ごと水につけて粗熱をとり、冷蔵箱で冷やす。
二人の様子を見に行ってみると、やはり差は歴然だった。料理長は綺麗な円形で焼き色も綺麗についていて美味しそうだ。一方アンズちゃんは私が焼くのと大差ないかな? 少し歪んでいる。
「料理長、焼き終わったら一回り大きいのも一枚だけ焼いて貰えますか? その一枚が顔になります」
「任せておけ」
他の料理人さん達も何をしているのか気になるのか遠巻きにこちらを観察している。君たちは君たちの仕事をしてください。
焼いた生地はある程度冷めたら乾燥しないように清潔な布巾に包んで冷蔵箱で冷やす様にお願いした。料理長の指示で他の料理人さんがその辺はやってくれるみたいだ。気が付いたらずいぶん大袈裟になっちゃったね。厨房貸切じゃん。
皆の期待に応えられる様に、私もホイップクリームを作らなきゃね!
今回は冷蔵箱で冷やしておいた水に付けながらホイップクリームを作っていく。ミルクレープ用だからそこまで全力でホイップはさせないよ。生クリームと砂糖を混ぜてある程度の重さになってきたら空気を混ぜるようにひたすらかき混ぜる。そこにさっきの冷やしておいたカスタードクリームを複数回に分けて混ぜ合わせていく。綺麗に全部混ざったらクリームの完成だね!
顔を上げると皆が見ていた。
「な、なに? 何で皆してみてるの? 終わった?」
皆が頷いている。じゃあ先に冷やしてた奴から順番に持ってきてもらおう。担当してくれた名も知らぬ料理人さんに一枚持ってきてもらう。
「よし、じゃあアンズ! これからする事をよく見ていなさい!」
隣にいた料理長を一旦押し退けてアンズを横に立たせる。
私はクレープ生地にクリームを塗っていく。はっきりいって下手っぴだ。だけど下手っぴなりのコツがある。
「いい? 生地の端っこの方は塗らなくていいの。均等に綺麗に塗れるならそれに越したことはないんだけど、できないならもう割り切って中心は厚め、外側は薄めに塗るのがコツだよ」
塗り終えたらその上に慎重にクレープ生地を重ねる。まぁ多少のズレはご愛嬌だ。その為に大きい一枚を焼いてもらってるからね。
アンズにクリームの入ったボウルとヘラを渡す。
「次はアンズがやりなさい」
「は、はい!」
アンズは緊張しているのか、少し震える手で慎重に塗っていく。まぁ新入りが料理長や先輩に囲まれながら慣れない作業見られてたらそりゃ緊張もするよね。そう考えると凄い可哀想に思えてきたぞ……。
「で、できました!」
「良し! それじゃあドンドンやっていこう!」
私はアンズの隣で腕を組んでウンウン頷いている。私は美味しい物が好きだ。甘い物が好きだ。だから自分で作ったりするのであって、別にお料理が凄く好きな訳では無いんだよ。
何が言いたいかというと、つまるところミルクレープ作りはめんどうなんだよね。一枚一枚クリーム塗って生地乗せて、クリーム塗って生地乗せて……。それなのに食べる時はフォーク刺してひょいパクだよ?
アンズは皆が見守る中、一生懸命重ねていく。半分くらいやった所で私は止めることにした。
「アンズ、そこまで」
「な、なんでですか! まだできます!」
練習が楽しくなってきたのか、もっと続けたかったみたいだけどしゃーないんだよ。私は顎をしゃくって料理長をさした。あの人もう自分がやりたくてソワソワしちゃってんのよ。その様子をみたアンズもどうやら察してくれたみたい。
「料理長やりますか?」
「うむ、まかせろ」
アンズは譲りはしたものの、すぐ隣の特等席での見学は続けるみたい。料理長が手際良く作業を進めている間に私はイチゴをカットしていく。ミルクレープは地味な作業で見た目もちょっと地味だからね。お貴族様に出すから、装飾というか薄く切ったイチゴを並べて見栄えもよくしよう。皆が見ていないウチにカットしながらさりげなくシャルロットとイチゴを食べた。つまみ食いは料理人の特権だ!
料理長が手早く作業を進め、もう高さも十分になったので声を掛ける。
「料理長、次で最後にしましょう。高くし過ぎても見栄えも悪いし、食べにくいですから。最後に料理長に焼いてもらった一回り大きい生地で全部を隠すようにおおってください」
料理長が最後の一枚を慎重に乗せた。後は冷やして、仕上げに飾りつけして終わりだね!
「はいはい、じゃあ乾燥しないように布巾掛けてから冷蔵箱で冷やしてくださーい。まだクリームが落ち着いてないので慎重に運んでくださいねー」
料理人チームが三人がかりでミルクレープを運んでいくのはシュールだ。慎重にとは言ったけどそこまで大袈裟にやらなくてもいいよ。
「アンズ、どうだった? 多分初めてのスイーツ作りだったでしょ?」
「は、はい。あれはスイーツって名前なんですか?」
「あー違う違う。アレはミルクレープって名前だね。私は甘くて素敵なものの総称としてスイーツって呼んでるんだよ」
料理長の作った盛り塩見たいなやつは百歩譲ってもオヤツだ。スイーツにはなれない。私は話しながら余った生地とクリームでクレープを作る。ちょうどカットしたイチゴもあるしね。
「これからもちょくちょく厨房でスイーツ作ると思うんだけど、アンズは手が空いてたら手伝ってくれる?」
「私でよければ……」
見習いだし女の子だし話しやすいから丁度いいや。クレープは五人分作れた。私、シャルロット、アンズ、料理長、そして余った一皿はきっと料理人チームで戦争になるんだろう。辺境伯家の厨房に新たな歴史が刻まれるね。
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