第74話 辺境伯家のデザート

 食堂には私の出す食器の音だけが鳴り響いている。控えているメイドや辺境伯家の人達、ついでにアレクシアさんまで顔色が悪い。


「お父様、わたくしは今日お客様をおもてなしする為に一緒に眠る事に致しますわ」


 いや、怖いならご両親と寝なさいよ。


「ふん、バカ言え。お客様をもてなすなら次期当主である俺がするのが一番いいに決まっている。俺が一緒に寝よう」


 良いわけないだろクソガキ!

 さっきまで静まり返っていた食堂では、小さな声で何かを話しているメイドさん達の声も聞こえる。きっと彼女らもお泊まり会を開くんだろうね。それにしても子供騙しの怪談でここまで怖がるとは思わなかったよ。


「ノエル、悪いが私は急用を思い出してな。急いで村に帰ることにするよ。私の家も寝室にはクローゼットはないからな、うん」


「だーめ、アレクシアさんは私と一緒にクローゼットのある部屋で最後の夜を楽しむの!」


「な、なぁノエル最後の夜って? 最後ってどういう意味で最後?」


 アレクシアさんは明日帰るんだから最後でしょ。クローゼットに飲み込まれないからそんなに怯えないの。そう言えば、怪談系のお話を絵本にするのも悪くないかと思ったんだよね。早く寝ないとオバケがでちゃうぞーみたいな子供向けの絵本。でもこの様子を見る限り大人にも一定数刺さりそうだから売れないね……。PTAみたいな人達からクレームがきそうだよ。


「ごほん、今日からの三日間どうやって眠るのかは後で話し合うとして、食事はどうだい?」


 フレデリック様がナプキンで口元を拭いてからそう言った。三日間何も無いからいつも通り寝なさいよ。


「はい、楽しませて頂いています」


 美味しいとは言えないけど、好みとは違うお料理として楽しませて貰ってるよ。こういうのって自分からは好んで食べないから誰かと一緒じゃないと中々挑戦できないしね。


「そうかい。ジェフが食後に甘い物も用意しているそうだからそれも楽しみにしていてくれ」


 それはシンプルに楽しみだね! 思えば街で食べたデザートってくだもの位だからなぁ。一流のシェフが作るデザートか、ヨダレでそうだよ。


 そんなこんなで一部顔色の悪い人達もいる中食事会は続き、いよいよ待ちに待ったデザートの時間だ!


「アレクシアさん、デザート楽しみだね! フフフッ」


「あぁ、確かにな。ノエルの作るデザートも食った事ない程美味かったが、お貴族様のデザートってどんなだろうな!」


 アレクシアさんも私と行動するようになって甘いものにハマった気がする。クローゼットの事も忘れて楽しそうにしてて嬉しい限りだ。


「お待たせいたしました。本日のデザートです」


 そう言って私の前に出てきたのは薄く切ったパンの上に三角に砂糖が盛られたものだった。

 なんだこれ? 砂糖は崩れない様に何かで固められているみたい。ビジュアル的にはぶっちゃけパンの上に盛り塩だ。食卓ではなく玄関とかに置いて欲しいけど、文句は言わずにまぁ食べてみようか。


 食べ方の正解が分からないが、ナイフとフォークでパンと砂糖盛りみたいなのを一緒に食べてみる。味は想像通り、なんというかパンと砂糖だ。砂糖も卵白とかで固めたアイシングに近い物を想像してたけど水で固めたな、これ。せめてパンをカリカリに焼いて砂糖を振り掛けたくらいにしておけばまだよかったけど、これも香辛料と同じで多ければ多い程良いって感じなのかな……。


 正直ガッカリしてしまった。料理って歴史や文化だと思うんだよね。その地域で採れる物や時代背景、宗教観なんかも複雑に絡み合って、今の料理があると思う。他所から見たら何でもない物でも、その地域ではご馳走とかさ。


 だから私は基本的にマズいとは言わないようにしている。口にあわないのはしょうがないとしても、マズいと一言で片付けてしまうと、それまでのお料理の歴史を踏みにじるように感じてしまうから出来るだけ言いたくないのだ。


 だけど私は一流のシェフが作るデザートってのを期待してたんだ。でもこれは違う。一流のシェフが盛り付けただけだ。カットフルーツと変わらない。


 私は我慢に我慢を重ねて何とか食べ切り、カトラリーをテーブルに置いた。


「すみません、料理長を呼んで貰えますか?」


「ノエル、料理長はずっと居るぞ」


 アレクシアさんは呆れながらそう言った。でもたぶん同じ気持ちだと思うんだよね。これは違うなーってアレクシアさんだって思ってるでしょ?


「じゃあ料理長さん、あなたはこのデザートを自信を持って出したんですか?」


「えっと、まぁはい」


 お客様に急に話し掛けられるとは思っていなかったのか、驚いた顔をした後フレデリック様をチラチラ見てから遠慮がちに答えた。


「嘘をつくな、貴様がもったのは自信ではなく砂糖よ。まるで盛り塩みたいに盛ってなんのつもり? どうせデザートなんてこんな物でいいか、とでも思ったんじゃない?」


 香辛料マシマシ料理は相変わらず私の口には合わないけど、こういう料理もあるんだなぁと思えるクオリティだった。私が批評するのはおこがましいくらい、研究された料理なんだと思う。ただ、私の口に合わないだけだ。好みの問題だ。


 でもこのデザートは違う。好みの問題じゃないんだよ。デザートを知らない、あるいはバカにしているんだ。だからカットフルーツレベルのものを自信作ですと出してくる。甘ければいいんでしょ、と大して研究もしてないんだ。デザートをバカにされたようで正直イラッとするよ。


 私は席を立ち上がった。


「フレデリック様、厨房をお借りしても?」


「あ、あぁ。それは別に構わないが……」


 私はついてきなさい、と料理長に一言告げてから食堂を出た。カッコつけて出てきたはいいモノの、厨房の場所知らないや。


「こちらです」


 正直困ってた私に助け舟を出してくれたのはアンドレさんだった。さすがフレデリック様からの信頼厚い執事は違うね! 私は赤くなった顔を見られないようにアンドレさんの背後にピタっと張り付いて歩いた。


 しばらく歩いていると厨房についた。厨房の中は所狭しと吊り下げられた調理道具に、木の作業台が置かれていたり思っていたよりは狭めだね。広さは十分なんだろうけど物が多いのかな?


 突然現れた私たちに、作業をしていた料理人たちが驚きの顔をしている。


「料理長さん、食材はどこに?」


「チッ、こっちです」


 唯々諾々と従っていると思ったら、ずいぶんご立腹だったみたいだよ。だけどスイーツに関しては私だってご立腹なのだ。


 厨房から隣の部屋に抜けると、中は冷暗所の様になっていた。野菜とか袋とかが棚に並べられてる。さすがは辺境伯家、食材の宝庫だよ!


「そこらにあるのと、鮮度の落ちやすい物はその冷蔵箱に入ってる」


 料理長さんが指をさした所には大きな箱が設置されていた。フタの部分がガラスになっていて、中を覗けるようだね。覗いてみると、乳製品やお肉の入っていそうな包みとかが見えた。

 ……これ冷蔵庫じゃない? 古い田舎の商店とかにあるアイス入ってるやつそっくりだ。やっぱり冷やす魔道具みたいなのあるじゃん!


「ね、ね、これ温度どれくらい? 私ここに住んでもいい?」


「意味わからないこと言わないでください。温度はわかりませんが、水が凍ることはないです」


 冷凍庫ではないんだね。でも冷やせるってのは凄く重要だ。お菓子作りって冷やしたり寝かせたりする行程多いんだよね。出来れば冷凍庫とか氷とかも欲しいけど、とりあえず今は仕方がない。

 一応食べ終わったものの、昼食会を中座してきちゃってるし手早く作って振舞おう。


 

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