第73話 お食事会とちょっとした仕返し
食堂はそこそこの広さがあるものの、実用的というか質素な部屋だった。もっと絵画が飾られていたり、よくわからない布が天井から垂れ下がっていたり、シャンデリアが煌々と輝いていたりとそういう豪華な部屋を想像していた。飾り気のない部屋は引越し前を思わせるほどに寒々しい印象を受けるね。
そんな食堂には辺境伯家の面々が先に座って待っていた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
私とアレクシアさんは頭を下げてからアンドレさんの案内してくれた席へ慌てて座る。いわゆるお誕生日席には当主のフレデリック様、夫人がその斜め前に座り、夫人の対面にアレクサンドル様とリリアーヌ様。バランスを考えたのか私達は夫人の隣に座らされたけど初対面で並ぶのちょっと気まずくないかな?
「我々が早く来ていただけだよ。さて、私の最愛の妻とバカ息子を紹介しよう。ノエルちゃんの隣にいるのが妻のヘレナだ。どうだい? 世界一綺麗だろう?」
「ノエルちゃんにアレクシアさん、初めまして。私がヘレナよ。今日からここが我が家だと思って寛いでちょうだいね。フフッ、それにしても我が家だと思って、なんて言うと娘が増えたみたいだわ」
紹介されたヘレナ様は長くて濃い茶髪をゆるくウェーブをかけたような髪型の綺麗な若い女性だ。ニコニコとして穏やかで、想像するお淑やかな貴族って感じだね。
私とアレクシアさんは一言だけ挨拶して頭を下げる。隣に座ってるから凄く挨拶しにくかった。
アレクサンドル様に視線を向けると、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。フレデリック様と同じグレーの髪色で将来を期待させる整った顔をしているが、前情報通りバカ息子なんだろうね。
「それがバカ息子のアレクサンドルだ。無視しても構わないからね」
「ふん。父上が客人との食事に俺を呼ぶから陛下でも来たのかと思えば、ただの平民ではないか。おい、平民。我がベルレアン辺境伯家次期当主の俺と同じテーブルに座れて光栄だと思え」
うん、感じ悪いね! 初手から無視する訳にもいかないから、一言だけ挨拶して終わらせた。
「さて、リリアーヌとは先程済ませているし挨拶も終わったところで食事にしよう! アンドレ、頼むよ」
アンドレさんが部屋から出て行き、何も無い時間が訪れた。こういう初めての場で隣に座っている人に話しかけるとしたら大抵私は、これから何がはじまるんだろうねーなんて取っ掛りとして言うんだけど、夫人にそれ言ったらアホだと思われちゃう。
することもないので正面のリリアーヌ様にニコッと笑ってから周りに気付かれない程度に小さく手を振ってみた。リリアーヌ様はなんかアタフタした後、そっぽを向いたまま小さく手を振り返してくれる。なんか行動がチグハグで面白い子だよね。
「お待たせいたしました」
そう言いながら入ってきたのはゴツイ体つきのコックコートを着た男性だ。被っている帽子はそこまで長くないから、配膳係とかそんな感じかな?
「おぉ、来たね。彼はジェフ、我が家の料理長だ。今日の料理も期待しているよ」
「お任せ下さい」
料理長だった。文化が違うね、帽子の高さは地位を表してないみたい。結局配膳するのは控えていたメイドさんや執事の方たちで、料理長はただ立っていた。
「本日は身内での食事会ということで、旦那様のご要望により格式ばったコースではなく一度にお出し致します」
料理長はそう言いながらメニューの説明をするが……。
「本日の肉料理はジェネラルオークのソテー、ジギバの花香るアモトラーニソース仕立てでございます」
とか言われても何一つわからない。ジェネラルオークは魔物だろうけどそれしかわからない。
フレデリック様は良く手に入ったなぁとか言ってるし、ヘレナ様も嬉しそうに手を合わせている。そんな中、私とアレクシアさんは白目を剥いていると思うよ。
私の前にはもう一人分置かれるけど、色味の薄いのがシャルロットの分なんだろう。だいぶ色が薄いから、私たちのやつはやっぱり香辛料多そうだなぁ……。
「おい、平民。お前は小さい癖して卑しく二人前も食べるんだな」
アレクサンドル様が鼻を鳴らしてそう言ってきた。まぁそう言われても仕方がないね。私は今もシャルロットを抱いてるけどこの子透明になってるから皆には見えてないもんね。
「シャルロットくんか、皆に紹介するといいよ」
フレデリック様がそう言うので驚かないで下さいねと一声かけてからシャルロットに出てきてもらった。
「この子はシャルロットです。こっちの分はシャルロットのご飯ですね。わざわざ用意していただいてすみません」
「ふん、平民が二人前食う訳では無いのか。なら良い」
あ、良いんだ。魔物を連れてくるとは、とか難癖付けてくるかと思った。お隣のヘレナ様はソワソワしている。魔物とか虫が苦手かな?
「あ、あの、触ってみても……?」
「え? あ、はい。大丈夫ですよ」
ヘレナ様は恐る恐るシャルロットのファーをさわる。やっぱそこ触りたいよね。虫です、って部分よりふわふわの白い毛の方が抵抗感薄いし。
「あら、あらあらあら。すごく柔らかいのねぇ」
「ほらほら、交流は後にして食事にしよう」
フレデリック様の言葉で食事が始まった。やはり昨今の高級料理は香辛料をギリギリまで使いつつ、どう味をまとめられるかが流行りっぽい。味付けが凄い。シャルロットに食べさせているお肉をさりげなくパクッと食べてみたけど、お肉の味がしっかり感じられて美味しい。ジェネラルオーク凄く美味しいわ。私もこっちが良かったな。
「シャルロット美味しい?」
ガチガチ
美味しいみたいで良かったよ。アレクシアさんは慣れない香辛料料理で目の光が失われている。リリアーヌ様も同じような目をしてるね。やっぱこの味付けは好みわかれるよなぁ。
そんな事を考えながら食べているとアレクサンドル様が話しかけてきた。
「おい、平民。なんか面白い話のひとつでもして楽しませてみろ。平民の間に伝わる面白い話の一つや二つ、あるだろう?」
突然の無茶ぶりにアレクシアさんの方を見て、なんか無いか目線で確認するが首を横に振った。そんな私たちを見たフレデリック様は助け舟を出してくれた。
「ノエルちゃん、アレクシアさん、バカ息子の話は無視していいよ」
「ふん、話のひとつもできないとは所詮平民か」
いらっ。
「しょうがないですね……。では十日ほど前に街で聞いた話をしましょう」
なんか言われっぱなしもムカつくからテキトーに話してやるとしよう。今に見ていろ!
「これはとある貴族様の話だそうです。その貴族様は妻と娘の、家族三人と屋敷の者たちで暮らしていました。ご当主様は領地経営など執務に追われ、夫人は他家の奥様方との付き合いや、屋敷の管理などで忙しく、まだ小さな子供だった令嬢はいつも寂しい思いをしていたそうです。そんなある日、いつもいつも我慢していた令嬢はついに耐えかねたのか、小さな嘘をついてしまったそうです。『私のお部屋のクローゼットに何かいるの』と。屋敷の警備は万全です。昼も夜も関係なく、騎士団が守りを固めていました。侵入者が居るとは考えにくい。しかし良い子の令嬢が嘘をつくとも思えず、ご当主様は念の為、クローゼットだけでなく屋敷中を調べてみることにしました。ですが当然何もいませんでした。『ほら、何もいないから安心しなさい』そうご当主様は娘に話しましたが、令嬢は絶対にいると嘘をつき続け、その日は一緒に眠ることになりました。それに味をしめたのか、ご令嬢は毎日クローゼットに何かいると嘘をつき続け、時にご当主様と、時に夫人と一緒に眠る様になったのです」
「ふん、嘘をつくとは愚かな令嬢だ」
「そ、それでどうなったんですの?」
子供たちは存外わたしの話に夢中みたいだね。大人達はメイドさんも含めてじっと聞いている。
「その日も、ご令嬢はいつもの様に嘘をつきました。しかしその頃になると、ご当主も夫人も娘が構って欲しくて嘘をついていると気付いています。寂しい思いをさせて悪いとは思いながらも、どうしても終わらせなければならない仕事が立て込んでいたため、『何もいないから大丈夫だよ』と言い聞かせて一人で寝るよう言いました。ご令嬢は一生懸命説得しましたが、残念ながら一人で寝る事になってしまいました。その日の夜、『お父様もお母様も酷いです。一緒に寝てくれてもいいじゃない』そんなふうに不満と、頬を膨らませながらベッドに入っていると、何処かからガタガタっという音が聞こえてきました。『 だれ?』一人の部屋に令嬢の声だけが響きます。返事はありませんでした。気のせいかと思い、ベッドに潜ると、先程よりも大きな音でガタガタガタガタっと音が聞こえます。これは気のせいではない、絶対に何かがいる。ご令嬢は怖くなって布団にくるまって丸くなります。そしてベッドの中で震えていると、眠ってしまったのか気が付くと朝になっていました。次の日ご令嬢はご当主に話しました。やっぱりクローゼットに何かいる、今日は一緒に寝てと。しかし、ご当主はワガママを言う子供をあやす様に大丈夫だよとまともに取り合わず、その日もご令嬢は一人で眠ることになりました。夜、寝る時間になりご令嬢は部屋の隅っこでクローゼットを睨み続けます。『音が鳴ってるのはきっとクローゼットだ、証拠をみつけてお父様に報告するんだ』 震える体を抱きしめながら力いっぱいクローゼットを睨みつけます。するとしばらくして、ガタガタ、ガタガタ、と音が聞こえます。昨日と同じ音です。ご令嬢は目を凝らすと、月明かりにうっすらと照らされてクローゼットの扉が揺れているのが見えました。急いでお父様に報告しよう、そう思ってご令嬢はクローゼットに背を向け、部屋から出ようとしました。すると後ろの方からギィィっという、扉がゆっくり開くような音が聞こえました。ご令嬢の後ろに扉なんてクローゼットしかありません。クローゼットの中にいた何かが出てきてしまったのかもしれない。ご令嬢はとうとう怖くなって悲鳴をあげて部屋の外を目指して走り出します。しかし部屋を出る直前で、何かに足を掴まれて転んでしまいました。そこへ悲鳴を聞いたメイドがご令嬢の部屋に飛び込みます。そのメイドが見たのは倒れたご令嬢が床に爪を突き立てて必死に引きずられない様に抵抗する姿でした。メイドは助けてと泣き叫びながら引きづられて行くご令嬢を見ていることしかできず、ご令嬢はそのままクローゼットの中へと呑み込まれてしまいました。騒ぎを聞きつけて集まった屋敷の人達が見たのは、床に付いた引っ掻き傷と、剥がれ落ちた何枚かの爪、そして青ざめた顔のメイドだけでした。それ以降、ご令嬢は見付かっていないそうです。一体クローゼットには何がいたのか、メイドは何を見たのか、そしてクローゼットに連れ去られたご令嬢がどうなったのかは誰も知らないそうです。どうでしたか?」
テキトーに作った良くある怪談話、子供には十分すぎるでしょ?
「ふ、ふん! お、面白い話をしろと言ったのに怖、いやつまらない話をするとは。平民は所詮平民だな! 話が通じんではないかっ!」
アレクサンドル様は震えながらそう言った。お、効いてる? 今夜はおねしょかな? おねしょかな?
「つまらん! ほんとにつまらんな! その話は! もう二度とするなよ!」
「アレクサンドル様、申し訳ありません。この話にはまだ、面白いところがあるんですよ? 実はですね、この話を聞いた人は夜、三日以内に寝室のクローゼットへ引きずり込まれるそうですよ?」
「ばばばばばバカなことを言うなっ! だ、第一お前は最初、十日前に聞いたと言っていたでは無いか! それなら何故ここにお前はいる! そうだ、そうだよ。所詮は平民の作り話だ。そうに違いない!」
「フフフッ。アレクサンドル様は面白い方ですね。平民の寝室にクローゼットなんかあるわけないでしょう? だから平民の間では安全に広まっているんですよ。……あぁ、そう言えばアレクサンドル様はお貴族様でしたね。寝室にクローゼットはありますか? フフッ、フフフッ」
アレクサンドル様は今度こそ何も言えなくなってしまった。
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