第72話 ちょっと休憩
以前ジェルマンさんが言っていた、酒場には水魔法の使い手が多く現れると。その多くの使い手達は水魔法を見せてやると言って店の裏でおしっこをするそうだ。私はそれを聞いた時、そんなものと一緒にされるなら魔法がバレた方がマシだと思ったのだ。
だが目の前にいるリリアーヌ・ベルレアン様は正真正銘、本物の水魔法の使い手だ。自分が使える水魔法が世間ではそんな風に言われていると知ったら、8歳の女の子がどう思うかを想像するだけで胸が痛い。
「ねぇいい加減離れてくれるかしら?」
私は渋々リリアーヌ様の言葉に従って、元の席に戻った。きっと世の中の多くの人が本物の水魔法なんて見たことないから、水魔法と聞けば、あぁはいはいあれねと小便を想像してしまうんだろうな……。
「アレクシア殿、今のノエルちゃんの行動は?」
「さぁ、どうでしょうね。一般的に考えれば同年代の魔法使いに初めてあった感動、といったところでしょうけどノエルなのでそれはありえないでしょう」
アレクシアさんは肩の力が抜けて、フレデリック様と普通にコミュニケーション取ってるよね。謁見が負担になってないなら良かったよ。フレデリック様が咳払いをしてから話し始めた。
「それで話を戻すけど、ノエルちゃんも魔法が使えるから変な事に巻き込まれたりしないよう、ウチに住んでもらうことにしたんだよ」
「そうだったんですね。確かに平民の方では魔法の力は何かしら事件に巻き……あ、でも我がベルレアン家にいるのであれば大丈夫ですわよ」
リリアーヌ様は私に気を使ったのか、慌てて言い直した。中身は子供じゃないんで大丈夫ですよ。アンドレさんが入れ直してくれた紅茶を飲みながら、よくわかってないフリをして首を傾げるとリリアーヌ様はホッとしたような顔をした。
「そういう訳だから、リリアーヌも仲良くしてあげてね。妻のヘレナと息子のアレクの紹介は食事の時にでもするとして、ノエルちゃんもアレクシア殿も疲れただろう。食事まで部屋でゆっくりするといいよ。アンドレ、案内を頼む」
アンドレさんにならうようにお二方にお辞儀をしてから部屋を出た。とりあえずではあるものの、謁見は成功と言えるかな。やはり街、というか辺境伯家にご厄介になることにはなってしまったけどそれでも条件を考えればかなり良い結果だと思う。
そんな事をツラツラと考えていると、前を歩くアンドレさんが声をかけてきた。
「お嬢様とは仲良くなれそうでしたか?」
仲良くなれるかどうかねぇ。話した感じ全然悪い子ではなかったし、むしろ気を使ってくれる良い子ではあった。
「お優しい方だというのは節々から感じました。ただ、良い子だというのと仲良くなれるかどうかは別の問題ですからそこはまだなんとも」
良い子だから仲良くなれるなら、良い子は人類みんなと友達みたいな事になっちゃうよね。友達って気が合うかどうかが重要じゃない?
「随分と冷静に判断されますね」
「すまないな。こいつこう見えて対人関係結構ドライなんだよ」
苦笑いをするアンドレさんに、アレクシアさんがフォローしている。でもその言い方だと私冷たい人みたいじゃない?
部屋につき、アンドレさんは用があれば呼んでくれと部屋の外で待機している。私とアレクシアさんは部屋に誰も居なくなったことでソファーにぐでっと座った。
「アレクシアさん、とりあえずお疲れ様」
「ああ、お疲れ。結局私は何もしてないがな」
「そんなことないよ。隣にいてくれるだけでも心強い」
私はアレクシアさんの膝の上にコロンと頭を乗せた。そして私の上にはシャルロットだ。なんだか起きてる間はずっとシャルロットとくっ付いてるから、そのうち抱えてないと不安になりそうだね。
「まぁでも、出された条件が緩くて良かったじゃねーか。見た感じリリアーヌ様も悪い子じゃなさそうだったしな」
「仲良くなれるかどうかは別問題だけどねー」
条件が緩いとは言っても達成は結構難しい気がするんだよね。私が仲良くなりたいと思っても、相手がそう思うとは限らない。逆もまた然りだ。フレデリック様もできれば、と言っていたから仲良くなれれば良し程度に考えておいて困ってる時は頑張って助けよう。
「ノエルは街での生活はどうやって過ごすつもりだ?」
「んー? 気まぐれに冒険者やったり、気まぐれにセラジール商会で何か作ったりかなぁ?」
あとはリリアーヌ様とアレクサンドル様に付き添う日もあるかも。むしろそっちをメインにしないと失礼かな?
「そうか……。まぁなんとでもなりそうだな。ただ、冒険者やるならあんま冒険者を信用するなよ?」
「それはもう散々聞いたよ……。あ、じゃあなんちゃらの風の人たちは? あの人たちと一緒に依頼やってみるの面白そうじゃない?」
アレクシアさんも信用してそうだったし、一応最高峰のAランクだ。強い魔物と戦うと思うんだよね。それなら多分私だって倒せる気がする。弱い魔物が倒せないのに強い魔物倒せるのも謎だけど。
「アイツらならまぁ大丈夫だな。うん、そうしろ。冒険者やりたくなった時だけ臨時で混ぜてもらえ」
「心配してくれてありがとう」
私はアレクシアさんの顔を見てしっかりと礼を言った。ノエルに防具なんか要らないとか何のかんの言いながらも結構心配してくれてるみたい。
「いや、まぁ……お前が怪我するとも思わないがそれでもやっぱり、な」
「アレクシアさんが引退するの早すぎなんだよ。もう少し待っててくれれば私も一緒にアレクシアさんと冒険者できたのにさー」
もし、冒険者を続けていたらアレクシアさんは村に住んでないから仲良くもなってないだろう。それでももし一緒にやっていたらと想像はしてしまう。
「勘弁してくれ。私らは普通のパーティーだったんだよ。ノエルに振り回されたらそれこそ引退するわ」
アレクシアさんは冗談っぽく両肩をすくめて笑った。それから私はアレクシアさんに冒険者時代の楽しかったエピソードをたくさん聞いて過ごした。
ノックの音がしたのでアンドレさんを招きいれる。どうやらお昼が出来たみたいで、食堂へ移動中だ。
アンドレさんは両手をポンと叩いて話を始めた。
「旦那様からの伝言ですが、アレクサンドル様の発言は基本的に無視をしていいそうですよ」
なんだその伝言。まさか追求されたくなくて伝言にしたわけじゃないよね? 直接言いにくいからスマホでみたいな。
「アンドレさん、アレクサンドル様はどんな方なんですか?」
「そうですね、お優しい方ですよ」
「本音は?」
「アホですね。おっと、これは失礼」
どうやらアホらしい。フレデリック様もバカだからとか言っていたけど何なんだろう。リリアーヌ様みたいにちゃんと説明してくれないと対処に困るというか、なんというか……。
「アレクサンドル様はお客様に失礼な態度をとると思います。なので無視をするか、あるいは反撃してしまっても構いません」
アレクサンドル様が問題児で、当主自ら無視していいと言うって事はすでに当然家族会議でつるし上げられたりしたんだろうね。それでもお手上げだから、ついでみたいに私に投げてきたかのかな?
「わかりました。イラッとしたら一発お殴りあそばされますね」
「なんか言葉変じゃねーか?」
「死なれては困るのでどうか、やり過ぎないようにお願いします」
殴るなとかじゃなくて、やり過ぎるなって事は殴ってもいいのか……。流石に十歳を全力で殴ったりしないけど、そうしても良いってことはかなり雑な対応でも構わないって事だよね?
アンドレさんに連れられて二階の両開きの扉前まできた。どうやら着いたみたいだね。
出来れば仲良くして欲しいけど殴っても構わないアレクサンドル様との初の対面だ。どうか扱いやすい子でありますように。
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