第71話 リリアーヌ・ベルレアン
アレクシアさんとフレデリック様は案外気が合うのか、村での様子なんかを話しながら盛り上がっている。というか私って後ろ盾にはなって貰える事になったけど、生活はどうすればいいの? 村でもいいの?
「あ、あの! お話中のところ申し訳ありませんが少し確認したいことができまして。大変喜ばしいことに辺境伯様に後ろ盾となって頂く事になりましたが、私は街で暮らせば良いのですか? それとも村に戻っても?」
「あぁ、そういう話はしていなかったね。ウチで暮らせばいいさ。基本的には自由にしてもらって構わない。ウチの子たちと仲良くして欲しいと言ってもずっと一緒にいろって意味では無いから安心してよ」
なんか随分緩いね。そんなんでいいの?
「ハハッ、ノエルちゃんは不思議そうだね。じゃあ例えばだけど、地下牢に監禁しますってなったら大人しくしててくれる?」
普通にぶち破って出てくると思う。私は首を横に振る。
「そうだろう? 武門のベルレアン辺境伯家なんて言われてるけど、僕はからっきしでね。だから信頼できて辺境伯家一の強さを誇るアンドレをそばに置いたんだが、そのアンドレがお手上げだって言うからさ。縛り付けても無駄なら恩で雁字搦めにしようかなって作戦変更したんだよ」
フレデリック様はウインクをしながら冗談まじりにそんなことを言った。それって縛り付けられるなら縛り付けようと思ってたってことかな? 緩そうに振る舞っていてもやっぱり貴族だね。油断できない。
ドアがノックされた。どうやらアンドレさんが戻ってきたみたいだ。
「旦那様、リリアーヌ様をお連れしました」
ガチャリとドアがひらき、入ってきたのは水色の髪をした儚げな印象を受ける美少女。流石はお貴族様だ。
「お父様、お呼びと聞いて参りましたがなんでしょう?」
「あぁ、リリアーヌこっちにおいで。お客様を紹介するよ」
背筋を伸ばし、自信満々に歩く姿は最初に受けた儚げな印象とは全然違う。私たちは立ち上がってリリアーヌ様と向き合った。
「紹介するね、ノエルちゃんとアレクシア殿だ。ノエルちゃんはウチに住むことになったから仲良くしてね」
それってもう確定なんですね。選択肢のひとつかと思ったよ。
「平民の方、わたくしはリリアーヌよ。よろしくね」
おぉ、これが壁ってやつかな? 一応こちらを見ているけど私たちのことは見ていないようなそんな印象を受ける。興味が無いんじゃないかな。だが甘い、子供の注目を集める事など私には容易いよ。背中にシャルロットを装着してちょっとだけ浮いてもらう。
「こんにちは、貴族の方。わたしはノエルです。よろしくお願いしますね」
「アレクシアです」
数十センチとはいえ目の前で浮いてれば気になるだろう。どうも、妖精です的な挨拶をしようかとも思ったけど嘘ついて不敬罪ですみたいなノリでこられたら怖いからやめました。はい、ちょっとビビりました。
「そ、そう。よろしく」
リリアーヌ様は私の足元をチラチラと見て気にしている。浮いてる人間は初めてかい?
「ククク、ノエルちゃんはさっそく動いたみたいだね。アレクシア殿、これはいつも通りかい?」
「いえ、いつもよりかなり控えめかと」
人の事見て楽しそうにしやがって! フレデリック様はニヤニヤしてるし、アレクシアさんはどこかホッとしてる。流石にお貴族様の前ではっちゃけたりしないよ。
「こほん。それでお父様、ノエルさんという平民の方はなぜウチに住むのですか?」
未だに足元をチラチラ見ているが、気を取り直して本題に移るみたいだね。
「あぁ、ノエルちゃんはリリアーヌと同じで魔法が使えるんだよ」
「まぁ!」
「え?」
リリアーヌ様と私は同時に驚きの声をあげた。とっさにでてしまった驚き方から育ちの差がでてるよ。リリアーヌ様が少し特殊と言っていたのは髪色だけってわけじゃないのか。
「平民の方、あなた魔法が使えますの?」
「ノエルです」
「わかりました。それで」
「ノエルです」
「ノ、ノエルさんは魔法が使えますの?」
それがし勝ち申した! この子はつっけんどんな感じで振る舞っているけど根っこの良い子部分がたぶん押しに弱いとみた。
「使えますよ。披露した方がいいですか?」
「やめとけ」
「面白そうだ」
アレクシアさんは止めたけど、フレデリック様は見たいらしい。どうする、とリリアーヌ様を見る。
「わたくしも見てみたいですわ」
言っといてなんだけど、見せるってなるとちょっとだけ困るんだよね。ギルマスみたいにシャラララーンって華やかに出来るなら良いけど、極論私の魔法って腹筋に力入れてます、どうでしょうみたいなものだから見てる側も訳分からないと思うんだよ。お貴族様の前でナイフ抜いてムシャる訳にもいかないし。
あ、そうだ。
「では、アンドレさん協力して頂いても?」
「アンドレ、協力してあげて」
「ではナイフか、剣でも構いません。アンドレさんがそれを構えて私に向けてくれませんか?」
私が武器を持つのは許されないだろうけど、フレデリック様が一番信頼しているアンドレさんなら大丈夫じゃないかと思う。どうだろ?
「アンドレ」
「はぁー……。かしこまりました」
アレクシアさんもアンドレさんもため息をついている。アレクシアさんは呆れて、アンドレさんは安全上の都合であまり良くないと思ったんだろう。
私はアンドレさんの前まで移動する。アンドレさんは袖からナイフを一本取りだし、それを私の方へと向けた。
「それじゃあ見ててくださいねー」
私は手をヒラヒラ振ってからアンドレさんのナイフを持つ手をそっと握る。そしてその手にあるナイフの先を喉にあてがった。
「アンドレさん、動かないで下さいね」
アレクシアさん以外が固唾を飲んで見守り、子供の喉にナイフを向けているアンドレさんは引きつった顔をしている。ナイフを喉に刺すように、握ったアンドレさんの手をグッと引っ張った。
「きゃー!」
リリアーヌ様の絹を裂くような悲鳴が部屋に響き渡った。首に当たったナイフはボキっと折れたからイマイチなナイフかもしれない。痛くは無いけど、首にしたのは失敗だったかも。なんかこう、おえーって感じだった。
「ふぅー。随分と恐ろしい物を見せてくれるね」
「お、お父様、ノエルさんは? ノエルさんは無事なんですか?」
リリアーヌ様は悲鳴をあげてしゃがみ込んでしまって何も見ていない。何だかんだで心配してくれるのね。無事だというフレデリック様の言葉を聞いて、リリアーヌ様は恐る恐る私の姿を見るとホッとしたように息を吐いた。
私はアレクシアさんにそっとピースサインだけ送った。イェイイェイ。
「まぁこんな感じです。至って単純で、身体能力を強化できるってだけですね。なので披露するとなるとこれがまた難しくて」
「まぁそう言われると確かにそうかも知れないね。立ったままどうですか、とか言われてもわからないか」
「だからと言ってあんな危険な真似はもうお止めなさい! わたくし心臓が止まるかと思いましたわよ」
リリアーヌ様は精一杯怒ってますって顔をしているけど、なんと言うか可愛らしいね。アンドレさんは折れたナイフを見て興味深そうにしている。さすがは元騎士団長、興味があるなら今度手合わせしましょうね。
「もう。ではわたくしも優雅に魔法を披露して差し上げますわ。平民の方見て」
「ノエルです」
「ノ、ノエルさん見ていなさいな」
そう言ってリリアーヌ様は胸の前で両手をお椀のように構えた。すると、その手の部分から水が湧き出て、球体になって空中に浮かんだ。リリアーヌ様はその水を空いているティーカップへそのまま飛ばして移動させると自慢げに胸を張った。
私が我慢できたのはそこまでだった。
「どうですか? これが魔法とちょちょっと、なんなんですの!」
私はリリアーヌ様に近付き、そっと抱きしめて頭を撫でる。
「大丈夫、大丈夫ですよ。凄く素敵な力です」
この子は水魔法使い。酒場の下ネタ野郎共がよく口にするやつだ。
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