第70話 謁見2

 フレデリック様は苦笑いしながら躊躇いがちに口を開いた。


「ノエルちゃん、申し訳ないがその魔力を抑えてくれると助かるんだが」


 魔力を抑えるってどういう事だろう。かなり増し増しに盛ってる強化を下げればいいのかな? 一段階だけ下げてみた。


「すまないね。本当はもう少し下げて欲しいのだけど、警戒するのも無理はないのかな?」


 アレクシアさんも含めて全員が少し肩から力を抜いたようだ。私が強化マシマシだと何か皆何か不都合あるのかな? アレクシアさんに聞いてみるか。私はアレクシアさんに身を寄せて小声で話しかけた。


「ねぇねぇ。私が強化マシマシだと何か変な感じなの?」


「そうだな。空気が重いというか圧を感じるというか。ノエルにわかりやすく言うとジゼルが目を閉じて溜息を吐き続けてると思えばいいか?」


 アレクシアさんは紅茶で唇を湿らせてからそう答えた。そんな風に言われると凄い悪い事してるみたいだ。フレデリック様もアンドレさんも、自分何か怒られる様な事したっけ状態じゃん。


 私は更に強化の度合いを下げてからフレデリック様の話の続きを聞くことにした。


「失礼致しました。フレデリック様、条件というのはどういったものでしょうか?」


 フレデリック様は更に強化の度合いを下げた事に助かるよと一言告げ、一呼吸置いてから話し始めた。


「そんなに難しい事じゃないよ。僕には子供が二人いるんだ。まぁいい子達なんだが問題が無いわけでも無くてね。出来れば仲良くして欲しい、そして困っている時は助けてあげて欲しいんだ。どうだろうか」


 フレデリック様は少し弱った様な表情でそう言った。昨日マリーさんに教えて貰った話だと、長男が十歳のアレクサンドル様、長女が八歳のリリアーヌ様だったかな? 評判とか性格については言葉を詰まらせてたけど。


 私としてはどんな人か具体的には知らないのに仲良くなれるとも、助けてあげるとも答えようがない。答えようがないが、それはフレデリック様も同じ様な立場なんだよね。


 今のフレデリック様は突然よく分からない子に、後ろ盾になって下さいと言われてる状況だ。もちろん信頼しているジェルマンさんからの紹介であったり、私達の街での様子を調査したりはしただろう。だけど実際のところどんな人なのかはよく知らないまま、後ろ盾になると言ってくれた。それなのに私がよく知らない人とはちょっと、なんて答えるのはなんだかフェアじゃない気がする。


 何より私とフレデリック様との大きな違いは立場だ。身分差もそうだけど、大前提として私がお願いをしてる立場なんだよね。


 そう考えると同じような条件で断るのは自分勝手で不誠実に思えるから、若干不安は残るものの私は一応了承する事にした。


「わかりました。ただ、必ずとはお約束できません」


「ああ。それで構わないよ。人に言われて無理して仲良くなるなんていつか破綻するだろうしね」


 フレデリック様はどこか肩の荷がおりた様な顔をしている。そんな顔をされるとお子様すっごい問題児っぽくて嫌なんですけど。


 アレクシアさんも酷い条件じゃなかった事に安心したのか、ソファーの背もたれに寄りかかった。お行儀よくないぞ。


「アレクシアさん、ちょっとお行儀」


「いいや、構わないよ。どうか我が家だと思って寛いでくれ。口調も普段通りで構わない。私自身堅苦しいのは好まないしね」


 フレデリックさんは茶目っ気たっぷりにウインクしてそう言ってくれた。まぁそう言われても我が家だと思ってスプーンを破壊したり暴れ回る訳にもいくまい。


「さて、話を戻すが条件についてもう少し詰めていこうか。ノエルちゃんは護衛は必要かい?」


 私は首を横に振って答える。そんなの居られても多分邪魔だ。


「まぁそうだろうね。下手したら足でまといだ。それじゃあ後でベルレアン辺境伯家の家紋の入ったナイフを渡そう。それが我が家との繋がりを示す物になるから無くさないでね」


 フレデリック様の話では家紋入りのナイフは貴族間では家臣であることを示すらしい。だからそれを見せれば良識ある貴族は手を引っ込めるそうだ。もし仮にそれでも難癖を付けてくるような馬鹿な奴が入れば、それはベルレアン辺境伯家に対する明確な敵対行為だから貴族平民問わずぶっ飛ばして良いって。ナイフ見せてダメならぶっ飛ばしていいなら楽でいいね!


「それでアレクサンドルはバカなんでどうでもいいとして、娘のリリアーヌは会う前に少し話をしてもいいかい? あの子は少し特殊でね」


 フレデリック様はティーカップを指で撫でながら悲しげな目で言う。アレクサンドル様の扱いそれでいいの?


「代々ベルレアン辺境伯家は多くの者がこの髪色をしている。勿論、嫁いできた母親の髪色になる者もいたけどね。だがリリアーヌはそのどちらでもなかった。あの子は今は亡き曾祖母の血を強く受け継いだみたいなんだよ。僕ら家族は誰も気にしていないんだが、どうやらお茶会で何かを言われてしまったらしい」


 大人が何か言ったのか、はたまた子供の何気ない言葉だったのかはわからないが家族なのに変だとか、血の繋がりがないとかそういうことを言われてしまったんだろう。ひどい話だよ。


 フレデリック様はティーカップを指で撫でながら悲しげな目で話を続ける。


「その頃から他者に心をひらかなくなってしまった。元々は優しい子で、今もわかりにくいだけで優しい子なのは変わらない。でも家族以外には壁を作るようになってしまった。だから会った時にもし、変な態度を取られてもスグに嫌いになったりしないで貰えると助かるよ」


 フレデリック様は情けなく眉尻をさげてそういった。リリアーヌ様はまだ八歳だ。私からすれば全然子供で、その子供がどんな態度を取ろうと嫌いとは思わないだろう。まぁ仲良くなれるからは別だと思うけどね。


「アレクシア殿はどう思う? リリアーヌをノエルちゃんに任せてみたいと思っているのだが」


 突然自分の名前が呼ばれて驚いたのか、ビクッとしてからアレクシアさんは考え始めた。


「どうと言われましても困りますが。ノエルは悪い子じゃないです。同年代で比べれば頭もいいと思います」


 褒められてる? 七歳児に比べると頭良いねって褒められてるのかな?


「もし、お嬢様に何か影響を与えてもノエルを罰したり責めたりしないのであれば私は任せても良いと思います。何かしら変化はあるでしょう。ただ、劇薬なので可能なら使わない方がいいとも思いますよ」


「劇薬、か」


 人の事なんだと思ってるの? そういえばお茶請けみたいなの出てこないけど、文化的にないのかな? ジェルマンさんのところでもギルマスのところでも確かなかったよね。私は口許の寂しさをまぎらわせるようにシャルロットを撫でながら、しばらくの間二人の話し合いをボーッと眺めていた。


「いやぁ、アレクシア殿に来ていただけて助かりましたよ。実は私も街での様子を調べさせてはいたんですよ。不愉快かもしれませんが、こちらとしても何も知らずに後ろ盾にはなりたくないのでね。その結果よくわからなかったんですよ。ほとんどの人が好印象を受けていたようなんだが中には泣きながらもう会いたくないと言っている人までいてね」


 おい誰だ、その失礼なやつ。三日三晩会いに行ってやるぞ。


「うん、決めたよ。ノエルちゃんに任せてみよう。ノエルちゃん、早速だが昼食の前に一度会ってみないか?」


「私としては構いませんが」


「じゃあアンドレ、リリアーヌを連れてきてくれるかい?」


 アンドレさんは大きな体を折り曲げてお辞儀をすると、部屋を出ていった。アンドレさんは一応執事兼護衛的な立場じゃないの? 普通に行っちゃった。


 まぁ何にせよリリアーヌ様とご対面だ。仲良くなれるといいね。

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