第69話 謁見1

 門でチェックを受けて、そのまま馬車で入る。窓から覗いてみると彫刻や花壇、垣根の様な物まで見えた。


「アレクシアさん見て、お庭凄い綺麗だよ。自然を使ってるのに村の自然とは全く違って見えるのは面白いね」


「確かに綺麗だ。前に行った貴族家は大きな噴水と屋敷が印象的だったな」


 アレクシアさんも窓から覗いて庭園を見ている。庭の造形でも流行り廃りや、貴族家の個性みたいなのがあるんだろうね。


 馬車が止まって御者の手を借りて降りると、屋敷の前には執事と数人のメイドが待っていた。


「お待ちしておりました。妖精様、アレクシア様。御部屋にご案内致しますのでどうぞこちらへ」


 そういって先導してくれるのは執事かどうか怪しいくらいにムキムキのおじさん。個人的には執事はパッと見華奢だけど、実は脱いだら凄い系の謀略とか暗殺が得意なタイプが好みなだけに少しだけ残念。


 屋敷の中に入ると、パーティーでも開けそうなくらい大きなホールに、真っ赤な絨毯、正面には大きな階段。ホールには絵画や彫刻など様々な調度品が飾られている。善し悪しなど私にはわからないが、高そうに見える事だけは間違いない。


 泊まった高級ホテルですら豪華だと思っていたが、お貴族様はそれよりもずっと上みたいだ。玄関ホールで口をあんぐりと開けて立ち止まっている私たちに、執事さんが再度こちらへどうぞと促した。


 ホールを抜けて一階の奥の方へと歩いていく。廊下にも真っ赤なフワフワな絨毯が敷かれていて、まるで下から持ち上げられているようで正直歩きにくい。私はシャルロットが勝手にどこか行ったりしないようにちゃんと抱っこをする。シャルロットは嬉しそうに私に身を寄せた。


「こちらがお客様の御部屋になります。謁見の時間までまだありますから、お茶でもいかがでしょう」


 執事さんにお願いしますと頭を下げて、私たちは窓際のテーブルについた。部屋は高そうな家具や絵画があるが、全体の雰囲気は結構落ち着いていて比較的過ごしやすそう。アレクシアさんも意外と、と言ったら失礼だけど落ち着いているね。


 私は執事さんが入れてくれたお茶を飲みながら、今後の予定を確認してみる事にした。


「あの、この後はどういった流れか教えて貰えますか?」


「もう少々お待ち頂いてから謁見となります。謁見とは言いましても、私的な顔合わせ程度だと思っていただいて構いませんのでどうか肩の力を抜いて下さい。その後は辺境伯家の方々とのお食事です。わたくしからも一つ確認させて貰っても宜しいでしょうか」


 平民の小娘相手にも丁寧に対応してくれる執事さんにどうぞと応えて先を促す。


「その、そちらの」


 執事さんは言いにくそうにシャルロットを見ている。一見キラーハニービーに見えるけど微妙に違うシャルロットをなんて呼べばいいのかわからないのかも。


「えっとシャルロットです。シャルロット、ご挨拶だよ」


 ガチガチ


「ご丁寧にありがとうございます。シャルロット様の御食事は如何なさいますか?」


「もし可能でしたら香辛料は極力使わない物なら何でも大丈夫です。ワガママを言うようで申し訳ありません」


 昨日泊まった豪華な宿で出された香辛料マシマシ料理、あれは私達だけでなくシャルロットの口にも合わなかった。試しに食べてみるかと聞いたら食べたけど、数回噛んだ後口から出してイヤイヤしていたんだよね。


「いえ、構いません。お客様を最大限持て成すのが我々の役目でございます」


 執事さんはそういって頭を下げてそばに控えている。


「アレクシアさんは平気?」


「私か? まぁなんだ、平気だよ」


 アレクシアさんは表情こそ落ち着いていていつも通りに見える。だけどまとう雰囲気がピリついている様な、緊迫感がある様なそんな印象を受ける。

 私はアレクシアさんの手をそっと握る。


「大丈夫だよ。少し肩の力抜いて?」


「ふぅー。わかったよ」


 アレクシアさんは一度深呼吸をして、体の内側に溜まった警戒心や闘争心のようなものを吐き出した。

 ドアがノックされた。


「お客様、謁見の準備が整ったようです」


 私はその言葉を聞いて身体強化のレベルを数段階上げた。


 ●


 執事さんに案内されて私達はまた玄関ホールへやってきた。どうやら応接室は私たちが使っていた部屋とは玄関ホールを挟んで反対側にあるみたい。家の中にいるのにこんなに歩くなんて住んでる人は大変そうだね。


 執事さんは観音開きの立派なドアの前で足を止めてノックをした。


「旦那様、お客様をお連れ致しました」


「入れ」


 中から聞こえた低く響く声を聞いて、執事さんが扉を開け、私たちにどうぞと目線で促した。私は緊張を吐き出す様にはぁっ、と勢い良く息を吐き、応接室に足を踏み入れた。


 応接室のソファーには一人の男性が座っていた。グレーの髪をしたアレクシアさんと同年代位に見える男性。彼が辺境伯なのだろう。


「やぁ、よく来たね。私がベルレアン辺境伯家当主フレデリック・ベルレアンだ。よろしく頼むよ。妖精殿、アレクシア殿」


 私は一歩前に出てから、精一杯のお辞儀をする。


「辺境伯様に拝謁賜り光栄の極みにございます。私ノエルと申します。本日はお忙しい中、お時間を頂き誠にありがとうございます。この子はシャルロットです」


 ガチガチ


「アレクシアです」


 マリーさんが言うには失礼のないように振舞うことが大切で、良識ある貴族は言葉使いやマナーを平民には求めていないそうだ。


「そんなに畏まらないでいいよ、さぁ座ってくれ」


 当主のフレデリック様に促されて私達は対面のソファーに浅く腰掛けた。


「さて。色々確認したいことはあるが、先ずはアンドレ。どうだ? ノエル殿は」


 フレデリック様は愉快そうに笑みを浮かべながら私の後ろに立つ執事さんに声を掛けた。執事さんはアンドレさんって言うのね。


「そうですねぇ。お手上げ、と言った所でしょうか」


「ククク、そうか。アンドレがお手上げか」


 フレデリック様は楽しそうに笑っているが、私は話についていけず首を傾げた。


「あぁ、すまない。実はアンドレは元ではあるが我が騎士団の団長なんだ。それで魔法が使えるというノエル殿と会って、どういう印象を受けるか確認してもらったんだよ。試したようで悪いね」


 試すも何も、特に何かをされた訳でもないから別に構わない。イマイチ話についていけ無くてアレクシアさんの方を見た。アレクシアさんは私と違って何か思う所があったのか、少しだけ眉間にシワが寄っているように見えた。


「アンドレ、どれくらい差がありそうだ?」


「私が全力を出して時間を稼いだとしても、旦那様は一歩逃げられれば良い方でしょうか」


「ハハハ、そんな者どうしようもないじゃないか」


 フレデリック様とアンドレさんは私そっちのけで二人で盛り上がってるし、アレクシアさんは眉間にシワ寄せてるしでもう何なんだこれはって感じだ。時間を取ってもらったのは私の方だから今はテキトーにニコニコしているけど逆の立場だったら文句の一つでも言いたくなるよね。


「いやぁーすまないね。こっちで盛り上がってしまって。それで? 後ろ盾になって欲しいんだって?」


 その言葉を聞いて思わずビクリと体が跳ねた。私は紅茶を一口飲んでから答える。


「はい。なんの力もない平民故、是非とも辺境伯様にお力添え頂ければと」


「うん。構わないよ。但し、条件がある」


 ここからが本番だ。貴族であれ誰であれ手元に魔法が使える駒は置いておきたいだろう。だが家の名は無条件で他人に貸せるほど安いものでは無い。提示される条件によっては交渉決裂だ。私は更にもう一段階身体強化を上げた。

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