第68話 衣装合わせ
セラジール商会へ入り店内を見渡すと、商品棚を見ているマリーさんがいた。私たちがマリーさんに近付いて声をかけると、振り返って嬉しそうな顔を見せてくれる。
「ノエルちゃん! それにアレクシアさんもいらっしゃい。待ってたわよー」
マリーさんは私をハグしてからさっきまで見ていた商品棚を指さし、小声で話した。
「ほら、絵本完成したのよ。丁度こっちでも並べた所なの」
マリーさんの示した棚には妖精の贈り物とでっかく書いてあった。その棚には今まで私が作ってもらった色んな商品が並べられ、一番目立つ場所に絵本が数冊置かれている。私専用のコーナーなのかな?
「そういえば私初めて見たかも。なんかあれだね、言葉にしにくい嬉しさだよ」
売り場に並んでいると売られてるんだなぁって感じだ。いや、頭では理解していたけど見るのと聞くのとではやはり感じ方が違うね。
売り出されたという絵本は驚きの一冊金貨十五枚。日本円で考えると絵本一冊約十五万円だ。誰が買うのこれ。
「マリーさんこれ高くないですか? 誰も買いませんよ」
私の言葉にマリーさんは首を振った。どうやらマリーさんの考えは違うみたいだね。
「これでもかなり安い方よ? 向こうの店舗では金貨五十枚で先行販売したけどすぐに完売したわね」
マリーさんが言うにはまだ売れていない画家さんにお願いしているとは言え、制作にそこそこ時間とお金が掛かるそうだ。そこで貴族街近くにある富裕層向けの店舗では、紙の材質や表紙にも力を入れた豪華版を売り、コストを抑えたものをこっちで売っているそうだ。
「妖精さんはお金持ちや家督を譲った貴族から絶大な人気があるからしっかりガッポリ売れるわよ」
「子供用のおもちゃだから子供の人気じゃないの?」
「ええ。子供に人気なの。だから孫や曾孫に好かれたい御年配方から絶大な人気があるのよ。何でもドレスや宝石を贈るよりもずっと喜ぶんですって」
まぁドレスや宝石も嬉しいだろうけど、沢山貰っても楽しい物ではないだろうしね。そこに一風変わった子供向け玩具がきたら大層喜ぶのも頷ける。楽しんでもらえてるならよかったよ。アレクシアさんも絵本に興味はあるみたいだけど、金額を聞いてから伸ばしていた手を引っ込めた。
「それじゃあ来てもらって早々で悪いですけど、衣装合わせをしましょっか」
そう言ったマリーさんに先導されて、三階の部屋に移動した。部屋の中にはいくつもの大人用と子供用のドレスが並んでいる。華やかではあるものの、豪華とまでは言えないようなドレスが多いね。
「ではお針子さん達を呼んでくるので、どんなのがいいか見て待ってて下さいね」
そう言ってマリーさんはスキップ気味に部屋を出ていった。着せ替え人形にされそうな予感がヒシヒシと伝わってきたよ。
「アレクシアさんはどんなのがいい?」
「なぁ本当に私も行くのか?」
「私としては一緒にいて貰えたら心強いかな。でも無理にとは言わないよ」
少し不安そうなアレクシアさんは悩んだ末に答えを出した様だね。
「しゃあない。貴族との謁見は冒険者時代に何回かやってるしな。ほっといて好き勝手されても困るし付き合うよ」
はぁとため息をついてから私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。そうと決まれば早速似合う衣装を探そう。
「ね、ね、アレクシアさんは背が高くてスタイル良いからこういうシュッとした感じのドレスが良いんじゃない?」
「先ずは私のじゃなくてノエルのから探せよ」
「はぁーい」
アレクシアさんの言葉に従って子供用のドレスを見てみると、その多くがリボンやレースの付いたフリフリな感じだ。このプリンセスドレスって雰囲気は流石に恥ずかしいかなぁ。
「ねぇアレクシアさん、どうせだったらお揃いな感じにしない?」
「私フリフリの可愛らしい奴やだぞ」
「安心して。私も嫌だから」
あれこれ選んでいると扉がノックされて、マリーさんが戻ってきた。マリーさんの後ろには首にメジャーみたいなのを下げた四人のお姉さんがみえる。
「お待たせしましたー。どんな感じがいいか決まりましたか?」
「私はフリフリな感じじゃなくて、シュッとした大人っぽいやつがいいかな?」
「私もだな」
「フフ、わかりました。ではそういう感じにしましょうね。ですがノエルちゃんはフリフリから試してみましょう」
マリーさんは満面の笑みでおかしな事を言う。今シュッとした大人っぽい奴にしましょうって言ったそばからフリフリ試すって矛盾してないかな?
結局マリーさん監修のもと、桃色のロココ調のフリフリ衣装をお針子さん二人に着せられた。今の私は月曜日の朝に電車に揺られる会社員の様な目をしていると思う。
「きゃー! 可愛いわぁ。さすがノエルちゃん。ほらほらこっち」
私はマリーさんに肩を押されて壁際に連れていかれる。そこには布が被せてある少し大きな台のような物があった。
マリーさんが被せてある布を取ると、そこにあったのは大きな鏡。少し歪みやくすみはあるものの、しっかりと確認が出来る鏡が設置されていた。
鏡に映っているのはマリーさんと、ロココ調のドレスを着た死んだ魚の様な目をした子供だ。考えてみると今世、しっかりと自分の顔を見たのは初めてだ。金色がメッシュのように混じった茶髪の長い髪、少し生気を取り戻して生き返った魚の目をした鋭い目付きの子供、それが私だ。
「ドレス似合ってないけど結構美少女じゃない? お父さん譲りで目付き鋭いけど」
私は右を向いたり左を向いたり、色んな角度で確認して最後にニパッと笑顔の確認をする。
「シャルロット来てー」
お着替えの為に離れてもらっていたシャルロットと合体して久しぶりの妖精モードだ。確かにシャルロットが姿を消すと羽は背中から離れてるけど、羽だけ浮いてるのもこれはこれで神秘的な感じがするしありなのでは?
「えっへへ。マリーさん、どうかな」
私は妖精モードのままくるりとターンをしてから、ウインクをして笑顔を振りまき、最後に少しはにかんだ表情をしてみせた。どうだ、全力で可愛く振舞ってみたぞ。
「最高に可愛いです。ドレスはそれにしましょう」
マリーさんは鼻を抑えて上を向いた。でも残念、このドレスは私の好みじゃないです。
結局私はボウタイブラウスに膝丈のフリルがついたスカートで、アレクシアさんはブラウスはお揃いでパンツスタイルに決まった。ドレスでは無いけど、フォーマルな印象だからそれでも大丈夫だとマリーさんからは許可がおりた。残念ながらシャルロットの正装は用意ができなかったみたい。シャルロットもどこかションボリしてそうに見えた。
衣装が決まったので、商談室の様な部屋に移ってお茶を飲んでいる。
「では明日、三の鐘に宿へ衣装を持っていきますのでそれまでに入浴を終えて頂けると効率よく事が運ぶかと思います」
「入浴っていうとまさかまたあの宿か?」
少し頬を引き攣らせながら聞くアレクシアさんに、マリーさんはそうですねと言ってのけた。
それからしばらくは最低限のマナーを教わって解散となった。
●
翌日の朝、少しゲッソリしたアレクシアさんと、私は商会の馬車に揺られている。有難いことに商会の馬車で辺境伯家まで案内してくれる事になっているのだ。
今日の謁見でどれだけ上手く立ち回る事が出来るのか、ここが分水嶺なのだろう。
揺れる車内から街並みを眺める。どの家も広い庭付きの御屋敷だ。もうすぐ辺境伯家に着くんだろう。少し緊張する気持ちを騙す様に膝の上のシャルロットを撫でる。
「ねぇアレクシアさん。ここまで付いてきて貰って今更だけど、何かあったら自分の事を最優先してね?」
「なんかするわけじゃねぇよな?」
少し咎めるような視線を向けるアレクシアさんの質問には答えられなかった。私から何かをするつもりはない。だから何も起きないとは思う。だけど用心するに越したことはないでしょう。
質問に答えない私を見て、アレクシアさんは諦めたようにため息をつく。
それから少しして馬車は止まり、扉がノックされた。どうやら戦場に着いたようだ。
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