第67話 また、街を目指す

「なぁノエル、エマは大丈夫か?」


「大丈夫だよ。もう守ってもらうだけの子供じゃないって言ってた」


「いや、そういう事じゃなくてな? 絶対ノエルの渡したリボンの匂い嗅いでたぞ? どんどん激しくなってないか?」


「失礼なこと言わないで。エマちゃんをそんな変態みたいに言うと怒るよ?」


 少し引きつった様な表情でアレクシアさんは言った。けれどそれはエマちゃんに凄く失礼だと思う。エマちゃんは毎日大変だけど頑張ってるって言ってた。願掛けなのか女子の間で流行っているジンクスなのか分からないけど、誰かと交換したリボンに願うとその願いは叶う、みたいなのが多分あるんだよ。私はもうこの話はお終い、と次の話に移った。


「それより提案があるんだ! 私ね、この退屈な街までの道をさっと終わらせる妙案を用意してきたんだよ! 題して、私とシャルロットどっちが速いでしょうー!」


「なんかまた余計なこと始めたよ……」


 余計な事とは失礼な! この企画、実は偽企画だ。真の目的は、正直に言って一番足が遅いアレクシアさんのプライドを傷付けずに高速で街へ向かうための作戦でしかない。

 アレクシアさん負けず嫌いだから、足遅いからシャルロットが運ぶよなんて言ったら絶対怒って自分で走って最後はゲロゲロゲーロだもん。勿論シャルロットには事前に許可を取っているよ!


「私が走って、シャルロットが翔ぶ。これってどっちが速いか気になるよね? だからやってみようー!」


「はいはい、好きにしな」


「じゃあシャルロット先生、お願いします!」


 アレクシアさんは少し面倒くさそうに勝手にやってくださいなと言わんばかりの態度だ。だけどアレクシアさんはちゃんと話を聞いていたのだろうか。どちらが早いか決めるのに審判が必要だよ。ガチガチと返事をしたシャルロットがアレクシアさんの背中に張り付き、そのまま飛び上がる。


「待て待て待て! なんで私まで翔ぶんだよ!」


「いや審判のアレクシアさんが居ないとどうにもならないよ? 覚悟はいい? よーいドン!」


 私の合図と共にシャルロットが飛び出す。初めてのフライトにアレクシアさんの表情は硬い。だけどそれは想定通り。最初はアレクシアさんが怖くないように比較的ゆっくり飛んで、徐々に速度を上げていく作戦だ。


「お? おー! 結構速いし面白いもんだなぁ! いいぞ、シャルロット! 生意気なノエルに私たちの力を見せてやろうぜ!」


 アレクシアさんはクレーンで吊るされた様な体勢だけど楽しんでるみたいでよかったよ。作戦は成功です! 今のアレクシアさんは熱湯に入れればすぐに飛び出すのに、水から茹でると逃げるタイミングを見失ってそのまま死んでいく生き物と一緒だ。賢いシャルロットは徐々に速度を上げていき、今ではアレクシアさんの全力疾走の倍近くは出ている気がする。


「な、なぁ。最初より速くなってないか? 気のせいか?」


「ごめんね、今一生懸命走ってるからよくわからないや!」


「絶対速くなってるって! ちょっと怖くなってきたぞ」


 アレクシアさんも景色の流れる速さか、はたまた体に感じる風の強さか速度がかなり上がっている事に気が付いた。こうなってしまえば、もう作戦第二段階へ移行する。作戦名バレてしまってはしょうがない、だ。シャルロットゴー!

 シャルロットは羽から虹色の光を出して更に加速していく。虹色の軌跡を残しながら飛ぶのはシャルロットの本気だ。アレクシアさんはきっと未知の領域に達している。


「ヤバいって! 速いって! 私落ちたら死ぬぞ! シャルロット絶対離すなよ?!」


「あはははは! シャルロット速いね! でも私の方がまだ速いよ! ほらほらー! 追い付いちゃうぞー!」


「もういいよ二人が優勝な? だからもう止めて降ろせって!」


 あまりの速度に風の音が凄くて皆が大声で話している。アレクシアさんの心が折れてしまうギリギリを攻めて街までの距離を縮めていく。しかしここで私にも予想していなかった事が起きた。

 シャルロットがガチガチと顎を鳴らすと、羽から出していた虹色の光を体に纏った。その光は形を変えて、大きな羽になり更に翔ぶ速度をあげたのだ。

 まさか本気の更に上があったとは……。この子私の魔力を食べてどんどん強くなってるな?


「もう無理ぃぃ。せめて逆向きがよかったぁぁぁ運ばれてるの怖いよぉ何か掴みたいよぉ」


 さっきまでのスピードでもアレクシアさんは限界そうだったのに、シャルロットが更にスピードを上げることで一気に限界を突破したように見える。私はスピードを上げてシャルロットに追いつき、可愛そうだからそろそろ辞めようと伝えた。

 私の言葉を聞いたシャルロットは徐々に速度を落として行った。アレクシアさんは向かい風で髪もボサボサで何だか表情まで疲れ切っていた。尊い犠牲は出たものの、かなり速度上げて距離を稼げたから街まではそう遠くないだろう。

 止まったシャルロットにそっと降ろされたアレクシアさんはそのままぺたりと座った。


「じ、地面だぁ。母なる大地に感謝だ……」


 私は頑張った二人をお疲れ様と労った。かなりの距離を稼げたことだし少しの間、休憩にしよう。未だシャルロットがどれくらいなら余裕なのかわからない。私がお願いして出来ると言っても、これくらい余裕っすよーって場合と、どうにかこうにかって場合があるでしょ? 安易に頼んで無理させてたら嫌だからね。

 疲れたからなのか、甘えたいだけなのかシャルロットが私の前に飛んで来たから抱っこしてあげる。


「私はしばらく足を地面から離さない事にしたぞ。やっぱり人間地に足つけて生きなきゃな」


 アレクシアさんのボサボサになった髪を手ぐしで整えてあげていたら、ポツリとそう呟いてから立ち上がった。もう行けるみたいだね。

 頑張って翔んでくれたシャルロットは私が抱えて歩き出す。


 十分距離は稼げたからここからはのんびりと歩く。何もないような道だけど、何も無いからこそ春の麗らかな陽射しを沢山浴びて暖かい。


「街で暮らす事になったら冒険者はやるつもりか?」


 少し前を歩くアレクシアさんは突然そんな質問を投げかけてきた。それは話し合いの結果によると思う。私としては興味があるが、魔物を殺せるかわからない以上率先してやりたいとも思っていない。


「正直わからないかなー。やるかもしれないし、やらないかもしれない。それがどうかしたの?」


「いやさ、もしやるんだったら街までの間にできるだけ教えられる事は教えようかなって思ってな」


 アレクシアさんは頬をポリポリ掻きながら、少しぶっきらぼうに言った。アレクシアさんなりの優しさだと思ったら、なんだか嬉しくって私はフフっと笑ってからお願いした。


 そこからはアレクシアさんが冒険者をやっていて困った事や、危なかった事とかを経験を交えながら教えてくれた。それは簡単に手には入らない財産だろうし、心配だからこそ話してくれたんだと思う。有難いことだよ。


 だけど言いたい。内容が重いのだ。盗賊の討伐依頼を受けたら、知り合いだった冒険者が盗賊に身をやつしていた。冒険者の中には報酬の分配で揉めて殺し合いにまで発展したパーティーもたまにいる事。臨時で組んだパーティーメンバーに、依頼の帰りに襲われた事とか、そんな話ばかりなのだ。

 これは心配だから気を付けてねって話なのか、冒険者は辞めておきなさいと遠回しに言っているのか判断がつかない。


 一生懸命話してくれるアレクシアさんに、もうその話やめようとは言えずに少しだけため息がもれてしまったが許して欲しい。


 そうこうしている間に、私たちは街へ入ってセラジール商会までやってきたのだった。

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