第66話 閑話 私の大切な人2(エマ視点)
今日も朝から勉強を頑張っていると、ふとどこかから鮮度のいいノエルちゃんの匂いを感じました。お母さんにそう言うと、台所で虫を見た時と同じような顔になったのは何故でしょうか。
外を確認してみるとノエルちゃんがいました。少し気まずそうな彼女の表情を見て、お別れが近いことを悟りました。きっとノエルちゃんも覚悟を決めたのでしょう。
最後になるだろうノエルちゃんとの村の散歩は、いつも真っ直ぐな彼女には珍しく少し及び腰に見えました。もっとスパッと街へ行くって言うのかと思ったのに、他愛のない話を途切れないようにずっと続けています。まるで話題が尽きてしまったら、言わなければならない言い難い話をさけるみたいに。
だけど二年前の収穫祭で訪れた丘に着いた時、ノエルちゃんは言葉に詰まったのです。きっと彼女も昔を思い出しているんでしょう。いつもより小さく見えるノエルちゃんは、何だか頼りなくて、仕方なく私から話を切り出す事にしました。
「二年前の収穫祭にもここに来ましたね……。ふふふ、あの時のノエルちゃんったら収穫祭で皆を巻き込んで大はしゃぎしちゃってましたね」
「……大はしゃぎだったのは皆でしょ? 私はただの盛り上げ役だよ!」
「そうでしたかー? 羽目の外し方が違うだけで私にはお祭りでお酒を飲んでる大人達と同じ様に見えましたよ」
少し無理して明るく振る舞う彼女が痛ましくて、少しだけ目を逸らして足元の小さな花を摘みました。
「あの収穫祭の日からでしょうか……。村での生活が大きく変わったのは。小さい頃の私にとっての楽しい世界は凄く狭くって、丁度私の家とノエルちゃん家の距離でした。そこから一歩でも出てしまうと、大きな怖い大人や私にちょっかいを出してくる男子、それに何故か少し疎ましそうにしてくる女子もいました。あの頃、私にとっては村は決して好きになれない場所でした」
小さくなってしまったノエルちゃんを元気づける様に私はあなたのお陰で成長出来たよと伝えなくてはなりません。
「けれどノエルちゃんを中心にみんなで遊んだ収穫祭がきっかけで村の空気が変わったような気がしました。大きくて怖かった大人も、私達と楽しそうに遊ぶ姿を見たら子供と変わらないんだなぁと思いました。いつも嫌がらせをしてくるような男子達も姫様なんて呼んで手を振ってきます。少しだけ恥ずかしいですけど、悪い気はしません。女子は……オルガちゃん以外の子とはまだちょっと仲良くなれませんけどね……。なんだかあの日から村全体が仲良くなったような、そんな気がします。空気が明るくなったようなそんな気がします。村での生活も結構楽しいんだなぁって思えるようになりました。………………ねぇノエルちゃん、街に住むことになりそうなんですよね……?」
いつも引っ張ってくれたノエルちゃんの代わりに、今日は私が引っ張ってあげます。
「…………うん、そうなる……かも」
「ちゃんとノエルちゃんの口から聞きたかったです」
「ご、ごめん」
「それにもっと早く言うべきです」
「……ご、ごめん……」
「……誰よりも最初に、聞きたかったです」
「……ご、ごめん……?」
けれどやっぱりノエルちゃんのかっこいい姿が見たかったワガママな自分自身に、思わずため息が出てしまいました。甘えてばかりでは居られない、そう思ったはずなのに。
「私が言いたかったのはね、もう平気だよってことです。ノエルちゃんに守ってもらわなくても、私上手にやれるよ、大丈夫だよって。それが言いたかったんです。だからノエルちゃんはノエルちゃん自身の事を頑張ってくださいね」
ノエルちゃんに沢山の感謝を伝えます。貰ったものを少しでも返せるように。彼女がいつもみたいに笑って前に真っ直ぐ進めるように。
特に理由もなく摘んでしまった二輪の花を捨てるのが忍びなくて、私とノエルちゃんの髪に刺しました。数日間のお揃いです。まだ俯き気味のノエルちゃんの手を引いて帰ります。
もうこの道を歩くのも最後か。何気なくそう考えてしまった時、頭がカーッとなって声を荒らげて泣いてしまいそうな程の衝動に駆られました。きっと今口を開いてしまえば、私はさっきまでの強がりを全て台無しにして泣き叫んでしまうでしょう。だから何も言えずに奥歯を噛み締めて歩きました。
終わりが見え始めました。もうひと踏ん張りです。少しだけもう少しだけ耐えて下さい。
「ノエルちゃん。私ね、具体的にはまだ言えないですけど今凄く頑張っています。毎日毎日大変ですよ」
声が震えて仕舞わないように、一度はぁと勢い良く息を吐きます。家に着いてしまえば終わりです。そう考えると今日ばかりは自分の大好きな家が、憎らしいほど嫌いにみえます。
「でもいつまでも子供のままではいられませんから仕方がないです。頭がパンクしそうでも頑張るしかありません」
震えてしまう手を胸元でギュッと握って後少しだから頑張ってと私は私を励ましました。後少し、別れは嫌だけど、後少しだけ耐えれば平気です。でも、胸が張り裂けそうでもう限界でした。
「私は頑張ってます。これからも頑張ります。精一杯頑張ります。だから……待っててくださいね」
「……え?」
私は今にも溢れ出しそうな感情を飲み込んで、言いたいことだけ伝えました。そして少しだけならいいよね、とワザと唇の端が触れるようにキスをして走って家に入りました。
家に入って玄関の扉を背に寄りかかり、限界だった私の足からは力が抜けて座り込んでしまいました。
「ちゃんとお別れはできたの?」
「どうでしょう。ちゃんとって何でしょう。お別れをしたことが無いのでわかりません。……もういいですか?」
「いいわよ。頑張ったわね」
私はお母さんの言葉を聞いて声を荒らげて泣きました。涙と共にノエルちゃんと過ごした沢山の思い出も溢れます。私はいつもなんでもノエルちゃんと一緒でした。楽しかった事も、辛かった事も、悲しかった事もいつも一緒でした。記憶が無いくらい小さい頃から一緒でした。でも明日から私はひとりです。頑張っても頑張っても褒めてくれるノエルちゃんはもういません。何をしていても一人です。一人で寂しいと伝えたい人はもういないんです。
私は泣き疲れて眠ってしまうまで玄関で泣き続けました。
朝、腫れぼったくなってしまった目を無理やり開けました。今日からはまた勉強を頑張ります。私が不安な様に、ノエルちゃんもきっと不安だから。
彼女も私と同い年の小さな女の子だと昨日の様子を見て思い出したのだ。だから甘えるばかりでは居られません。
「本当にお見送り行かなくていいの?」
「いいの。それよりお勉強しないと」
「はぁ……。お母さん疲れたから今日はやーらない。お母さん寝るね。あまり意地をはって後悔しないようにね」
そう言ってお母さんは寝室に戻って行った。……後悔ならたくさんした。ノエルちゃんとお昼寝するのが好きだったけど、眠ってしまえば一瞬だ。ずっと起きていれば良かった。
ガチャ
「あ、そうだ。お母さん王都に居た頃聞いたんだけど、好きな子とリボンを交換すると将来必ず結ばれるとかなんとか言ってたり言ってなかったりするわよ」
私はお揃いのリボンをもって家を飛び出しました。どうか間に合ってください。
門を潜る彼女の姿が見えました。
「ノ、ノエルちゃん!」
呼び止める声が聞こえて彼女が振り返りました。どうやら間に合ったようです。丁度よくお揃いのリボンを使っているのがみえます。
「エマちゃん、お見送りに来てくれたの? ありがとう!」
「えっとね、これ……」
嬉しそうに笑う彼女にリボンを渡します。
「あ、あははー……。いらない、か……。うん! しょうがないね!」
「ち、違くて! 要ります! ただノエルちゃんのと交換したいなって……」
「同じだよ? ほら」
いらないなんてとんでもない! 私の宝物です。ノエルちゃんが差し出したのは少しシワのよった同じリボン。ノエルちゃんが使っていましたという証までついて更に価値が上がっていました。
「同じだし私が使ってたからシワになっちゃってるよ? やめとく?」
「い、良いです! 寧ろ全然良いです!」
あぁ、これで私たちは将来結ばれるんですね! 勉強を頑張る力がみなぎってくるのを感じます。
「じゃあはい、交換」
「ありがとうございます!」
受け取ったリボンを顔に近付けて、バレないように鼻から息をたっぷり吸いました。うん、鮮度抜群です。常に持っていたい欲求と、新鮮なうちに瓶に詰めて長期保存したい欲求が心の中でせめぎ合います。
でも、今は実在するノエルちゃんです。
「ノエルちゃん、元気でね」
「エマちゃんも」
そう言って私達は抱き合い、お互いの再会を心に誓いました。数年後に再会出来る日まで、少しも忘れないように彼女が見えなくなるまでずっと見送り続けました。
必ず、必ず追い付きます。それまでどうか、待っていて下さい。
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