第65話 閑話 私の大切な人1(エマ視点)

 私には大好きな人がいます。彼女は少し切れ長の鋭い目をしていて、瞳は宝石のようにキラキラしています。真っ直ぐ力一杯進む彼女はいつも私の手を引いて、明るい場所へと連れて行ってくれました。


 小さい頃、お母さんと一緒に村の集まりに参加する時、私はノエルちゃんが来るまで一人端っこで待っていました。するといつもの男子たちが私の近くにやってきて、髪を引っ張ったりわざと軽くぶつかって来たりと嫌がらせをしてくるのです。大人たちにバレないように素早くちょっとだけ繰り返されるイジワル。それが私は大嫌いでした。


 大人に相談しても男子は子供だから可愛い子にちょっかいかけるのよねーなんて笑って取り合ってくれなかったり、他の女の子たちはイジワルされる私をみて笑っていました。


 私が何かしましたか? 嫌われる様な事をしましたか? どうしてやめてと言ってるのにやめてくれないんですか? それを微笑ましそうに見ている村の大人達。

 そんな村の人達が大嫌いでした。でもノエルちゃんだけがいつも私を助けてくれます。私の髪を引っ張った男子の髪を引っ張り、私の体にワザとぶつかる男子を突き飛ばし、やめろと怒ってくれるのです。たったそれだけの事で私の暗く澱んだ視界が明るくなりました。


 怒っている時のノエルちゃんは切れ長の目が更に鋭くなってゾクゾクしてしまう程カッコイイのです! そして男子を追い払った後、さっきまでの凍てつく様な瞳を和らげてにぱっと笑う顔が可愛くて可愛くて堪らなく好きでした。私だけが特別、そう感じさせる素敵な笑顔です。


 嘆かわしい事に女子は自分もカッコよく守って欲しいと陰で騒ぎ、男子も俺もあの笑顔を向けられたいと騒いでいるのを私は知っています。私だけのノエルちゃんなのに面白い冗談ですね。


 そんなノエルちゃんは洗礼式の日に何かが変わりました。魔法の事ではありません。ノエルちゃんの笑顔は元々魔法の様に人を明るい気持ちにさせていましたから、魔法の一つや二つ増えたところで関係ないです。


 変わったのは内面。何故か少し、ほんの少しだけ私より早くお姉さんになった、そんな気がしました。

 他の子も交えて一緒に遊んだらどうかなんて、いつもなら言わない様なことを言ったりします。


 私を守ってくれるのは変わりませんが、それだけではないです。まるで私の成長を見守る様な目をしている時もありました。時に背中を押して、時に無茶なことを振って、いつも一歩後ろに下がってしまう私を引っ張るだけじゃなくて、支えてくれる様にもなりました。まぁもうちょっと優しく見守って、と思わなくもないですけど。

 


 大嫌いだった村が変わったのは二年前の収穫祭の時です。大人も子供も巻き込んで、大盛り上がりした収穫祭は、類を見ない程楽しかったと大人達が言っていました。その中心にいたのがノエルちゃん。


 ご飯を食べるくらいしかなかった収穫祭を色んな遊びで楽しませてくれました。笑い合う村の人達を見て、同じ人間なんだなぁと当たり前の事がストンと胸に入ったそんな気がしました。



 ノエルちゃんが街から帰ってきて、皆でノエルちゃんの料理を食べた日、私は真剣な顔をしたお母さんに呼ばれました、


「ねぇ、エマ。大事な話があるんだけどいいかしら?」


「どうしたの?」


「ノエルちゃんね、多分だけどこの村から出て街で暮らす事になるわ」


 その言葉を聞いて頭がフワフワして視界がぐにゃりと歪みました。ノエルちゃんが街で暮らす? 有り得ない。 私を置いて? 有り得ない。有り得ない。有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。そうだ、それなら私も。


「エマ落ち着きなさい。貴方も街へ行く? それもいいでしょう。だけどきっとノエルちゃんはティヴイルの街からも出ていくわよ。エマだって気付いているでしょう? ノエルちゃんはいい意味でも悪い意味でも普通じゃないって」


 わかっていた。私と同じ村で育ち、同じ年齢なのに話についていけない事が沢山あった。お母さんとのお仕事の話がそうだ。

 それだけじゃない。突飛な言動はいつも私には理解できなかった。その度にノエルちゃんを孤独にしてしまうのではないかと不安になっていた。


「だからね、もしエマが本当にノエルちゃんについて行きたい、隣に居たいと思うなら、今は諦めなさい。ハッキリというわ。今のエマでは無理よ」


「そんなことない! ノエルちゃんは……」


「えぇ、優しいからついて行きたいと言えば連れて行ってくれるかも知れないわね。でもあなたはそれでいいの? ノエルちゃんが作ったぬいぐるみと一緒よ?」


 そんな事はわかってる。どうしようもない現実に涙が溢れてきた。

 私に出来ることなんて何も無い。連れて行って貰えても、使い道のない私はノエルちゃんの荷物でしかない。ただノエルちゃんに運ばれて行くだけの所有物。……私は泣きながらほんの少しだけそれも悪くないと思ってしまった。


「エマ、わからないけど妄想は後にして? お母さんは今は諦めなさいって言ったわよね。もし、本当にノエルちゃんの横に居たいなら必死に勉強しなさい。必死に勉強して王都の学園に行きなさい」


「王都の学園……?」


「そうよ。あなたはどうしたい? ノエルちゃんをただ見送ってこの村でずっと暮らしていく? 無理やり迷惑も考えずについていく? 必要とされる様に必死で努力する?」


 答えは簡単だ。ノエルちゃんを一人にしない為にも私が追いつく。


「努力します。必死で努力して、学園に行きます。そしたらノエルちゃんと一緒にいられる?」


「厳しい様な事を言うけど、それだけでも足りないわ。エマ、勘違いしないで欲しいのだけど、あなたは私の自慢の娘で、あなただって十分賢い子よ。お母さんが誇らしく思うくらいに貴方は優秀な子よ。だけどね、ノエルちゃんは別格なの。あの子は神に選ばれた子よ」


 お母さんは少し難しそうな顔をして話を続ける。


「王都の学園はこの国の最高学府で、入学しただけでもこの国では上位に入る程優秀と言えるわ。だけど考えてもみなさい。そんな優秀な子は毎年何十人もいるのよ? 毎年ノエルちゃんの様な子が何十人も出てくると思う?」


 確かにそれは有り得ない事だ。もし毎年何十人も排出される人達が全員ノエルちゃんなら私はそこに住むだろう。役所に届けて、手続きをし、そこに家を建てるだろう。そして日替わりでノエルちゃんと遊ぶのだ。今日はこのノエルちゃん、明日はこのノエルちゃん、いやもっと贅沢にまとめて遊ぶのもありだ。日替わりで遊ぶのはきっと数年で――


「戻ってきなさい。だから学園へ行ったらそれで十分かと言われたら、いいえと答えるわ。学園卒業しましたなんて、吐いて捨てる程いるけど、ノエルちゃんはひとりだけよ。だからあなたに覚悟を聞いてるの。どれだけ大変かわかってくれたかしら?」


「わかりました。どれだけ大変でも私は諦めませんよ。私が諦めてしまったら、ノエルちゃんはひとりぼっちになっちゃうんでしょう? ひとりぼっちで立ち尽くすノエルちゃんに、そっと寄り添って私だけが支えるんです。そこに二人だけの国を建てます」


「ややこしいからあなたまで建国しないでちょうだい……。なら明日からは遊ぶ時間もあまり無いと思ってね? ライバルになる貴族の子達はもうとっくに勉強を始めているわ。先ずはそれに追いつかないと」


 こうして、私の詰め込み教育が始まりました。毎日毎日勉強漬けです。私とノエルちゃんの未来の為に頑張る日々です。お母さんも一生懸命協力してくれます。ただ、私が寝ている時に枕元で国の歴史を解説するのはやめて欲しいです。人類のおぞましい歴史が夢に出てきます。


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