第64話 別れ

 お母さんと仲直りをした次の日からは何だかんだ忙しい日々を過ごした。レオを一日中構い倒した日もあれば、シャルロットと遊んだり、きちんとハチミツ作りの場所を下見したり、色んな人にお土産を配ったりと大忙しだ。


 だけど全ての日に共通して言えるのが魔力を強引にでも使い続けて強化を図っていたことだね。


 辺境伯との話し合いの結果、者共であえであえーってなる可能性だってある。そうなってしまったら辺境伯家の人を全員ポコポコ叩いていかなければならない。それには力が必要だよ。

 権力でも法でも縛れない原始的で純粋なパワーがあればぶっちゃけ恐るるに足らず、だ。どんな状況でも力があればどうにかなる。


 そして出発を明日に控えた今日、私は大切な用事がある。それはエマちゃんに街へ行く、と説明しなければいけないってことだ。


 特に難しいことでは無いんだよ? ちょっと街で暮らす事になるかもしれないけど、そうなっても頻繁に村にくると思うからその時はよろしくねと言うだけだ。それだけなのに凄く、すごーーーく気が重い。


 小学生の頃、仲が良かった子が転校してしまった事がある。引越し先は隣の駅だったから大人からすれば何も変わらない様な距離だ。だけど小さい私達には学校が変わるという事実が、まるで海外に引っ越すかのように遠く、遥か遠くに感じて二人で沢山泣いた。泣きながら、休日は会おうね、お互い手紙を書こうね、ずっとお友達だよと約束をして私たちは別れた。それでどうなったか、もうわかるでしょう? 会うことはなく、数回の手紙のやり取りをしただけで関係は終わりだった。私は学校で他の友達と過ごす様になり、それはきっと彼女も一緒だったのだろう。そして大きくなってから偶然見掛けても特にリアクションも取らなくなる。同じような事は卒業なんかできっと誰もが経験している。だからまぁ子供の友情というか、それに限らず人付き合いってほとんどがそういうもんだよねと多くの人が納得するだろう。


 だがエマちゃんはそれをまだ知らないのだ。私と離れ離れになりますよと知ってしまえばきっと泣いてしまって、必ず会いに行きますねと果たされない約束を交わすことになるのだ。その虚しさたるやどれほどの事か……。


 エマちゃんは会いに来ないし、私が村に帰ってきた時に会いに行くと、ほんとに来たんだねと若干の面倒くささを滲ませた顔をするんだよ。だって会えなくなると理解したエマちゃんは私ではない別の誰かと新しい村での生活を始めているのだ。急にこられても迷惑だろうさ。


 そんなことを考えながら私はエマちゃん家の前をずっとウロウロしている。中々ノックする手が上がらないのよねこれが。精神強化の魔法が必要だよ。


 ガチャ


「……あ、やっぱり居ました!」


 突然ドアがあいてエマちゃんが飛び出してきたので私は慌てて抱きとめる。


「どうしたのエマちゃん。急に出てきてどこかにお出かけ?」


「違いますよ? 何だかノエルちゃんのにお……じゃなくて気配……そう気配がして! もしかしてと思って出てきたらノエルちゃんがいました」


 エマちゃんはえへえへ言いながら嬉しそうに私に抱きついている。お別れが近いと思うとやはり寂しいね……。


「エマー? 気が済んだなら続き……あら、ノエルちゃん! 本当にいたのね……」


「お母さんだから言ったじゃない! ノエルちゃんいる気がするって」


 話しぶりから察するに、何かしてる途中でエマちゃんが出てきちゃったみたいだね。


「エリーズさんこんにちは。今エマちゃん忙しい感じですか?」


「んー……。まぁ忙しいって言うと大袈裟かしら。連れてっても平気よー?」


「じゃあ少しお借りします。エマちゃんちょっといい? お散歩行かない?」


 エマちゃんは嬉しそうに行きますと手を挙げた。


 ●


 お散歩をしている間、私は話を切り出せず、まるでいつもと変わらない日常のように他愛のない話を繰り返した。お母さんにまた怒られた話、レオの話やシャルロットの話、しなければならない事から目を逸らすように今する必要のない話を延々と喋り続けた。


 気が付けば収穫祭の時にダンに連れてきてもらった原っぱに来ていた。あの時は秋で枯れ草だったけど今はもう春だ。若い緑と名前も分からない小さい白い花が沢山咲いていた。


「二年前の収穫祭にもここに来ましたね……。ふふふ、あの時のノエルちゃんったら収穫祭で皆を巻き込んで大はしゃぎしちゃってましたね」


「……大はしゃぎだったのは皆でしょ? 私はただの盛り上げ役だよ!」


「そうでしたかー? 羽目の外し方が違うだけで私にはお祭りでお酒を飲んでる大人達と同じ様に見えましたよ」


 エマちゃんはクスクスと笑いながら小さな花を摘んだ。


「あの収穫祭の日からでしょうか……。村での生活が大きく変わったのは。小さい頃の私にとっての楽しい世界は凄く狭くって、丁度私の家とノエルちゃん家の距離でした。そこから一歩でも出てしまうと、大きな怖い大人や私にちょっかいを出してくる男子、それに何故か少し疎ましそうにしてくる女子もいました。あの頃、私にとっては村は決して好きになれない場所でした」


 エマちゃんはもう一輪花を摘みながら話を続ける。


「けれどノエルちゃんを中心にみんなで遊んだ収穫祭がきっかけで村の空気が変わったような気がしました。大きくて怖かった大人も、私達と楽しそうに遊ぶ姿を見たら子供と変わらないんだなぁと思いました。いつも嫌がらせをしてくるような男子達も姫様なんて呼んで手を振ってきます。少しだけ恥ずかしいですけど、悪い気はしません。女子は……オルガちゃん以外の子とはまだちょっと仲良くなれませんけどね……。なんだかあの日から村全体が仲良くなったような、そんな気がします。空気が明るくなったようなそんな気がします。村での生活も結構楽しいんだなぁって思えるようになりました。………………ねぇノエルちゃん、街に住むことになりそうなんですよね……?」


 ……知っていたみたい。わたしがいつまでも切り出さないからエマちゃんが一歩踏み出してくれた。


「…………うん、そうなる……かも」


「ちゃんとノエルちゃんの口から聞きたかったです」


「ご、ごめん」


「それにもっと早く言うべきです」


「……ご、ごめん……」


「……誰よりも最初に、聞きたかったです」


「……ご、ごめん……?」


 エマちゃんはお母さんの様に大きくため息をついた。反射的にビクついてしまう。


「私が言いたかったのはね、もう平気だよってことです。ノエルちゃんに守ってもらわなくても、私上手にやれるよ、大丈夫だよって。それが言いたかったんです。だからノエルちゃんはノエルちゃん自身の事を頑張ってくださいね」


 ……そっか。私は前世の記憶があるからエマちゃんはいつまでも子供のままに見えていたけど、エマちゃんだってもう七歳だ。とっくに親の手を握っていないと泣いてしまうような年齢ではなくなっていたんだね。


 エマちゃんは摘んだ白い花を私と自分の髪に差してから、いつもとは逆で私の手を引いて歩き出す。しばらくお互いに何も言えないまま帰り道を歩く。私は勝手に、お別れみたいになればエマちゃんが泣いてそれを私が慰めると思っていた。だけどもう、エマちゃんは泣いてしまうほど小さい子では無いようだ。それはそれで何だか寂しくて、そんな身勝手さに思わず苦笑いが出てしまう。


 エマちゃんの家が見え始めた。


「ノエルちゃん。私ね、具体的にはまだ言えないですけど今凄く頑張っています。毎日毎日大変ですよ」


 はぁとため息を着くエマちゃん。小さく見えた家もどんどん大きくなっていく。


「でもいつまでも子供のままではいられませんから仕方がないです。頭がパンクしそうでも頑張るしかありません」


 エマちゃんは繋いでいない方の手をギュッと胸元で握った。もう家はすぐそこだ。別れが近い。


「私は頑張ってます。これからも頑張ります。精一杯頑張ります。だから……待っててくださいね」


 エマちゃんはそう言って私の頬にそっとキスをしてそのまま別れも言わずに逃げる様に家に入ってしまった。


 エマちゃんの親愛のキスは、唇の端が重なった、そんな気がした。


 ●


 旅立ちの日が来た。これから街へ向かい辺境伯討伐戦の準備をしなければならない。討伐戦参加者はアレクシアさん、シャルロット、そして私だ。お通夜みたいな雰囲気で朝ごはんを食べた後、家の前で両親とレオが見送りをしてくれる。


「ちゃんとご飯……は食べるわね。ちゃんと……寝るわね。体調には……崩したことないわね。特に言うことないわ」


「嘘でしょ? なにかしらあるよね!?」


「ふふ、冗談よ。頻繁に帰ってきなさい。それと無理はしないでね。愛してるわ、ノエル」


 お母さんが力強く抱きしめてくれた。喧嘩をした訳じゃないけど、仲直りして以来お母さんはよく私を抱きしめるようになった気がする。


「うおおおおおおノエルうううううう……」


 お父さんはうるさいし、別にいいね。


「レオおいで!」


 お父さんと手を繋いでいたレオを抱っこする。


「好き嫌い言わないで食べるんだよ? それと体調には気を付けること、あとお姉ちゃんの事を毎日思い出して、街の方向に思いを馳せること。わかった?」


「あー」


 わかってくれたみたい。まぁ今生のわかれでもあるまいし、寂しくなったら帰ってくればいいよね。


「じゃあそろそろ行くね! 忙しくなかったら頻繁に帰ってくるつもりだから安心して! じゃあ行ってきます! シャルロット行くよー!」


 ちょっと街へ行く、ただそれだけの話だ。何も大袈裟に捉えるような事じゃない。私は自分にそう言い聞かせて後ろを振り返らずに門へと走った。


 門へ着いてアレクシアさんを探すがまだ来ていないようだ。私は何となく丸太の壁を背にして村を眺める。いつでも帰れる、大袈裟だ……そう言いながらも私自身感傷的になっている。


「ねぇシャルロット、私たち上手くやれるかな?」


 ガチガチ


「ふふ、やっぱり何言ってるかわからないや。ごめんね」


 シャルロットのファーに顔を埋めて深呼吸をする。大丈夫、私は大丈夫。


「おーい、待たせたか?」


 アレクシアさんが来たみたい。


「ううん、今来たところ! 街が私たちを待ってるよ! 全速力でいきまーす!」


「全速力でいけるか! なんかやけにはしゃいでんなぁ……」


「そんな事ないと思うな! 私はいつだって淑女だよ!」


 アレクシアさんの背中を押して門を潜る。今日はモリスさんじゃないね。


「ノ、ノエルちゃん!!」


 そんな声を聞いて振り返ると、エマちゃんが立っていた。きっと来ないだろうと思ってたけどお見送りに来てくれたみたいで嬉しいよ。


「エマちゃん、お見送りに来てくれたの? ありがとう!」


「えっとね、これ……」


 そう言ってエマちゃんが差し出してきたのはお揃いの銀色のリボン。


「あ、あははー……。いらない、か……。うん! しょうがないね!」


「ち、違くて! 要ります! ただノエルちゃんのと交換したいなって……」


「同じだよ? ほら」


 私は今日走るつもりだったからポニーテールにしていた。髪を留めていたお揃いのリボンを解いてエマちゃんに見せる。私が使っていたからちょっとシワが寄っちゃってるね。


「同じだし私が使ってたからシワになっちゃってるよ? やめとく?」


「い、良いです! 寧ろ全然良いです!」


 いや、いいならいいけどさ……。お互いの健闘を称え合うユニフォーム交換的な事なんかね。


「じゃあはい、交換」


「ありがとうございます!」


 私は受け取ったリボンを口に咥えてポニーテールを再度作る。気合いの入れ直しだね! エマちゃんは受け取ったリボンを両手で握り、それを額にあてて一生懸命祈っている。エマちゃんは何かを頑張っていると言っていたからそれに関して願掛けをしているようだ。


 今は言えないと言っていたから聞かないけど、どうか無理せずに頑張ってね。


「ノエルちゃん、元気でね」


「エマちゃんも」


 私たちは最後にお互いの健闘を祈って抱きしめ合った。お互いの姿が見えなくなるまで手を振って、私は生まれ育った村を去ったのだった。

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