第61話 ママ友ランチ

 何だかんだでソース作りも完成した。あんなに退屈だった街までの道も、走ってしまえばコンビニ行くのと大差ない感じだったね。


 帰ってきた時に私が謎の液体の入った瓶を持ってるからお母さんが訝しんだ目で見ていたけど、まさかこの短時間で街まで行って帰ってきたとは思うまい。


 少し冷めてしまったシチューを温め直しているとドアがノックされたので出迎えに行く。


「はーい。いらっしゃい!」


「ノエルちゃん! お待たせしました!」


 最初にやってきたのはエマちゃんとエリーズさんだ。エマちゃんは私の上着を着てるね。別に構わないけど普通は手に持ってくるのでは? 帰り寒くなっちゃうよ?


「待ってたよー。エリーズさんも平気? 元気になった?」


「えぇ、もう全然平気よー」


「それなら良かったよ。さぁあがってあがって」


 中に先導していると、背中にいるシャルロットを挟むようにエマちゃんが抱きつく。ぎゅっとではないから平気だと思うけどシャルロット潰れてない?


「それじゃあ悪いけど座って待っててもらえる? アレクシアさん達にも声掛けてるからさ、揃ったらご飯にしよう!」


 エリーズさんとエマちゃんを席に案内する。


「エリーズもエマちゃんもいらっしゃい。突然で悪いわね」


 お母さんがレオをよちよち歩かせながらやってきた。まだまだスムーズとは言えないけど、バタバタと歩いてエマちゃんの足にしがみついて笑顔だ。


「レオくんこんにちは。また大きくなりましたか?」


 エマちゃんが頭を撫でながらレオに話しかけると、レオはあーあーあうあう言いながらニッコニコだよ。


 ここはお母さんに任せて私は食器の用意とかしておこう。一人キッチンへ移動する。会話はここからでも聞こえてくるね。


「子供の成長は早いわねぇー。エマにもこんな小さい頃があったのよー?」


「お母さん、それは皆そうじゃない?」


 エマちゃん! エマちゃんは年齢の割に大人びてるからしょうがないけど、そこはちょっと恥ずかしがるところだよ!


「ノエルにもあったわねぇ。ヤンチャで言うことも聞かずに手を繋ぐのすら嫌がってずっと動き回ってたわ。……なんだか今と大差ない気がしてきたわね」


 それは失礼だと思うな!


「ノ、ノエルちゃんの小さい頃っ……! どうして私は覚えてないんでしょう……」


 エマちゃんも小さかったからでは……? 自分で言ってたじゃん。皆小さい頃あるって。


 昔話や子育ての大変さをお母さん達は話して、エマちゃんはレオと遊んでくれてるみたい。そんな風に過ごしていると、外からノックより大きな声が聞こえてきた。


「ノエルー! ウチと母ちゃんきたぞー!」


「オルガちゃんもアレクシアもいらっしゃい。ノエルの思い付きで振り回してごめんなさいね」


「うぇっ! えっとノエルちゃんママこんにちは! ノエル出てくるかと思って驚いた……」


「いんや、街での報告もあるしちょうど良かったよ」


 どうやら揃ったみたいだ。ハンバーグをどんどん焼いてソースも仕上げる。お母さんも皆にレオの面倒を見てもらってる間に、細かく刻んで塩茹した温野菜みたいな離乳食をパパっと作ってお昼ご飯の完成だ!


「お待たせー! 口に合わなかったらごめんね! 今日は私が作ったからさー」


「ノエルの手料理か? ウチ初めてだぞ!」


「私は初めてじゃありませんよ。何ならさっき一緒に作りました!」


 エマちゃんのそれは何自慢……? 私はどんどん配膳をしていく。


「おっ、このクリームシチューだっけか? パンにも合うし美味いんだよなぁ」


「私は初めて食べるわ。まぁ食材が限られてるから街に行かないと作れない料理よね」


「オルガちゃんママがさり気なく牽制している……? ……考えすぎかな?」


「ノエルちゃんはスイーツだけに留まらないのね……。まさかスイーツで女性を、普通の料理で男性を……?」


 各々が好き勝手何かを言っているが、配膳も出来たことだし食べる事にしよう。


「はい、じゃあどうぞ召し上がれー!」


 子供達とアレクシアさんは何の躊躇いもなく食べ始めた。お母さんとエリーズさんは警戒している。前回のスイーツでの経験が、未知の食べ物に対して過剰反応してるようだ。


「お母さんもエリーズさんもそんなに警戒しなくていいよ。スイーツと違って普通だから」


 私は苦笑いしながらそう言う。所詮旨味も少なくて味に深みのない料理だ。変にハードルをあげないで欲しい。


「ノエルちゃん! このお肉凄く美味しいです! 柔らかくて、肉汁も溢れて……それでそれで中からチーズも出てきました! 美味しいです! でもなんのお肉ですか?」


 エマちゃんの食レポは美味しかった気持ちが前面に押し出されて上手く言葉に出来ていないみたい。それでも喜んでいるのがヒシヒシと伝わってきて嬉しいね。


「エマはバカだなぁ! 何のお肉ってこんな丸くて柔らかいのなんておっぱいに決まってるじゃん! ウチにはわかるぞ!」


「バカはお前だよバカ娘。にしても前回食べた時より美味くなってんな! チーズ? が入ってるだけでこんなに美味くなるんだな。このソースだって串や――」


「あそうだ! デザートは用意できてないんだよー。ごめんねー?」


 私はアレクシアさんの言葉を強引に遮り、話を逸らした。余計なことを言うんじゃありません! ほら見ろお母さんが眉をピクリと動かしてソースだけ舐めてるじゃん! 街に行った事ないお母さんが気付けるとは思わないけどさ。


「お母さんもごめんね? 本物のスープにはまだ至ってないの。クリームシチューって言うんだけど食べてみて?」


 ハンバーグから意識を逸らして貰う。お母さんはシチューを飲むと少し吊り上がっていた眉を少し下げた。


「あら、凄く美味しいわよ? これでもまだ本物のスープじゃないの?」


「うん。まだまだ味に深みが足りないよ。これからの研究次第だね」


 エリーズさんは何かを考えながら黙々と食べている。口に合わなかったかな? それは残念だけど好みは人それぞれだからしょうがない。


 和気藹々と食事をしながら、アレクシアさんが街での出来事を面白可笑しく皆に話している。お母さんに怒られる事、間違い無しのぴょん吉とかウルフの事には触れないでくれてるね。その辺りは一蓮托生だからアレクシアさんも気を付けるか。


「あ、そうそう。商会で欲しい物の話をした時にさ、ノエルの欲しい物は王家の管理だから手に入れるのは無理だって話になったんだよ。そしたらコイツなんて言ったと思う? つまり王家は私の敵、とか言――」


 突然エリーズさんが椅子を倒す勢いで立ち上がった。ホント大丈夫? エリーズさん今日ずっと様子がおかしい気がする……。


「ど、どうした? エリーズ」


「そう……。アレクシア、貴方も加わってるのね……。ごめんなさい、少し驚いてしまって……。どうぞ、話を続けて?」


 椅子を直して席に座ったエリーズさんはまた何かを呟きながら思考の海に旅立ってしまった。エマちゃんも様子のおかしいエリーズさんを見て少し不安気だ。


 そんなこんなありつつも無事にママ友ランチは成功に終わってお見送りの時間になった。


「母ちゃん、ウチ食い過ぎてもう動けない。運んでくれ」


「ったく一人だけずっとシチューお代わりし続けてるからそうなんだよ。ノエルもジゼルもありがとな、美味かったよ。また誘ってくれ」


 アレクシアさんは食べ過ぎてグッタリしてるオルガちゃんを腕に乗せて帰って行った。


「ノエルちゃん。これ、お洋服返しますね……」


 私が預けた上着を返すと言いながら、袖に鼻に当てて一向に脱ごうとはしない。深呼吸をしながら気合いを入れても脱ぐ事が出来ないのは寒くて寒くて仕方がないのかもしれないね。やっぱりベッドに入らないで寝たのが良くなかったのかも。風邪を引いちゃうかな?


 私は上着のボタンを留めてあげる。


「寒いんでしょう? 無理しなくていいよ。今度返してくれればいいから」


「ありがとうございます……! あの、じゃあちょっといいですか?」


 そう言ってエマちゃんは私が留めてあげたボタンを外して上着を脱ぎ、バサッと私に羽織らせると何故か抱きついてくる。


 寒いなら返さなくていいって言ったら返してきて、やっぱり寒いから抱きつくの……? エマちゃんの行動が訳分からん……。取り敢えずぎゅっと抱き締め返してあげる。


 エマちゃんは満足したのか、上着を私から剥ぎ取ってまた着始めた。……結局着て帰るんかーい!


「……エリーズ、これは平気なの? 私の目からはもう引き返せない所まで来てる気がするんだけど戻れる?」


「……私はもう諦めてるわー。巻き込んでしまったらごめんなさいね……」


「気にしないで。多分ウチの子が撒いた種よね、自業自得よ」


 親同士のよくわからない会話が終わるとエリーズさん達も帰って行った。風邪の引き始めかと思われたエマちゃんも、一転してホジューとか何とか口ずさみながらスキップをして元気よく帰って行った。まぁ元気になったならよし!

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