第57話 スイーツからは逃げられない
私が泣き止んでからはお母さんと二人一緒に並んでクレープを頬張った。たまにお母さんがふらっとする事はあったけど、それでもお母さんは幸せそうに笑っていたよ。
今は食べ終わってシャルロットに食べさせている。結局この子は自分じゃ食べないんだから困ったちゃんだよ!
「それにしてもノエルは本当にとんでもない物を作ったわね。ママは何度か生を諦める所だったわよ」
「だから言ったでしょ? しっかり覚悟してってさ。シャルロットだってこんなに美味しそうに食べてるでしょ?」
「……ママには美味しそうな反応なのかわからないけど興奮してるのは間違いなさそうね」
シャルロットはこんなにもおしりを振って喜びをアピールしているのにわからないなんて。でもまぁお母さんとシャルロットの付き合いはまだ始まったばっかりだから仕方ないね。これから仲良くやっていけることを祈るばかりだ。
「それにしてもその蜂は魔物だろ? ジゼルは本当に平気かい?」
「えぇ、大丈夫よ。全ての魔物が悪い訳じゃないし、蜂蜜作れるみたいだしね」
「また甘い物か……。パパも甘い物は美味しいと思うけどそんなにおかしくなる程美味しいものかなぁ。少し疎外感を感じるよ」
甘いものを食べた時に脳で分泌される幸せだと感じるなんとかってホルモン? が男女で量が全然違うって昔テレビで見た気がする。女性は多く分泌されて、男性は女性に比べて少ないから甘い物への執着心が違うんだよって。本当かは知らないけど、確かに男女で甘いものが好きな割合は女性の方が多そうだよね。
「明日は私エマちゃん家でもクレープ作ってあげるつもりなの。お母さんいいでしょ?」
「えぇ、いいわよ。エリーズにはかなり助けて貰ってるし、存分に振舞ってあげなさい。それで、街はどうだったの?」
「楽しかったよ? 辺境伯様と初めての顔合わせの為に数日後にまた街まで行かなきゃいけないんだけど、それがちょっとめんどくさいかな?」
「詳しく話しなさい」
●
私は一生懸命話をした。街が遠かった事、街にはたくさんの人がいた事、ジェルマンさんと話した事や、宿の食事が口に合わなかった事も話した。覚えている限りの事を面白おかしく臨場感たっぷり伝えた。
「ママほんとにノエルの言ってることがわからないわ……。どうして檻に入れられて街を練り歩くの? ママが街の常識を知らないだけで良くあることなの?」
「良くあるかは知らないけど皆見てたね。でも一度経験したから次はもういいかな?」
「もうわかったわ。やっぱりアレクシアに聞かないと何もわからないって事がわかったわ」
お母さんは頭痛でもしてるのか頭を抑えている。お母さんがもう疲れたと言うからご飯を食べてすぐに眠った。ちなみに寝る時もシャルロットは離れない。だから祈るのだ、どうか朝起きた時に足が取れてたりしませんように……!
●
翌朝、沢山のお土産を乗せてエマちゃんの家に向かう。シャルロットに何処か取れたりしてないか確認したけど、首を傾げるばかりでケガはなさそうだった。
シャルロットは当たり前のように背中に張り付いて、私と一緒にエマちゃん家に行くつもりだね。ハチミツ作ってってお願いしたら作ってくれるのかな? その時はちゃんと離れてくれる?
ガタゴト揺れる荷車を引いて数分、エマちゃん家に到着。やっぱり街の家に比べると家の高さはそこまで変わらないとしても敷地面積が広いね。
ノックをして待っているとエマちゃんが出てきた。
「ノエルちゃん! 帰ってきたんですね!」
驚きと嬉しさを滲ませる笑顔で抱き着いてきたエマちゃんを受け止めてあげる。
「うん、ただいまー。昨日帰ってきたんだよー」
「……ちょっといいですか? これノエルちゃんの背中に何かいませんか?」
少し離れて貰ってから私は背中を見せる。
「この子? この子はシャルロットだよ! 仲良くしてあげて? ほら、シャルロットもご挨拶」
ガチガチ
「よし!」
「ちょ、ちょっとノエルちゃんから離れてください! なんなんですか! 突然現れて当たり前みたいに抱き着いて!」
おぉ、怖がったりはしてないけど何だかめちゃくちゃ怒ってる……。
「ごめんね、エマちゃん。この子甘えん坊でさ……。もう完全に私がママだよ」
「な、な、な……今、なんて言いました?」
「ん? 私がママだよって?」
「…………あは。アハハハハハハ! 遂に、遂に出来たんですね!! 私たちの子供がッ! 子供は好きな人と一緒に手を繋いで眠ると出来るってお母さんが言ってました! それを聞いてから私はいつも、いつもいつもノエルちゃんと眠る時はこっそり手を繋いでその日を待ち続けました! 本当は私が産みたかったですがこの際私がパパでもいいです。えぇ、構いません。さぁシャルロットちゃん! 私があなたのパパですよー! こっちへおいでー!」
エマちゃんは恍惚とした表情で自分で自分を抱きしめる様な仕草をした。エマちゃんが少し狂ったように大声あげて笑うなんて珍しいね。いつもみたいに突然始まるオママゴトも街から帰ってきたばかりで懐かしく感じる。私は村に帰ってきたんだなぁって実感が湧くよ。
「エマちゃん、改めてただいま」
「!? えぇ! おかえりなさい、あなた」
シャルロットに必死にアピールしてたエマちゃんがまた私に抱き着いてきた。甘えん坊が二人になってしまったけど仕方がないね。
「そうだ、街でお土産を買ってきたんだけどお家に運んでいい? 大丈夫ならどんどん運び込んじゃうけど」
「お土産ですか? 大丈夫だと思いますよ」
「じゃあ運んじゃうね! お揃いのリボンも買ってきたんだー。一緒に付けようね!」
「お、お、お、お揃い……ッ!!!」
お互いの髪色に合わせたリボンにしようかと思ったけど私の茶髪色のリボンは何だかちょっと地味で可哀想だし、銀色の綺麗なリボンを二本買ったのだ。仲良しって感じでいいよね、お揃い。
荷車から手に持てるだけ持って家に上がる。
「お邪魔しまーす! あ、エリーズさんおはようございます! 街でお土産買ってきたんですけど食べ物関連はキッチンに運んでいいですか?」
「ノエルちゃんおかえりなさい。そうして貰えると助かるわー。ありがとうね」
ちゃっちゃかお土産を運ぶ。日持ちする調味料やお砂糖もたくさん買ってきたのだ。是非とも食生活の質をあげて欲しいものだ。自分家だけ美味しい物食べるのはやっぱり気が引けちゃうからね!
食料品以外のお洋服や布なんかもお家に運んでひと段落だ。
「それにしても、私たちとしてはありがたいけれど随分と買ってきたわねー」
「エリーズさんにもエマちゃんにもお世話になりっぱなしですからねー! 恩は返せる時にどんどん返さないと溜まっていく一方ですし」
貧しき日々の中、こっそりとお肉を分けてくれた事を今でもしっかり覚えているよ。恩は何倍にもして返すからね!
「そんな事気にしなくてもいいのよ? お互い様なんだから」
そうは言っても出来ることは返していきたい。そうじゃないと、いつか邪魔に思ったり引け目を感じて付き合うのが難しくなってしまうかも知れないからね。
「あ、そうだ。それと新しいお料理を開発したからそれも作りますね! キッチン借ります!」
私は勝手知ったるエマちゃん家でキッチンへ向かう。エマちゃんも気になるみたいで付いてきた。折角だからエマちゃんも一緒にやろっか!
「今日作るのはクレープです! クレープとは何ぞや、と思うかもしれないけど、簡単に言うとクレープは甘くて美味しい素敵な食べ物です。人々はそのクレープを手に入れる為に時に奪い合い、時に傷付け合った歴史があるわけじゃないけどそうなってもおかしくないくらい魔性の魅力を持ったスイーツだと思ってください」
キッチンに立った私はエマちゃんに座学でクレープの恐ろしさを教える。話を聞いて少し青ざめた表情のエマちゃんはコクコクと頷きながらも私の講義を必死に受けている。
一通りスイーツの恐ろしさを教えた後は実技の時間だ。卵を割ったり、掻き混ぜたり、一枚試しに生地を焼いてもらったり、一緒にトッピングをしてみたり……初めてのお料理教室は和気あいあいとした雰囲気でやる事ができた。生クリーム作りなんかの体力勝負は私が担当、初心者でも大きな失敗にはなりにくい事はエマちゃんにやってもらいながら遂に完成したクレープを、エリーズさんの待つリビングへ運んでいく。
「あら? 完成したのかしら? 随分楽しそうに作っていたわねー。娘が増えたみたいで何だか嬉しいわー」
「お、お母さん! 少し気が早いよ!」
エマちゃんのどこかしっくりハマらないツッコミはさておき、エリーズさんがお上品に笑っていられるのはそこまでだった。
私がエリーズさんの前にクレープのお皿をそっと置くと、エリーズさんの顔から笑みが消えた。流石はエリーズさん、この一皿を見て時代が変わった事を察したのだろう。
お菓子作りの歴史は大きなうねりを上げながら動き出した。私が強引に動かした。この村やティヴィルの街からスイーツは広がり出し、いずれこの領地全体へ広がり、それは国全体へ広がる。そしていずれは世界へと広がっていくだろう。きっとエリーズさんはそんな未来をこのたった一皿のクレープから見てしまった。
後戻りはできない。波に乗れなければ呑まれてしまうだけだ。
「エリーズさん、気が付きましたか? 数日前、私がこれを作った事で人類の未来は大きく変わりました。私が変えてしまいました。一度産まれてしまった時代のウネリはもう誰にも止めることなど出来ません。いずれは私の手を離れ、完全に制御を失ったスイーツ達が世界を圧巻する事でしょう。エリーズさん、あなたはどうしますか? 大きなウネリを前にして、目を閉じ耳を塞ぎますか? それとも私と一緒に新時代を見に行きますか?」
私はエリーズさんの前にフォークを差し出す。エリーズさんはゴクリとツバを飲み込むと、強ばった肩から力を抜いた。
「本当に恐ろしい子ね、あなたは。こんな物を見せられて背中を見せられる女性がいるとでも? 私もできる限りの手を貸すわ。これがきっと、悪魔との契約というものなんでしょうね……」
「ふふ、こんなに可愛い悪魔がいるとでも?」
「あら? 可愛いからこそ、悪魔と契約してしまうのではなくて?」
「それはどうでしょう? 人の欲に際限などありませんからね……。さぁ、新時代への通行証をどうぞ」
エリーズさんは私の差し出すフォークを受け取った。……受け取ってしまった。
「あの……お母さんもノエルちゃんも何の話ですか? お仕事の話ですか?」
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