第50話 振り回される人
檻の中から見える景色はそこまで大きく変わらない。ただ、精神的な圧迫感とでも言おうか、外に居るはずなのに凄く狭い。風を感じるし、空も見える。それなのに自由だけが感じられないのだ。
これが檻の中か。物語の妖精というのはその希少性から大抵狙われて一度は鳥籠に閉じ込められる。だけど私が入れられたのは魔物用の檻だ。せめて人間用が良かったな。
「門番さん、入ったけど鍵閉めないでいいの? 鍵閉めないと意味無くない?」
「嬢ちゃん入ったまま鍵閉められないだろ。というか随分冷静だな」
「別にギルドでシャルロットを登録するまでの辛抱でしょ? 鍵閉めないならこのまま行くかー。アレクシアさん荷車引いてー。冒険者ギルドまでレッツゴー」
「私が引くのかよ。なぁ、門番さん。悪いんだけど冒険者ギルドまで付き合ってくれないか? このままだと私人攫いだよ。あんたが一緒なら囚人の移送になる」
「仕方ないか……」
●
乗り心地の最悪な荷車と檻で運ばれながら私たちは冒険者ギルドを目指す。
「こうして私は仲間だと思っていたアレクシアさんに裏切られ、平和を守る門番さんにも裏切られ、暗い世界へと堕ちて行くのだった……。だから街では油断するなって言ったろ? そう言った時のアレクシアさんの愉悦に満ちた顔を、私は生涯忘れる事はないだろう。私に残された生涯など、もう短いのだから……」
「なぁ嬢ちゃん頼むから黙っててくれるか? 洒落にならないからな? なぁこいついつもこんななのか?」
「いつもこんなだ」
「あんたも大変だな」
「檻に閉じ込められた私は、僅かに残った力を振り絞って声を上げたが、それすら」
「ホント頼むから! 俺仕事無くなっちゃうから! ほら檻に鍵なんて掛かってませんよー! みなさーん、この子好きでここに入ってまーす!」
●
ギルドのバカデカい建物が見えてきた。
「ギルド見えてきたよ。私はこのまま待ってればいいの?」
「そうだな。取り敢えず私一人で先に事情を説明してくる。魔物の登録をお願いするって言ってこの檻は見せられないだろ? 門番さんは悪いがこいつ見張っててくれるか? 野放しにする危険性はあんたも十分理解したはずだ」
「そう……だな。ここは任せろ。ただ正直いってただの門番の俺には荷が重い。そんなに持たないだろうからなるべく早く頼むぜ、相棒」
「あぁ、すぐ戻る。だから無茶はすんなよ」
なんでこの二人は私を除け者にして仲良くなってるかな? 嫉妬しちゃうぞ。
ギルドへ入っていったアレクシアさんを見送り、私はギルド入口の横に停められた檻の中で出入りする冒険者達を観察している。多くの冒険者が私を気の毒そうに見ている。中には何かに耐えるように目線を逸らし歯を食いしばる人までいた。
そして門番さんに対してはかなり鋭い視線を向けているみたいだ。
「ねぇ門番さん、冒険者に嫌われてない? 凄い睨まれてるよ?」
「お前のせいでな! 皆さーん! この檻には鍵が掛かってませーん! 出ようと思えば出られる様になってまーす! 誰も悪い事はしてませーん!」
門番さんが皆の注目を集め始めたね。これだけオーディエンスがいるなら何かしないとね。エマちゃんとみがいた即興劇のお披露目だ。
「ねぇお兄ちゃん! ここがお外なの? 私お外初めて見た! 沢山の人がいて、こんなにも広くって、いつも過ごしてる真っ暗な地下とは全然違うんだね! 私もお母さんに認められたらお外自由に歩ける様になる?」
「スミマセーン! 誰かこの子の保護者のアレクシアって人呼んでくださーい! 私には手に追えませーん!」
即興オママゴトが出来ないようじゃエマちゃんとは遊べないぞ? そういえばエマちゃんには特に何も伝えずに街に来ちゃったし心配してるかな? 多分帰ったら暫くは離してくれないパターンだ。前門のエマと後門のシャルロットだよ。
「悪い、待たせたな。大丈夫だったか? いや、ダメだったか。半分泣いてるじゃねーか、無茶しやがって」
「……では、自分は平和な門に戻ります。二度と東門は使わない様ご協力お願いします」
門番さんは別れの挨拶もロクにしないで走り去っていった。私ももう良いっぽいしさっさと出よう。檻の扉をキィっと開けてピョンと出て伸びをする。なんか冒険者達が口をあんぐり開けてる。まぁ今はシャルロットも姿隠して妖精モードだからしゃーない。この世界の妖精って私とエマちゃんを除いたらどんな感じなんだろう? そう言えば知らないや。
会得したばかりの妖精ウォークを披露しながらギルドへ入る。一メートルくらい浮いて、ふわっと着地、ふわっと浮いて、ふわっと着地! いいね、練習の成果出てるよ!
ギルドにいるほとんどの人が私の妖精ウォークに合わせて頭を動かしてる。冒険者も、受付嬢も、カウンターの向こう側にいる事務員さんも皆仲良く同じ動きをしていて面白い。
私達は注目を浴びながら今朝と同じ受付嬢の所へ来た。
「受付さん、ただいまー。何事もなく帰ってきたよー」
「いえ、魔物の登録って言ってましたよね。それなら何事もなく、なんてことはありえませんよね」
「すまないな、あんたの予想通り何事もなくとはいってない。ノエル、シャルロット見せてあげて」
私が何か言う前にシャルロットが自分から光を纏って姿を表した。さっきまでいなかったキラーハニービーが私の背中に現れた事で、注目していた冒険者達の中には武器を抜く者が現れた。練度が良いから武器を抜くのが速いのか、逆に状況判断が遅いから咄嗟に武器を抜いてしまったのかはわからないが、一人が抜けばそれに釣られるように武器を抜く者が後を絶たない。シャルロットもピリつく空気の中、冒険者達に対抗するようにゲロ魔法を羽から出しながらガチガチと威嚇している。
一触即発の空気ってやつだね。
「この子はシャルロット、私の新しい家族だよ。こちらからは何も危害を加えないから冒険者さん達は武器をしまってくれる?」
私もそう言いながら臨戦態勢だ。アレクシアさんとシャルロットを護れるように魔力を相当量練り込んでいる。もし攻撃してくるようならソイツの持ってる武器防具全部を修理出来ない程ぐちゃぐちゃにしてやる。
最初から武器を出していない強そうな人達は敵対する気はないらしく、両手をヒラヒラと振っているし、武器を出してしまったそこそこ強そうな人達は多分私を守ろうとしたんだろう。私の呼び掛けに応えるように武器をしまってくれた。
問題はヘッポコな釣られて武器を出した人達だ。魔物が目の前にいるから武器を仕舞うに仕舞えなくなってしまったみたい。私だって武器出してる訳じゃないから仕舞えないし、シャルロットに姿隠して貰っても、これで安心ですねとはならないでしょ? 落とし所が見付からないね。
そんな事を考えていると、事務員さん達の奥にある階段から誰かが降りてきた。
「貴方達止めなさい。その子は敵じゃないわよ。ごめんなさいね、良ければ私の部屋で話しましょ? アレクシアも久し振りじゃない」
「あぁ、アンタか。確かに久しぶりだなぁ。まだこのギルドでギルマスやってたのか? 確か私が登録した時は既に」
「お黙り」
アレクシアさんと話始めたのは綺麗な金髪のスラリとしたエルフの女性だ。マーメイドラインの赤いドレスを身に纏っていて、細身のスタイルがクッキリと浮かんでいる。すごく似合ってはいるが、ここが冒険者ギルドである以上場違い感が半端では無い。それはパーティーで着る服だ。
でもアレクシアさんが言うには彼女がギルマスだから、言ってしまえばこの場では彼女が一番正しいのだ。つまり間違っているのは私達か? 私はアレクシアさんに小声で話し掛ける。
「アレクシアさん、私達もドレスを買いに行かなきゃ。多分本当はこのギルドのコンセプトはカクテルパーティーか社交ダンスだったんだよ。だけど誰も合わせてあげないからギルマスだけ浮いてるみたいになっちゃって、可哀想だから私達だけでも合わせてあげよう? アレクシアさんだって嫌じゃない? 久し振りに皆で会おうなんて言うから結構気合い入れてオシャレして行ったら、皆凄いラフな格好してたらどうする? ギルマスは毎日そんな気分で」
「何着てても良いわよ! 私だって好きでこの格好してるんだからほっといて頂戴!」
聞こえちゃったみたい。エルフ耳恐るべし。
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