第48話 妖精、羽を手に入れる

 口から大量に吐き出した虹色のキラキラというのは乙女的比喩表現ではなく、本当にキラキラの光を壊れた蛇口みたいに出してるのだ。オロロロローって!


 吐き出したキラキラは地面にぶつかると、まるでケムリのように掻き消えていく。それでもマーライオンの様に無限に口から吐き続ける女王蜂を私達は見守ることしか出来なかった。


「ご、ごめんね? 遠慮しないでいいよって良かれと思って沢山あげたんだけど消化しきれないよね? 一度全部吐いちゃいな? また後であげるからさ。背中擦る?」


「お前は鬼か? もう二度と食べたくないだろ。な、なぁ、なんかソイツの身体光ってないか? ゲロと同じ色に光ってないか?」


「アレクシアさんってホントデリカシーないよね。女王蜂なんだから女の子だよ? その女の子に向かってお前の身体ゲロまみれだなって普通思ってても口にしないよ?」


 私だって女王蜂の身体が光出したのは気が付いていた。でもプールに水張るみたいな勢いで吐いちゃってるんだから、そりゃ身体にも付いちゃうって。そういう反応ってかなり傷付くんだよ? 汚いと思われたくないとか、嫌われちゃったらどうしようとか考えちゃうものなんだよ?


「大丈夫だよー。汚れたって綺麗に洗えば良いんだから。ま、まだ終わらないの? ホントに大丈夫?」


「お前どんだけ魔力流し込んだんだよ。あんま魔力の事とかわかんないけど、よく破裂しなかったな。あーいや、手遅れだったか?」


 アレクシアさんが破裂とか言ったからか、女王蜂の身体から虹色の光が溢れ出てきた。これ完全に爆発する時に漏れてくるアニメ的光じゃん。


「た、退避ー」


 周りでオロオロしながら事の成り行きを見守っていた他の蜂達も私の合図に合わせて全力で離れ、各々が木の裏に隠れた。


 身を隠した木の影からそぉーっと覗いてみる。一際強い光を放った女王蜂は、身体から溢れ出た虹色の光に包まれて姿が見えなくなってしまった。まるで光の繭だ。


 その虹色の光は次第に小さくなって、中からは無事な様子の女王蜂が姿を現した。無事よね? 何か昆虫特有のカクカクした感じが少し薄れて、全体的に丸みを帯びたように見えるけど無事だよね? 若干キュートさが増した?


 私とアレクシアさん、そしてハチ達は顔を見合せてからゆっくりと女王蜂に近付いていく。


「もう具合悪いの治った……? 出した分魔力食べる……?」


「もう勘弁してやれ」


 女王蜂はそう問い掛ける私を見ると、今まで見た誰よりも速いスピードで突っ込んできた。私も思わず反撃しようと身構えてしまったが、怒らせてしまった原因は私だし、一発くらい攻撃を受けるのが筋だろうね。受け止めてあげるからかかって来なさい。私は両手を広げて女王蜂の突進を待ち構える。ただし、身体強化はマシマシだ。怖いからね。


 女王蜂は羽から虹色のキラキラを出しながら更に速度をあげて私に飛び付き、そのまま上半身にしがみつく様に張り付いた。


「アレクシアさん、この子食いしん坊だ。また魔力食べ始めたよ」


「マジかよ……。あんだけゲロ吐いたら普通はもう懲りて一週間は酒飲まないぞ?」


 喉元過ぎればなんとやら、だね。私の魔力がよっぽど美味しかったのかモゴモゴと食べてる。どうせ食べるなら遠慮せずドーンといけ? 口開けてー。


「おい、ノエルの指は勘弁して欲しいみたいだぞ? 自分のペースで食べさせてやれ。……なんだかノエルと一緒にいると魔物も生きるのが大変だし、一生懸命生きてんだなって実感するよ。ぴょん吉とかあのウルフとかもさ」


 せっかくまた指突っ込んで流し込んであげようと思ったのに口閉じてイヤイヤって頭横に振るんだもん。失礼だよ。


 働き蜂達も落ち着いた様子で作業を再開した。さぁ早く私の蜂蜜を持ってきてね。





「これで当初の予定通り蜂蜜の入手が出来るね」


 働き蜂達が蜂蜜を出荷してくれるのを待ってる間、何処か遠い目をしているアレクシアさんに話しかけた。なお、未だに女王蜂は私に張り付いたまま口をモゴモゴさせている。


「そうだな。これが採取クエストだったら後はギルド戻って納品して終わりだ」


「納品なんかしないけどね。帰ったら特製キラーハニービーの蜂蜜を掛けてパンを食べてみようよ。シンプル故にどれだけの力があるのか一目瞭然だよね」


「いいねぇ、今から楽しみだ。お、どうやら終わったみたいだぞ?」


 働き蜂達がたっぷり蜂蜜を入れたビンを抱えて飛んできてくれた。やっぱり魔物だからかパワーが違うよね。自分と同じくらいの大きさのビン抱えて飛べるんだもん。


「ありがとう。君たちも魔力いる? あ、要らないですかそうですか」


 そんな必死になってイヤイヤしなくてもいいじゃない。私は貰ったばかりの蜂蜜をバッグにしまってから彼らに手を振り別れを告げた。これで用事も済んだし、後はティヴィルの街へ帰るだけだ。キラーハニービー達、お世話になりました。少なくなったらまた来るねー。


 


 森から出るためにのんびりと歩きながらアレクシアさんに話し掛ける。


「ねぇねぇ、帰ったらギルドの受付嬢とサラさんに蜂蜜自慢しようよ」


「なんて自慢すんだ? 襲撃して、蜂蜜九割寄越せと脅して、言う事聞かなかったから女王蜂の口にゲロ吐くまで魔力流し込む拷問したら分けてくれたよって言うのか?」


「人聞きの悪い言い方しないでよ。襲撃じゃなくて近付いただけだし、最初に無理な要求をするのは交渉術だし、魔力は今でも食べ続けてるから拷問じゃないもん」


「確かにそれなら拷問と言うより薬漬けってところか? というか待て、今でも食べ続けてってノエル連れてきちゃってねーか? 女王誘拐してね?」


「ホントだ連れてきちゃった。ほらー、女王蜂ー。いつまでも食べてないでおうち帰りなー。……イヤイヤじゃなくて帰りなって。ねぇアレクシアさん、この子帰らないんだけどどうする?」


「どうするってそんなこと言われても……」


 女王蜂は私が引き剥がそうとしても、アレクシアさんが引き剥がそうとしても、必死にしがみついてイヤイヤと首を振るばかりだ。


「もう諦めて連れて帰るか? そんだけ懐いてるのに無理に引き剥がすのは少し可哀想に思えてきたぞ」


「魔物って勝手に街に入れていいの?」


「良くは無いが」


 私とアレクシアさんの視線が女王蜂へと刺さる。女王蜂は話の流れで引き剥がされると思ったのか、またしがみついてイヤイヤだ。この子にはこれしか抗議する手段がないからね。


「そうだ、私にいい考えがあるよ。ねぇシャルロット、あなた私の正面じゃなくて背中にくっ付いてくれる?」


 女王蜂改めシャルロットは頷き返すと、キラキラの光を出しながら飛んで背中に張り付いた。これならきっといけるはず。私の背中に羽が付いたんだよー。


「じゃーん、どう? これで妖精らしさマシマシじゃない?」


「正直に言っていい? 虫型の魔物に捕まった子供にしか見えない」


 アレクシアさんからどう見えているかよく分からないけど、どうやら私のイメージする背中に羽の生えた美少女にはなってないみたい。シャルロットデカイから私からはみ出してるし、脚とかしっかりお腹側まで来てるしなぁ。


「ねぇ、シャルロット。あなた得意の虹色ゲロ魔法で自分の姿隠せない? 光の屈折をこう、いい感じに利用してさ、こうなんか、反射? ゲロゲロキラキラーな感じでさ? 出来ないかな?」


「言ってること少しも理解できないし、何から言えばいいんだ? シャルロットってのは女王蜂の名前か? あと虹色ゲロ魔法が得意なのはノエルな? シャルロットはその魔法の被害者だ」


 シャルロットは少し悩みながら羽を動かして虹色の光を放ち始めた。


「お? マジか? さっきのノエルの意味わからん説明でシャルロット見えなくなったぞ。まだしがみついてるよな? シャルロットの形に森が透けて見えるからノエルの体エグれたみたいになってるぞ? それで正解か?」


 正解なわけないでしょ。魔物連れてきた美少女から魔物型に身体エグれた美少女に変わってなんの意味があるんだ。


 その後暫く私とアレクシアさんがあぁでもないこうでもないとシャルロットに指示を出し続けること約一時間。シャルロットは遂に綺麗に自分の身体を透過させることに成功した。


「よし! じゃあ最終チェックだね。シャルロット姿消して!」


 私の合図に合わせてすーっとシャルロットは羽だけを残して姿を消した。


「どう? これで妖精モード出来てる? 出来てる?」


 私はクルッと一回転してからポーズを決める。背中側で手を組み、右足だけ斜め前に出して爪先を上げ、上半身も少しそちらへ倒す。


「すげーな! それっぽく見えてるぞ! 羽が背中からちょっと離れてるのが気になるが十分だ!」


「シャルロットやったね。これで心置き無く街に帰れるね。」


「いや、待て。つい一緒になって盛り上がっちまったが街に魔物を入れていいかは別問題じゃないか?」

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