第44話 新しい朝が来た

 一人を除いて機能停止してしまった果て無き風の面々を食堂に放置したまま、私たちは服を買いに古着屋へとやってきた。この世界では裕福な人や貴族を除いて大体の人が古着を買って、それを補修しながら使っている。村でも誰かのお下がりや、行商人が持ってくる古着なんかを着ているね。全国の村に代々村に伝わる、由緒あるワンピースとかあるのかな? あの子もこれを着る日がくるなんて……みたいな。


 まぁそんな話はさておき、着た切り雀の私たちは今古着屋さんで服を見ている。私もアレクシアさんもアクティブに動くタイプだからスカートやワンピースじゃなくて、ほとんどパンツスタイルだね。


「なんでもいいか?」


「うん、冒険者っぽいやつならなんでもいいや」


「冒険者っぽいのは防具であって服はほとんど普通だぞ。一流は服も戦闘用だけどな」


 売っている古着もあまりオシャレな物がないから正直この買い物はテンションが上がらない。誰かが古着を買って、着られなくなったら古着屋に売ってが繰り返された歴戦の古着たちは考え方によってはヴィンテージだ。いや下手したらアンティークだね。言葉を選ばずに言うとヨレヨレな感じです……。


 村の人が服を買う場合の判断基準はオシャレかどうかより、出来るだけ新し目で丈夫そうな物。私は服を買うなら気に入った物が買いたいけど、それを言ってしまうと何も買えなくなっちゃうからアレクシアさんに任せる事にした。


 少しの間待っているとアレクシアさんは自分と私の分を何着か見繕って私の所へやってきた。アレクシアさんは少し不満気だけど、一応護衛と案内をお願いしている身だからお金は私が払う事にしている。たまに友達だからタダでやってよみたいな人がいるけど、長く付き合っていきたいならこういうのはキッチリしといた方が良いと思うよ。


 買ったお洋服を持ってきたカバンにしまう。古着屋を出ると、もう日が傾き始めていた。さっき六の鐘が鳴ったから夜には閉めるお店はもうそろそろ閉店準備を始めるんだってさ。一の鐘から朝が始まって、六の鐘で日中が終わるみたい。それから夜の時間が始まって、夜も一の鐘から始まり六の鐘で終わる。流石に皆が寝静まった夜の鐘は控えめに鳴らすらしい。どうりで私は気が付かないわけだ。


「夕飯はどうするー? テキトーに作ってもいいけど」


「いや、今日は朝から動きっぱなしだし、ノエルも疲れただろう。どこかで軽く食べよう」


「それなら美味しい所がいいな! 昨日みたいに香辛料マシマシは私の口には合わないからさぁ……」


「あれは正直不味かったな。金持ちはああいうのが好みなのかね。今から向かう所は冒険者やってた頃よく行った店だから香辛料マシマシじゃないぞ。むしろ安いから薄味だ」


 それはそれでどうなんだと思いながらアレクシアさんおススメの店で夕飯を食べた。言っていた通り、値段は凄くリーズナブルでその分調味料があまり使われてなくて全体的に薄味。村の食事と大差がない慣れ親しんだ味だったね。薄味と濃い味で街の食事事情は凄く極端だ。丁度いいくらいの味付けがあれば良いんだけど、街にそこまで長居するわけでもないし自分たちで作って我慢が正解かな?


 宿に戻ると果て無き風の面々はいなくなっていた。食堂が機能してないのに食堂にいたんだから彼らもこの宿の利用者なんだろう、また会う事もありそうだ。私はマリーさんに上げる用と、自分のおやつ用に簡単なバタークッキーを沢山作って、それから少しあれな服を何度か洗ってから眠りについた。


 翌朝鐘の音で目を覚ましてみると、アレクシアさんはもう部屋にいなかった。これ鐘の音で目が覚めたとしてもボケっとしてる寝起きの頭では鐘が何回鳴ったかなんて数えられないぞ……。先ず数えようという発想にすら至らないまま鳴り終わったよ。


 朝ご飯は手軽にフレンチトーストでも作ろう。使う食材を持って厨房へ向かう。ささっと卵と牛乳と砂糖を混ぜて、混ぜ合わせた卵液をパンがしっかり吸うまで放置だ。その間にフライパンにバターを乗せて温める。バターの焼ける匂いだけで既に美味しそうだよ。やっぱり何の料理をするにしても、乳製品と卵は必須だよね。村に持ち帰っても、日持ちする時間を考えればずっとは使えないしどうしたもんかね。十分卵液を吸ったパンをフライパンに入れて、蓋をしてゆっくり蒸すように焼いていく。両面焼いたら砂糖、ハチミツかけて完成だ。


 二人分のお皿を持って食堂へ向かう。アレクシアさんがどこにいるか知らないか受付のお婆ちゃんに聞いてみたら裏庭で身体を動かしているそうだ。言ってくれれば私もやったのにと、いつまでも寝てた自分を棚に上げてアレクシアさんを呼びに裏庭へ向かう。


「おーい。朝ご飯出来てるよー」


「起きてきたか。料理任せっきりで悪いな」


 二人で食堂へ戻ると、私がテーブルに置いたままにしていたフレンチトーストをイスに座って見つめる人がいた。サラさんとニーナさんだ。彼女たちももう後戻りできない程に甘い物に魅了されたんだろう。甘い匂いに誘われて集まってしまったみたい。私たちはおはようとだけ声をかけて、フレンチトーストを食べ始める。


 しっかりと卵液を吸って柔らかくなったパンはナイフなんかいらないくらい簡単に切る事ができた。外はふんわり、中はしっとりと作ることが出来て結構満足なクオリティだ。アレクシアさんも口に合った様で無言で食べている。朝から甘くて幸せな味がするー!


「横着しないで生クリームを乗せればよかったかな? それとジャムとか」


「今のままで滅茶苦茶美味いぞ。でも今度は是非それで作ってみてくれ。味見ならいくらでも付き合う」


 アレクシアさんは食い気味に返事をする。流石に横二人の視線がウザくなってきた……。視線がずっとフレンチトーストなんだよ。口へ運ぶと視線も一緒に付いてきて、そのまま食べると少し悲しそうな顔をするのだ。卵液はまだ残っているから作ることはできるけど、無償で上げるのもなんだかなぁ。


「ねぇ、サラさんとニーナさん。これフレンチトーストって言うんだけど、作ろうと思えばすぐ作れるんだよ。……今ならね。だけど私たちはこの後出かけるんだー。……私が言いたいことはわかりますよね?」


「対価ですか」


「話が早くて助かります。面白い話だったり、貴重な情報だったり何かしら貰えたら作りますよ! あ、お金ってのはナシね!」


「ニャーが話すニャ! とっておきの話があるニャ!」


 ニーナさんが興奮気味に一生懸命挙手をしてる。サラさんはまだ悩んでるみたいだし、ニーナさん、行ってみよう! 私はニーナさんにお願いしますと話を促した。


「えっとニャー達猫獣人族は喋ってるとニャって付くんニャけど……これ実際の所は猫獣人族に伝わる処世術で、単純に他種族からウケがいいんだよね。だから全然普通にも喋れるんだけど、敢えてそういう喋り方をしてるの。まぁずっとそうだから今じゃ癖みたいなモノなんだけどね! どう? これで私もフレンチトースト貰える?」


 ……むしろあげたくなくなったわ。知りとうなかったよ! そんなの! もう二度と純粋な気持ちで猫獣人の人と喋れなくなっちゃったよ! ニャーに任せるニャーとか言われても、『あ、お疲れ様でーす』みたいな対応になっちゃうわ!


「アレクシアさん、どうする……?」


「あげて。もう二度と喋らないように口を塞いで」


 ニーナさんフレンチトーストゲットです。


「私もいいかしら? 中々手に入らないんだけど、普通の蜂蜜よりキラーハニービーって魔物が作る蜂蜜の方が断然美味しいの。そして近くの森でキラーハニービーが目撃されたって情報が昨日ギルドに報告されたそうよ。……どうかしら?」


「素晴らしい! 今すぐフレンチトースト作るね! 出来るまでサラさんはこれ食べてて! ニーナさんにはあげちゃダメだよ。ニーナさんは反省しててください」


「そんニャー……」


「あ、お疲れ様でーす」


 私はサラさんにバタークッキーをあげて厨房へダッシュした。今日は元々冒険者ギルドで登録をする予定だったけどその先のスケジュールまで決まったぞ! キラーハニービーとかいうちょっとヤバそうな奴から蜂蜜を取り返すのだ! 甘い物は私の物だ! つまりその蜂蜜も私の物だ!

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