第43話 甘いものに支配される者たち
ノンデリ男改め、グスタフさんはオデコを擦りながら説明を続ける。
「まぁ俺みたいに魔力に敏感な奴がいるんだよ。魔力量が全てとは言わんが、強い魔物は総じて内包する魔力量が多い。その魔力の気配で強弱を見極めるって訳だ。そして嬢ちゃんは見た目に反して魔力が桁外れに多い、そうだろ?」
そうだろって言われても人と比べた事ないから知らないが。というか魔力って人によっては見ただけでわかるものなの? それだったら私村から出ないで引きこもるのが正解だったんじゃ……? ちらっとアレクシアさんに確認の目線を送ってみる。
「わかる奴もいるってのは本当だな。村で言えば神父様がそうだろう? 私だって何となくってレベルでなら感じ取れるしな」
「そういうこった。その身なりでバカげた魔力を内包してるんだ、俺はお前が妖精だったとしても驚かんさ」
箱入り娘の私の知り合いに二人もいるって普通に結構いるじゃんか! 思い返してみれば神父様も私が初めて魔法を使って気絶した時、状況と魔力量で気絶した原因が分かった的なこと言ってたっけ。それならどう内緒にしてたって魔法使いってバレちゃうよね。でも私の場合は魔力量が多いからバレるわけで、魔力を鍛えなければバレるリスクもほとんどなかったのかな? もう手遅れだわ。お母さんが使うなって言ってたのはこれも関係してたりして。
私はそっとシチューをよそってグスタフさんに出してあげる。余ってるからね。うん。妖精からのプレゼントだよ。ウマウマ言いながら食べるグスタフさんは放置して他の人たちにも目を向ける。
「挨拶が遅くなって悪いわね。私はサラ、冒険者パーティー果て無き風の弓術士よ。よろしくね、妖精さん」
そう言ってウインクをしたのはモカブラウンの長い髪をポニーテールにした細身の女性、サラさんだ。サラさんは後衛職だからか革製で急所だけを金属で補強した鎧とグローブを付けている。金属鎧もカッコいいけど、革製の鎧は渋さがあってカッコいいよな。サラさんにもシチューをよそってあげる。妖精からのプレゼントだよ。たんとお食べ。
「ニャーはニーニャだニャ!」
ニーナなのか、ニーニャなのか不明だがニーナさんは黒髪の前下がりボブに可愛い猫耳が付いてる。後でしっぽと耳を触らせて貰えないかな? サラさんと同じような軽鎧を着て、腰には二本の短剣がつけている。素早さを売りにしたスカウトとかそういうのなのかな?
「…………ミゲル」
グスタフさんと同じで大柄でハーフプレートメイルに腰に剣を付けた寡黙なミゲルさん。きっと攻撃職なんだろうな。でも大柄な見た目でハーフプレートメイルまで一緒ってさ、
「グスタフさんとペアルック? 仲良しだね」
「…………」
「……そっか」
気まずい。気を取り直して。
「わ、私はノエル! 七歳で、可愛いってこと以外は至って普通の女の子だよ! よろしくね! それでこっちはご存じアレクシアさん!」
知り合いだから改めていう事もないのか、アレクシアさんは手をひらひらと振るだけに留めた。それでこれって一体なんの集まりなの? 他にも空いてる席はいっぱいあるのに態々私たちのところに来ちゃって。
「皆さん集まってアレクシアさんに何か用事でもあったの?」
「いや? 特にないぞ? 久しぶりに見かけたら何か美味そうな物食ってたから話しかけただけだ。もう食ったから用なしだな! ガハハハッ」
「ごめんなさいね。あいつ脳筋だから……気を悪くしないで貰えると助かるわ。……あ、あら? ノエルちゃんどうして私の食器を取り上げるの?」
おい、脳の筋肉鍛えて何が悪い。溜息を付きながら謝るサラさんから食器を取り上げてミゲルさんの前に置く。無言のミゲルさんがちょっとだけ嬉しそうに見えるのはきっと間違いじゃない。不愛想には見えるけど悪い人とか嫌な人ではなくて、たぶんコミュニケーションが苦手なタイプだな。こういう人って話しかけると内心では結構慌ててたりするんだよねー。それではわわーってなった結果一言しか返せなかったり。
「そうでしょ? ミゲルさん」
「……うむ」
ほらね。特に用事もないみたいだし、旧友達の再会に私は必要ないだろうから厨房に行ってくると一言だけ告げて席を離れた。私はお待ちかねのデザート作りに取り掛かる。
お菓子作りに重要な軽量は残念ながら出来ないから目分量になってしまう。軽量カップとかスプーンって特注で作って貰うとしたらどうやって作ればいいんだろう? 大匙一杯用のスプーンが欲しいですって言ってもわからないでしょ? 15グラムって言って伝わる? その辺りは追々考えていこう。ボウルに小麦粉、砂糖を入れてかき混ぜる。そこに牛乳と卵も入れて良く混ぜる。生地はお手軽にこんな感じでいいでしょう。
次は生クリームだ。念願の生クリームだ……! 前世友達がダイエットをすると言うから一緒に走ったことがある。当時の私は走ることが日課だったから全然苦痛ではなかったが、その友達には辛く厳しい物だったらしい。そんな彼女はゼーハー呼吸を乱し、何かを囁きながら一生懸命走っていた。私は彼女の囁きが気になり、耳を傾けてみた。すると彼女は『終わったら生クリーム』とひたすら囁きながら走っていたのだ。ダイエットをする為に頑張って走る彼女は、頑張った自分へのご褒美として生クリームを用意していた。それだけ生クリームというのは人を狂わせる狂気の甘いものだと私は知っている。それを私はここで作るつもりなのだ。
責めたければ責めろ。だが私は引かない。
私は濡らした布巾をボウルに巻き、そこに生クリームと砂糖を投入した。本当だったらしっかり冷やしたり、氷水を用意したいが流石に用意できなかったから仕方がない。滑らかさやホイップ感が減ってしまうけどそこは今は我慢するしかないのだ。後はあらん限りの身体強化をしてただただ、混ぜていく。空気を含ませるように混ぜていく。
完成したホイップクリームはやはりどこか緩くて満足のいく出来ではないけれど、それでも今の私にはきっと涙が出るほど美味しい事だろう。フライパンで薄く焼いた生地に、沢山のイチゴとモコモコに膨れ上がるほどホイップクリームを乗せる。更にイチゴのジャムもかけるのを忘れない。クリームが緩いから手に持てそうにないけど、それだって悪い事ばかりじゃない。折りたたんだ生地の上に砂糖を振りかければ十分美味しそうに見える。淡い粉雪が降り注いだクレープ様は、女性を魅了する魔性の化粧を施されていた。人を陥れる悪魔はきっとこんな姿をしていたのだろう。
これを食べればきっとアレクシアさんも生まれたことに感謝し、そして私を崇め奉ることでしょう。
完成した二皿のストロベリークレープ様を慎重に、慎重に持って食堂へと戻る。さぁ新時代の幕開けだ。今までの甘い物とは立っているステージが違う、本当のスイーツという物をご正味あれ!
私はまるで結婚式場に入場する新婦のように、一歩一歩足を揃えながらアレクシアさんの所へ向かう。アレクシアさんも私の尋常ならざる空気に、何やらただ事ではないと思ったのか張り詰めた空気を醸し出し始めた。
私はアレクシアさんの前にそっとストロベリークレープ様を置き、自分の席に座る。アレクシアさんはすぐに手を付けようとはせず、ただじっとクレープ様を見つめている。
「嬢ちゃんなんかうまそ――」
「黙れ、今の私たちに話しかけるな!」
「グスタフ、ちょっと空気読みなさいよ」
神聖なる儀式の邪魔をする邪教徒のグスタフさんを黙らせ、私はアレクシアさんに合図を送る。
「信徒アレクシアよ、心して召し上がれ。これは私からあなたへの感謝の印だ。街まで付き合ってくれてありがとう。世話をかけるな」
「はい。有難く頂戴します」
ナイフとフォークを使ってこの美しいクレープ様を汚さない様、器用に食べようとするが、溢れんばかりに入れたホイップクリームはナイフを入れる度にドンドン溢れてしまう。もしこれが一枚の絵画だとすれば、私はこの絵に幸福の暴流と名付けるだろう。出来るだけ多くのホイップクリームと、イチゴ、ジャムを乗せてフォークで食べる。いただきます。
……脳が痺れる様な多幸感が全身を駆け巡っている。これだ、私はこれを探し求めていたのだ。この日の為に生まれてきたのだ。今日までの沢山の苦労が走馬灯のように脳裏に過ぎる。思えば遠くまで来たものだ。アレクシアさんも私と同じように人生の旅路を再体験してるのだろう。そう思い、アレクシアさんの方を見てみる。
……ダメだったか……。アレクシアさんは初めて経験した生クリームの暴力の前に、為す術なくやられてしまったようだ。口いっぱいに生クリームを頬張ったまま、白目を向いて気絶している。その顔はどこか緩んでいて、女性が人様に御見せしていい顔じゃない。生クリームによる窒息死という大変名誉な死に方をするのはまだ早すぎるよアレクシアさん。
「アレクシア! しっかり意識を保ちなさい! 大切な人の事を頭に思い浮かべるのです。あなたにも帰りを待つ者がいるのでしょう?」
私は声を張り上げて喝を入れる。何とか意識を取り戻したアレクシアさんは、今度は飲まれまいと必死になって堪えている。そうだ、それでいい。生クリームを前に半端な覚悟で立つ方が間違っているのだ。覚悟がなければ、生クリームに脳をやられた嘗ての友人のように亡者になってしまうぞ。
私とアレクシアさんはほぼ同時にクレープ様を完食した。今日ここに神の食べ物が生まれたのだ。教会へ奉納する事も視野に入れなくてはならんな! アレクシアさんは幸福感が表情からあふれ出ている。今は余韻に浸っているんだろうからそっとしておこう。
「な、なぁ。こいつら一体何やってんだ? なんで命がけで飯食ってんだ?」
「……私にはわかるわ。あの一皿にはそれだけの価値があると、私の乙女心が囁いているの」
「ニャーにもわかるニャ。きっとあれは足を踏み入れたら二度と戻れないのニャ」
「いやお前ら乙女って歳でmフガア」
邪教徒が余計な事言って顔を殴られた。そもそも邪教徒のグスタフは間違っている。食とは命を頂く事だ。それ即ち命のやり取りに他ならない。我々人類は忘れてしまったのかも知れないが、自然界は食うか食われるかの弱肉強食の世界だ。だから命をかけて飯を食うのは何もおかしな事ではないよ。それが生クリームであればなおさらだ。それを理解しているサラさんとニーナさんには甘い物が辿り着く未来を見せてあげよう。
私は一度厨房からホイップさせた生クリームのボウルを持ってくる。それをスプーンで搔き集めて、すくってからサラさんの顔の前に持っていく。
「甘い物に忠誠を誓いなさい。さすれば新たな扉、開かれん」
「ち、誓います」
サラさんが開けた口にスプーンをそっと入れてあげる。あーん。サラさんは加えたスプーンを一切離すことはなく、ずっと口に含んだまま意識を朦朧とさせている。スイーツですらない、生クリームの直舐めでもこうなってしまうとは恐るべし生クリーム様。
さて、次は君の番だよニーナさん。
「甘い物に忠誠を誓いなさい。さすれば新たな扉、開かれん」
「ち、誓うニャ! 足も舐めるニャ! だからニャーにも――」
これ以上余計な事を言う前に、スプーンを口に突っ込む。ニーナさんも意識を朦朧と……ってあれ? この人だけなんか反応が違う。瞬きもせず、何処を見ているかわからない眼差しで一心不乱にスプーンをペロペロ舐め続けてる。皆とは違う初めて見るはずの反応なのに何故か既視感が……。
……あ、これわかった。ちゅ〇る上げたときの猫の反応と一緒だ。
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