第41話 新しいお宿と新しい出会い

 荷物は一旦店の前に置いたまま、監視役にアレクシアさんを残して私は宿に泊まるための手続きをする。店内は入ってすぐ左に受付があり、一階が食堂だったのかテーブルと椅子が所狭しと設置されている。受付にはお婆ちゃんが座っているね。マリーさんが言ってたこの宿の人かな。


「すみませーん。取り敢えず二人部屋を一泊お願いしたいんですけど大丈夫ですか?」


「構わないよ。親はどこだい?」


「今外に荷物があるからそれの見張りしてるよー」


「じゃあ嬢ちゃんに説明しとくか。ウチは素泊まりだ。だから食事は出ないし、何も出ない。全部自分たちでやってくれ。あっちにある厨房も勝手に使って構わないよ。それでも良ければ二人部屋なら銀貨八枚だ」


 私は銀貨八枚をポケットから取り出して支払い、お婆ちゃんから鍵を受け取った。さっきセラジール商会で両替してもらっといて良かったね。私は一旦宿を出て、外にいるアレクシアさんに声をかける。


「お待たせ―。ちゃんと部屋取れたから荷物入れよ! 階段上がってすぐだってさ」


「了解。んじゃまぁ取り敢えず軽そうな物をノエルは運んでくれ。周りの目を気にしろよ」


「はぁーい」


 あ、危なかった。言われなかったら担げるだけ担いで一気に沢山運ぶつもりだったよ。でも先ずは厨房ですぐに使う物とそうじゃない物に分けよう。取り敢えず今から作ろうと思っているのはハンバーグ、クリームシチュー、デザートにはクレープだ。使いそうな食材だけ除けてっと。


「態々分けてるのはなんだ?」


「これ? こっちはお昼ご飯作るのに使うの。そっちは今は使わないかな」


「じゃあ私が片付けとくから料理はノエルに頼むわ」


 そう言ってアレクシアさんはスタスタ荷物を運び始めた。私多分手料理をアレクシアさんに振舞った事ないのに勇気あるね! 普通七歳の子供に料理任せないでしょ。私もその信頼に答えるように、美味しい料理を作りましょ!


 受付のお婆ちゃんに厨房借りるねと一声かけてから食材を運び込む。厨房はかなり広く作られていて、清掃も行き届いてるみたいで綺麗だ。店で使っていたころは食事にもかなり力を入れていたんだろう。ここにも蛇口魔道具が設置されている。街では一般的なのか、それだけ厨房にお金をかけたのかわからないけど、水が好きに使えるのはありがたい。まな板とか頻繁に洗いたいしね。


 先ずは煮込むのに時間がかかるシチューから作ろうかな。ジャガイモ、タマネギ、ニンジン、鶏肉だと思う肉をテキトーな大きさにカットしてから塩コショウしてお鍋で炒める。タマネギに十分火が通ったら小麦粉を入れてまぜまぜするのだ! 次に良い感じに小麦粉も溶けたら牛乳と水も入れて再びまぜまぜするのだ! ある程度混ざったら、ここで顆粒タイプのコンソメをさっと……入れたいんだけど、コンソメなくね? まぁ、なければ鶏がらスープの素を……それもなくね? ない物はしょうがないね……。どうせ食べるのは私とアレクシアさんだしね。とろみがつくまでまぜまぜしたらじっくり煮込んでいこう! 後で塩コショウで整えれば取り敢えず完成だね。


 クリームシチューをじっくり煮込んでる間にハンバーグを作ります! みじん切りにしたタマネギをフライパンでしんなりするまで炒めてから放置。次に豚とも牛とも微妙に違う何かの肉をミンチにして、卵、牛乳、パン粉代わりに削った固いパン、塩コショウとさっきのタマネギを入れたらぐちゃぐちゃに混ぜる! 混ぜて作ったタネを空気を抜きながら私用に大きく成形したタネと、アレクシアさん用に成形したタネの二種類に分ける。何で真ん中へこませるのかわからないまま、真ん中をいつも通りへこませたらフライパンで焼いていきます! ある程度焼けたらお水を加えて蒸していきます! そして出来たらデミグラスソースの缶を……デミ缶なくね? なければまぁケチャップとソースを……なくね? 私ソース作れないけど?! 焼いた肉の塊じゃ味気ないじゃんどうしよう!


「お、めっちゃ美味そうな匂いするじゃん。ロビーの方まで匂いしてたぞ」


「あ、アレクシアさん! 私お肉用のソース作れない! どうしよう! 味気ないお肉になっちゃう!」


 アレクシアさんが片づけを終わらせたのか厨房に顔を出した。こういうソースとかって前世では当たり前に醤油とかソースとか、最悪それ用に完成されたなんちゃらソースとかを使ってたから全然作れないよ。やっぱ人並程度の料理力だとこういうのが限界だよね……。


「私だって作れないぞ? なら買ってくるか」


「売ってるの?」


「いや? たぶんない。だから串焼き屋の屋台に売ってもらおう!」


 ……こいつ天才か! 売り物じゃないヤツを買うって発想が私にはなかったよ。さっそく串焼き屋に行ってくると言って出ていったアレクシアさんが戻ってくるまで、デザートの用意をしておこう。


 小麦粉と砂糖を混ぜて牛乳を少し加えてダマにならないように混ぜる。ふるいがあれば良かったんだけど、なかったから仕方ないよね。もしかしたらダマになったりざらつきが出ちゃうかもなー。卵も入れて混ぜ、更に牛乳も加えてよく混ぜる。この混ぜるのも泡立て器みたいなヤツ欲しかったな。特注しようかな? 取り敢えずここまで準備しておいて、続きは食後かな?


「待たせたか? 串焼き屋の親父がさぁ中々売ってくれなくてな。冒険者カード見せたら売ってくれたわ。これでいいか?」


 そう言ってビンを渡される。別に良いけど大丈夫か? 冒険者カード見せてって実質脅してないか? 私しーらない! ハンバーグとソースを温めてはい完成!


「いつものパンとクリームシチューとハンバーグの完成です! じゃあアレクシアさん持ってってー」


 アレクシアさんがお昼ご飯を乗せたトレーを二つ持って食堂へ向かう。私は手ぶらでひょこひょこついていくと、食堂にはお昼時だからか何人かいた。見た感じどこかで買ってきたものを食べてるみたいだね。折角厨房を借りられるのに持ち帰って食べるのも何か変じゃない? まぁ席についたし、人の事は置いといて私たちもご飯にしよう。


「さて、ノエルの料理は初めて食べるが……こっちの見た目は何か白いな。スープか? こっちは肉だよな……? こんな形の肉あるか……?」


「味はあまり期待しないでね。思ってた通りにはできなかったよ……」


 少しおっかなびっくりシチューに手を付けるアレクシアさんと私。お味の方は……。


「うんま!」


「微妙」


「いや滅茶苦茶美味いだろ!」


 そう言ってもらえるのは嬉しいが微妙だ。コンソメが入ってないから旨味が少ない、味に深みがないんだよね……。せめて昆布出汁でも取れればまた違ったかもなぁ……。コンソメが色んな野菜を煮詰めて煮詰めて何かしたモノってイメージがあるけど合ってるかもわからないし、どうしたもんかね。鶏ガラも骨を煮込む感じで大変なんでしょ? きっとただ骨入れて煮込んで終わりって訳じゃないだろうし、臭いの問題でラーメン屋さんが近所の人と揉めたなんて話も聞いた事がある。今後の課題だね。

 

 ハンバーグの方はどうだろう。アレクシアさんを見てみるとハンバーグが何の肉かわからないから警戒してかフォークでツンツンしながら観察している。


「食べないの? お肉だよ」


「いやお肉なのはわかるけど何の肉だよこれ。こんな肉付けた生き物いないだろ」


「なんの肉だろうね。私もわからないよ」


 私は肉の種類がわからないけど、アレクシアさんは調理工程を見てないからミンチにした後丸められたその姿は、本当に肉なのかすらよくわからないんだろうね。私も初めてプリンとかゼリーを見たときは不思議に見えたもん。自然界に存在しないだろこれって。不安になるのもしょうがないね。だが食べてもらうぞ!


「あーあ。アレクシアさんの為に作ったのになぁ。一生懸命作ったのになぁ……」


「わ、わかった食べるから。な? はいいただきまーす……」


 アレクシアさんは私とドンパチ殴り合ったりしてるから普段は同年代の友達みたいな感覚があるけど、娘を持つ身だから子供らしさを前面に出すと何だかんだで弱いよね。


「うんま! すっげー柔らかいな! 肉汁も溢れてくるし、これ何の肉なんだ?」


「何の肉なんだろ?」


 うん、味は悪くない。むしろ美味しいぞ! ホント何の肉だ……? ソースも美味しいんだけど、ハンバーグに合うかというとちょっと違うね。美味しいものと美味しいものを一緒に食べている感覚? 一体感はあまりないかも。でも転生してから初めてのお料理らしいお料理だと考えれば及第点じゃない? お料理が出来るという自信を打ち砕かれたあの日から考えれば驚きの成長と言えよう!


「おい、本当に何の肉使ったんだ? 教えてくれよ」


「いや、だからわからないって。私が選んで買ったわけじゃないもん。お店の人がおススメですーって持ってきたやつだもん」


「ホント何の肉だよ……。こえーよ。こんな形の肉ねーだろ……。うまいけどこえーよ」


 もう! そんな怖い怖い言ったってしょうがないでしょ!


 アレクシアさんはお昼ご飯を美味い怖い言いながらもどんどん食べていく。


「白い方ならおかわりあるけどどうする?」


「食べる!」


 はいはい、たーんとお食べ。気分は孫にやたらと食べ物を出す田舎のおばあちゃんだ。アレクシアさんから器を受け取って一旦厨房へ行く。少しだけシチューを温め直してから、おかわりと一応パンも追加で持って食堂へ戻る。


「だからこれはダメだって言ってるだろ」


「少しくらいいいじゃねーか」


「絶対にイヤだ」


 食堂へ戻るとアレクシアさんが見知らぬケモ耳のガタイのいいオジサンと言い争ってた。


 ……浮気か? 痴情のもつれか? 村に帰ったらモリモリのモリスさんに報告だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る