第40話 ここからここまで全部ください
人は生き恥を曝しながら生きていくものだからね、深く考えないことにした。もう一度マリーさんに謝ってから、乳製品があるという蔵のような場所に案内してもらった。ここって普通お客さんが来ちゃいけないんじゃない?
「ここって普通のお客さんも乳製品買う時に来るの?」
「ううん。乳製品は店の者に伝えて注文するのよ? だからここは従業員しか入らないね」
「い、いいのか? 私らがそんな所へ入ってきて」
「大丈夫ですよ。会長がどこでも見せて良いって言ってましたからね」
ジェルマンさん太っ腹じゃん! 見ていいとは言われても、勝手にほっつき歩くのは流石に迷惑だろうからマリーさんと手を繋ぐことにする。普通の人からすれば私は何をしでかすかわからないただの子供にしか見えない。手綱を握っていないと不安でしょう?
「どうしたの? もしかしてノエルちゃんお姉さんの事好きになっちゃったかな? かな?」
「……うん」
……にっこにこだ。そう言う事にしておこう。現実は時に人を傷つけるって私は知っているからね。
「えへへ、じゃあお姉さんと一緒にノエルちゃんが喜ぶような乳製品見つけようね! 探検開始!」
繋いでない方の手を挙げながら号令をかけるマリーさんに合わせて私も『おー』と手を挙げる。なんか騙してるようで良心が痛む……。たぶん名探偵なあの子も同じように思うんだろうね。だって考えても見てほしい。『じゃあお姉さんと一緒に何々しましょうねー』って子供に話しかけてたら、急にその子供がスパイのマスクよろしく顔を剥がして、実は大人でしたって言い出したらどうよ。羞恥心半端じゃないぞ。だから私にはしっかりと子供らしく振舞う義務があるんだよ。
私は鼻歌をふんふん歌いながらマリーさんの手を元気よく前後に振る。時々マリーさんの顔を見上げて目が合ったらにぱっと笑うのも忘れない。サービスサービス!
「ノエルちゃん探検楽しいね! ほら、あそこの棚に乳製品があるよ! 乳製品を手に入れたらウチの子になろうね!」
「うん! ……うん?」
なんかこの人変な事言わなかったか……? 今はそれより乳製品だ! バターがあればシュガーラスク様を更に高みへと昇華することもできる。あと生クリーム! そのまま使っても良し、ホイップさせても良し! というかお菓子作りに乳製品は欠かせない。
「とうちゃーく! ここに乳製品が置いてあるんだよ!」
ズラーっと……は並べられてないけど、確かに乳製品がある! 保存技術的な問題で長持ちはしないんだろうな。
棚にはミルクにチーズ、生クリーム、バターは無塩と有塩がある。宝の山だ……! ここがシャングリラだった……!
「ノエルお前また泣いてるぞ」
「これ全部買います……! ここからここまで全部買います!」
「悪くなるから持って帰れねーよ。買うなら帰る前にしな」
「じゃあ今日! 今日の分だけ! 今日の分だけ買います!」
「フフッ。ホントに乳製品が欲しかったんだね。じゃあ今日使う分だけ買おっか! 宿も厨房借りられる所にする?」
「そんなとこがあるの?!」
「あるよー! ご夫婦でやってる宿なんだけど、ご高齢でね。お料理作ったり配膳したりが難しくなっちゃったんだって。部屋の清掃は人を雇ってるから問題ないけどそれ以外は、宿泊する人が自分でやる宿になったんだよー」
その宿は素泊まりの宿としては高いけど、厨房は借りられるし、元々それなりの宿だったから清潔なんだってさ。それに客層も良いらしい。質の悪い客はどうせ素泊まりなら格安の所を使うんだってさ。
マリーさんは従業員を呼んで、乳製品を運ばせた。今更だけどマリーさんって結構偉い人なのかな? ここでの振る舞いもそうだし、泊まった高級宿でも受付の人に名前で呼ばれてたし。
「ねぇねぇ、マリーさんってもしかして偉い人?」
「んー……。それなり……? そんなことより、乳製品以外も欲しい物はあるかな?」
「ある! 砂糖でしょ? ハチミツでしょ? シナモンも買うし、小麦粉も買う!」
それから私はマリーさんの手を引っ張ってお買い物を続けた。値段も考えず、とにかく欲しい物をあれとかこれとか指さしてどんどん運んでもらうのだ。楽しい。嘗て食材を買うだけでこんなにも楽しかった事はあっただろうか。村では決して手に入らなかったあれこれを欲しいままに買っていく! ヘルシー野菜スープとはもうこれでお別れだ! さようならおふくろの味!
「あはははは! 全部! 料理に使える物はぜーんぶ買うわー! どんどん持ってって―!」
「バカやめろ! 今日使う分だけだって言っただろ!」
商魂たくましい従業員の人たちはアレクシアさんの発言には耳を傾けず、私の下に食材を持ってきては尋ねるのだ。『お嬢様、こちらはいかがなさいますか?』と。当然買う。よくわからない物も買う。お料理革命を夢見た日から今日まで、我慢し続けた反動が出てるね!
結局、アレクシアさんがマリーさんを説得してほとんどがキャンセルになった。迷惑かけてごめんなさい。今日使う分くらいしか買ってないけど、調味料がそれなりの量だから意外と大荷物だ。マリーさんの御厚意で荷車を貸してもらう。
「ノエルちゃん。これ従業員に宿まで運ばせようか……?」
「だ、大丈夫! アレクシアさんってね、凄腕の冒険者なんだよ? だからこれくらいへっちゃらなんだって! ね?」
「あ、あぁ。これくらいなら平気だ」
私ががっつり運ぶから睨まないでください……。
「じゃあ一旦宿まで持っていきましょうか。案内しますよ」
アレクシアさんはどう見ても一人では大変そうな量の載せた荷車を引っ張る。それを私が子供らしく私も手伝う、と荷車を後ろから押すのだ。当然身体強化した私がメインで荷車を押して、アレクシアさんは補助という形だね。ただ、落ち着いた雰囲気の大通りを女性と子供が荷車をガラガラと引く姿は結構注目を集めている。そんな中マリーさん先導の下、今日泊まるお宿までたどり着いた。
「ここが本日の宿ですよー」
到着した宿屋は昨日の高級ホテル然とした建物と違って、広めの敷地に木と石で建てられた至ってシンプルな三階建て。入り口上部の看板を見ると、宿屋休日って書いてある。シンプルでかつ、営業してるかしてないかややこしい名前の宿だね。
「この後はどうしますか?」
「あぁーそうだな。マリーさんをこれ以上拘束するのも悪いし、後は全部自分たちでやるさ。ここまでで大丈夫だ」
考えてみると昨日から今までずっとマリーさんにはお世話になりっぱなしだね。ぶっちゃけ一番したかったお買い物を済ませたし、お店の場所もわかったわけで、自称それなりに偉い人をこれ以上連れ回しても……ね。お礼に後で簡単なバタークッキーでも焼いてプレゼントしよう。
「そうですか……。残念ですが仕方がないですね。ここの宿代は後日商会に請求してください。では何かあれば商会を訪ねてくださいね! あぁ、それと商会からも連絡があればこの宿に来るのでもし宿を変更した場合は知らせてもらえると助かります。それでは、私はこれで……。ノエルちゃんバイバイ……」
「マリーさんお世話になりました! ぎゅー!」
私は名残惜しそうに別れを告げるマリーさんに屈んでもらってお礼のハグをした。海外の挨拶はやっぱハグでしょ! ……あの、そろそろ離して?
それから私はマリーさんを手を振って見送る。マリーさんは少し歩いてはこちらを振り返って手を振り、また少し歩いては振り返る。……良いからはよ行けって! キリないから! マリーさんが振り返るからこっちもいつまでたっても宿に入れないでしょ!
でも私は知ってるよ。こういう時って向こうも、見られてると何か歩きにくいからはよ家入れって思ってるんだよね。だから私は見送るのをやめない。こういうのは先にひいたら負けだ。
私はマリーさんが曲がって姿が見えなくなるまで大きく手を振ってさよならを続けた。そして残心も忘れず、見えなくなってからも十秒くらいは手を振り続けた。ひょっこり戻ってきてはい、居なくなってるからあなたの負けですーって思われたくない。一方的な勝利宣言すら許さん!
「行っちまったな。ま、寂しいかもしれないがすぐにまた会えるさ。元気出せ」
「ん? 何の話? 何度も振り返るから宿に入りにくかったねー。ちゃんと前見て歩けばいいのに……。早くお昼ご飯作ろっと」
「……お前なぁ。そういうの絶対マリーさんに言うなよ?」
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