第14話 家族会議
畑仕事を終えたお父さんが浮かれ気味に家へ帰ってきた。その浮かれ具合は、まるでこの後行われる会議のことなど知らないかの様な呑気な顔をしている。いや、実際知らないんだけどね。
「何か空気重いような気がするけどなんかあったのかい?」
さすがの浮かれお父さんも、眉間にシワを寄せたまま目を閉じて座っているお母さんと、居心地が悪そうにモジモジしている私を見ればわかったみたいだね。お父さんも真面目な顔をして座った。
未だ動かないお母さんと、たぶん何も分からずに取りあえず真剣な顔をしているお父さんと、二人を交互に見る私……これどうするの?
なにか切っ掛けがないとずっとこのままなのでは? それは流石に神経が磨り減るので行動に移ることにした。
「だ、第一回! 家族会議ぃー……」
「い、イェーーイ……」
「……」
お父さんが合わせてくれたけど、お母さんが欲しかったのはこれじゃなかったみたい……。少しは雰囲気が良くなるかなって思ったけど余計空気が重くなった気がする……。き、気まずいね。空気読めない人みたいになっちゃったよ。
目線や顔の表情だけでお父さんと責任の押し付け合いをしていると、ついに不動明王が動き出した。不動明王って動かないから不動なの? 由来は全然違うのかな?
「はぁぁぁ……。まずは今日あったことを話します」
お母さんの長い溜め息を聞いて私とお父さんは背筋を伸ばした。いや、お父さんは悪いことしてないし普通にしてればいいのでは……?
「ノエルがエリーズに相談して売れそうな物を考えたの。エリーズが言うには十分売れる、それこそかなり売れるんじゃないかって言っていたわ。アルバンもエリーズの実家のことは知ってるでしょ?」
「あぁ、確か結構大きい商会だって話は聞いたことがあるよ」
私は初耳だ。実は何処かの貴族とか元貴族とかそういうのを想像してたよ。そうなるとさっき言ってた商会ってのはエリーズさんの実家のことなんだろうな。
「えぇ、そのエリーズが売れるって。それにノエルからアイディアを買い取る形になるから、極端な話売れなくても私達が損をすることはないそうよ」
「へぇー。それだけ売れる見込みがあるってことか。どんなものを考えたんだい? ノエル」
私はざっくりと説明をしようとして……
「それは今関係ないわ」
黙りました、はい。議題には関係ないそうです。
「本当だったらノエル凄いわってたくさん褒めて、エリーズにはじゃあお願いしますって言って済む話だった。けどそうはいかないでしょう……?」
「そういうことか……。目立つ可能性があるね」
よくわからない。宝くじが当たると知らない親戚とかが何処からともなくやってくる、みたいな話かな?
「ノエル、少し難しい話になるけど聞いてくれる?」
お母さんは、全然話についていけなくてキョロキョロしてるだけの私の側までやってきて、膝をついてから私の手を握った。
「ノエルは神様から魔法を授かったでしょう? それは凄く、すごーく素敵なことなの。だけど神様はほとんどの人には魔法を授けてはくれないのよ。だからね、世の中には魔法の力を欲しがる人がいるの。いいなー、羨ましいなー、自分も欲しいなーって。ここまではわかる?」
私は少しぎごちなく頷いた。今までにないくらい真剣に、五歳の私にもわかるように丁寧に噛み砕いて説明してくれる。どうやら魔法は私が思っていたよりも遥かに希少な力のようだ。私はてっきり魔法が使える人は街に行ったから村では見かけないとか、そもそも村での生活に魔法を使う機会があまり無いから見たことがないんだと思っていたけどそうじゃなかったみたい。
「魔法の力を頂戴って言われても、はいどうぞってあげることはできないでしょう? だから魔法が欲しい人は魔法の力ではなくて、魔法を使える人を連れて行ってしまうの……」
なるほど……。今まで執拗に魔法を使うなと言っていたのはこれが理由だったんだね。五歳の我が子に誘拐されるぞと脅しているようなものだから仕方がないのかもしれないが、お母さんもお父さんも辛そうな顔をしている。な、なんかごめんね? 物分かり悪くてさ。
「そんなしょんぼりした顔しないの。ノエルが悪い事をしたわけじゃないでしょう?」
お母さんが両手で私の頬を包んで言ってくれた。でも私が魔法を授かった事が原因で両親にそんな顔をさせてしまったと思うと少なからず罪悪感を覚えてしまう。
「なぁ、ノエル。本当だったらパパもママもウチのノエルはこんな凄い力を神様から授かったんです! ウチの子凄いでしょ! って自慢して回りたいくらいなんだよ? でもノエルが危険な目に合うかもしれないって考えると嫌なんだ。勿論ノエルのことはパパがどんなことをしてでも守るけどね」
「だからママもノエルが悪い人達に見つからないように魔法を使うのを禁止してたの。まぁ全然守ってくれてないけどね……。今回魔法とは直接関係はないけど、ノエルが作ったものが沢山売れたときに目立ってしまうんじゃないかってパパもママも、それからエリーズも不安なの。田舎の村にこんな子供がいるらしいぞって噂になって、その結果魔法のことまでバレてしまうんじゃないかって……。洗礼式の日に多くの人が見てしまったでしょう? 一応神父様が皆に他言しないように、とは言ってくれたけど……」
そうは言っても知っている人が多ければそれだけどっかから漏れる可能性は上がるだろうね。それに私が初めて魔法を発動してしまった時は子供たちと遊んでる時だ。子供に内緒だなんて言っても口を滑らせたり、逆に言いたくてうずうずしてしまうものだ。普通ならこんな何もない村に人はやってこないけど、私が売り出した商品がきっかけになって誰かが訪ねてくれば、その人に誰かが言ってしまうかもしれない。そうじゃなくても、外部の人間が村に来ればそれだけ魔法が露見するリスクが……。いや、態々誰か村にくるかぁ? 作るの子供向けのおもちゃだよ? へぇこんなのが売ってるんだぁ、とは思っても、だ、だれがこれを考えたんだーってならなくない? エリーズさんに私の事を伏せて貰えば平気な気がするけど……どうなんだろう。
「ねぇ、エマちゃんママに私が考えたっていうのを内緒にしてもらったら大丈夫じゃないの? そんなに噂になるような凄い物を作るわけじゃないよ?」
「もちろんママもエリーズも同じ意見だと思うわよ? 売り出したらすぐに目を付けられるなんて事は考えてないわ。だけど少なからず魔法がバレる可能性が上がるんじゃないかって心配なのよ。それにノエルはまだ世間から魔法がどう思われているかなんて知らなかったでしょう? 何もなければもう少し大きくなってからでも良かったんだけど、そろそろ話しておかないといけないんじゃないかって」
確かにそうだ。もし今日この話を聞いてなかったら、間違いなく行商人が来た時に身体強化マックスで突撃してたね。良い物が売り切れる前に突撃だーとか言って全力疾走ですね。魔法が使えるってのが結構リスクがあるのはわかったけど、もう少し詳しく知りたい。例えば魔法が発現した場合は国に報告の義務があるとかそういうのはあるのかな? それだけ貴重な力であれば国が管理する為にそういう法律があってもおかしくはないんじゃないかな。……もしもあるとしたら今の状況は結構やばいのでは……? 五歳児にそんなことを包み隠さずに伝えてくれるとは思えないけど、五歳児が国への報告の義務はあるんですかーとか質問するのも無理があるでしょ……。
……今になってわかったよ。エリーズさんはこうなることがわかってたから私にほんのりと匂わせたのかもしれない。両親を危険な目に合わせているかもしれない状況で知らんぷりは流石にできないし、それならもう覚悟を決めるしかないよなぁ……。
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