第10話 お料理革命

 季節が夏へと変わって暑くなった。窓から見える木々も、日差しの強さのせいか眩しいくらいの緑が目に入ってくる。日本の夏とは違って湿度が低いのか、気温が高くても日陰にいると結構涼しかったりするからかなり過ごしやすくていいね。それともヒートなんとか現象がないからシンプルに過ごしやすかったりするのかな?


 最近は畑仕事を手伝うことが増えた。お母さん曰く、暴れまわるほど元気があるなら手伝いなさいとのことだ。この小さな体で出来ることと言えば単純に何かを運ぶくらいだけど任せなさい、と身体強化しながらあっちこっちに走り回っている。


 早朝の収穫を手伝ってから朝ご飯を食べている私は、ある決心をした。それはお料理革命である。毎日毎日、来る日も来る日も、このなんか酸っぱい味のする黒い固いパンとヘルシー野菜スープだけを食べ続けるのはいい加減飽き飽きなのだ。


 日本の食文化を持ってすれば、いくら貧しい農村といえども工夫次第でもうちょっと食事のレパートリーを増やせるんじゃないかと思うのよ。こう見えて私は人並程度には料理ができるのだ! お菓子作りは結構得意だけど、それ以外のお料理はあくまでも人並程度であって特技と言えるほどでもないし、まぁ美味しいかなってレベルの家庭料理が作れるくらいだけどね。身体を作る為にトレーニングは必要不可欠だけど、それと同時に食事も大切になってくるのよ。栄養バランスなんか考え始めると外食とか難しいから料理覚えちゃった方が早い。ちなみにだけど料理が出来るとモテるは嘘だ。嘘というと少し語弊があるかもしれないが、少なくとも料理が出来るからモテる訳ではない。そもそも手料理を誰かに振舞う機会がないんですよね……。まぁそんな悲しい記憶はさておき、今はお料理革命だ。


「ねぇお母さん、私も一緒にお料理してみたいなー」


「あら珍しい。ママのお手伝いしてくれるの? じゃあ今日の夕飯は一緒に作ろうね」


「うぅ……。娘の成長が早い……。今日パパは初めて娘の手料理を食べるんだなぁ。今までで一番のごちそうだ!」


 お父さんもお母さんも大喜びだ。お母さんはたぶん私が暴れる以外の事に興味を示したのが嬉しいのかな。嬉しそうに食器を片付けるお母さんと、畑仕事をしに外へ向かったお父さんを見送ってから私は日課の身体強化魔法の練習に励むことにした。


 身体強化して外で暴れてしまえばお母さんを怒らせることになるから、最近は少し練習方法を工夫している。


 今までの身体強化は魔力を纏って体を動かしたり、魔力を燃料に筋肉を動かしていたが、それではお母さんにすぐにバレてしまうのだ。だから今行っている練習は魔力を使って筋肉を操作したり強化するのではなく、魔力を筋肉の代わりとして使うように練習している。説明が難しいね。イメージで言うなら今までの身体強化は上手い人の指導を受けながらダンスをしている感じ? 最近やっているのは魔力を使って私の身体を操り人形の様に操作して踊る感じ? 


 この練習によって魔力操作自体は上達していっているが、現状身体を動かすには至っていない。操り人形の様に自分の身体を動かせるようになったら何ができるのかは正直わからん。今は魔法という未知の力を調べている段階だね。


 イスに座って目をつぶり、深呼吸をして出来るだけリラックスして全身から力を抜いていく。頭の上から足の指先までゆっくりと一か所ずつ意識して力を抜いていく。それが終わったら次は魔力の操作だ。漠然と動かすのではなく、全身の力が抜けて液体のようになった体に、骨や筋肉を作るように魔力を動かしていくのだ。それらが終わったら全身の筋肉は緩めたまま、魔力のみを動かしてイスから立ち上がろうと思うのだけど、まるで金縛りにあっているかのように私の意思に反して身体は動かない。いつもここでうまくいかない。魔力操作は上達しているのだから無駄ではないのだけど、流石に指先一つピクリとも動かないとなると不可能なことなのではないかと心配になってしまうよ。


 それとこの練習には欠点がある。集中しすぎているのか時間経過があっという間なのだ。あと全身の力を抜いてるから涎が垂れるけどそれはまぁ仕方ないね。


「ノエル、そろそろお夕飯作るから起きなさい」


「んあ? もうそんな時間?」


「そうよ、最近いつもイスで寝てるけど、寝るならちゃんとベッドで寝ないと体が痛くなっちゃうわよ?」


 これがこの魔法練習の最大のメリットである。なんと、魔法の訓練をしているのにお母さんからは寝ているようにしか見えていないのだ! イスに座っていたのに毎回何故かベッドにいるのが不思議だよ。それとこの訓練をした日は何故か夜の寝付きが悪くなる。母よ、変な病気とかで寝てる訳じゃないからそんなに心配そうな顔をしないでおくれ。


 さて、気を取り直してこれからは今日のメインイベントであるお料理革命だ! お母さんはこんな料理があったのかと驚き、お父さんは感動で咽び泣くこと間違いなし!


 お母さんと一緒にキッチンに立つ。キッチンとは言っても竈と作業する台、それと水瓶があるくらいかな? ぶっちゃけ野営とあまり変わらない。


「パンはまだあるから、一緒にスープを作ろうね」


「うん! お父さんの舌を唸らせる本物のスープってのを作ってみせます!」


「はいはい、気合は十分みたいね。じゃあ野菜はママが切るから、ノエルにはそれで本物のスープを作ってもらうよ」


 いつも食べているニンジンとみじん切りにしたタマネギを軽く炒めてから、塩ゆでした豆とお水を加えてグツグツと煮込んでいく。


そして最後に塩で軽く味を調えたら……はい! いつものヘルシー野菜スープの完成です!


 私がしたのはスープをぐるぐるとかき回しただけ。それくらいしかさせてもらえなかったよとほほ。


「お母さん、調味料はお塩以外にはないの?」


「うちにあるわけないでしょう?」


「……」


 ……いつも通りに作られた夕飯は、いつも通りの味がした。お母さんは娘と一緒に料理が出来たのがよほど嬉しかったのか、いつもより美味しいなんていいながらニコニコ食べている。


お父さんは泣きながら食べててちょっとキモイ。


 料理は人並にできるって言ったよね? それは前世の話だったみたい。我が家には砂糖も、酢も、醬油も、味噌も、昆布も、鰹節も、マヨも、ケチャップも、胡椒も、バターも、唐辛子も、油も、コンソメスープの素も、中華スープの素も、カレー粉も、レトルトなんちゃらも、焼き肉のタレもないのだ。


塩と! 野菜しか! ないのだ!


 これで一体何ができるの? 所詮素人で人並程度の私には何もできなかった。できなかったよ……。


 誰かが作った調味料や、ナントカの素を当たり前のように使って味付けした物を私は手料理と言っていたけれど、誰かが作った冷凍食品やカップ麺に一手間加えた物は何故手料理と言わなかったのだろうか、その線引きはどこに合ったのだろうか。いつから私は料理が出来るなどと驕った考えになっていたのだろうか。


 私はそんな詮無きことを思いながら、虚ろな目をしてスープを口に流し込んだ。きっとこの日飲んだスープの味を生涯忘れることはないだろう。……かっこつけて言ってみたけどいつも飲んでるしね、うん。


 この塩と野菜しかないキッチンに立った今日、私は二度と料理ができるなんて言わないと固く誓った。そんな虚しい一日だった。

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