第9話 閑話 少し変わった娘(ジゼル視点)

 家族という物に強い憧れがあった。


 小さい頃、両親を魔物に殺されてから、私はお隣さんで元々家族ぐるみの付き合いがあったベルナールさんに引き取られた。ベルナールさん一家は、ベルナールさんとその妻、コラリーさん、そして息子であるアルバンの三人家族だ。


 突然転がり込んでくる形になった私に、ベルナールさんだけでなくコラリーさんも本当の娘の様に、暖かく迎え入れてくれた。幼馴染のアルバンも私を疎ましく思うでもなく、それまでと変わらず優しく接してくれた。これは本当に幸運なことだと思う。どの家にだって余裕などない、当然ベルナール一家だってそうだ。


 孤児になった私を可哀そうだと思うことはあっても、身を切ってまで守ろうとは普通思わない。もし、ベルナールさんが引き取ってくれなければ私は奴隷商に自分を売ることでしか生きられなかったと思う。育てられない貧しい村の子供の末路などそんなものだ。だから今でもとても感謝している。それは本当だ。

 

 ただ、ベルナールさん一家と暮らす中で時々どうしても強烈に思ってしまうことがあった。私だけ本当の家族ではない、と。どこかで線を引いてしまっていたのは他でもない私自身だったのだ。


 私にはノエルという名前の、可愛い可愛い一人娘がいる。私にとって、唯一血のつながった存在だ。名前は夫になったアルバンがつけた。


 産まれる前は私のお腹を力一杯蹴って、産まれてからは夜泣きが凄くて、ハイハイが出来る様になると力尽きて眠るまで動き回る、とにかく元気いっぱいで健康、そんな子だった。少しずつ喋れるようになってからは変わった子という評価も加わった。時々、私も夫も知らないことを口にするようになったのだ。


 夏が近づいてきて少し暑くなり始めた頃に突然、『アイスが食べたい』と言い出したことがある。私も夫もアイスが何かわからなかった。


「ねぇ、ノエル。アイスってなあに?」


「アイス……? 知らないよ? でも食べたくなったの」


 自分で言い始めたのにノエルもそれが何かわからなくて、家族揃って首を傾げた。他にも、何かを一生懸命探してるから聞いてみればスマホを探していると答え、スマホが何かを聞けば我に返ったようにスマホってなんだろうと呟いて探すのをやめた事もあった。私たちも、そして本人でさえも何かよくわからない事を口に出すことはよくあることだった。


 そんなノエルに変化が起きたのは洗礼式の朝のことだ。良くわからないことを口に出すのはいつも通りなのだが、その日はどこか違って見えた。


 今までは本人すらわからない事を言っていたのに、洗礼式の朝からは自分が何の話をしているのか理解して喋っているように感じたのだ。それだけではない。会話の仕方がそもそも違う。子供特有の一方的に話して笑っている様な話し方から、しっかりとした会話が圧倒的に増えた。例えるなら五歳児ではなく、十歳の子供と話している様な、そんな感覚。


 何より大きな変化は魔法を発現させたこと。魔法を使える人はとても少なくて、どんな魔法でもその力は強力らしい。何処かの聖女様が瞬く間に怪我を治したとか、何処かの魔法使いが敵国の軍隊を一瞬で滅したとか、こんな田舎にもそんな噂話が届くほどに強力な力だ。


 それ故に魔法使いというのは何処へ行っても歓迎されるし、魔法使いと言うだけで将来の成功が約束されたようなもの。だから誰しも一度は夢を見る、もしもある日自分が魔法使いになったらと。


 ただ、現実はそう甘くない。ほとんどの人が魔法使いにはなれないし、ましてやこんな田舎の農村で魔法使いが誕生するなんてことはほぼあり得ない。


 現実が厳しいのはそれだけではない。こんな噂を聞いた事がある。とある小さな村で水魔法が使えるようになった子供がいたそうだ。それ以降、その村では水不足に悩まされることはなくなったし、田畑への水まきは魔法を使って効率よくできるようになった為に、田畑を増やす余裕が生まれたそうだ。その結果、一人の子供が魔法に目覚めたおかげで村全体が幾分か豊かになったそうだ。けれどその幸運は長く続かなかった。ある日その子供が村からいなくなったのだ。当然その子供の家族も、村の者たちも必死に探し、官憲にも届け出たそうだがまともに取り合っても貰えず、結局子供が見つかることはなかったらしい。


 なんの後ろ盾もない農村の魔法使いなど簡単に狙われるのだ。王侯貴族や悪人、奴隷商や人攫い、彼らからすれば魔法が使える農村の子供など格好の餌食でしかない。攫って仕舞えばいい、金で買えばいい、取り上げればいい、合法違法問わず、一度狙われて仕舞えば私たちにそれを跳ね除ける力はない。


 だからノエルが魔法を使える様になった時、素直に喜ぶことができなかった。


 親のひいき目抜きにノエルは容姿の整った可愛い子だ。私譲りの少し金色の混じったような茶髪に整った顔立ち、目元が夫に良く似ていて鋭く、夫譲りのアメジストのような瞳が少し冷たい印象を与えるが口を開けばまぁちょっとあれな子だ。


 この前も私のところに手のひらに収まる石を持ってトコトコやってきて、


 「お母さんほら見て、こうして握ってから念を込めると……はい! 石ころがなくなりました!」


 と、どうだ凄いだろと言わんばかりに石ころがなくなった手のひらを見せてくれたのだ。確かに石ころはなくなっていたが、石ころだった残骸はしっかり手に残っているし、なんなら私は魔法を使うなと言っているにも拘わらず、にぱっと満面の笑みで私に見せてきたのだ。もう何から言っていいのかわからなくてため息をついたら慌てた様子で、


「お、お母さん、私は物を消したりする魔法は使えないよ! だからこれは魔法じゃないんだ! ちょっとしたトリックだよ明智くん」


 なんてよくわからないことをあわあわしながら言っていた。親のひいき目抜きにそんなところも可愛いと思ったが……もしかしてこれが親のひいき目というものなの……?


 何にせよ、可愛い容姿の農村に住む魔法使いなど世間が黙っていないだろう。だから私は見つからないように魔法を禁止しているのだけれど、本人が何も理解していないから使ってしまう。


 できることなら、悪い人に連れていかれるから魔法を使ってはいけない、なんて薄汚い現実をまだ小さな娘に理解させたくはない。魔法が使えるようになったから怯えて暮らさなければならないなんて、世界の方が間違っている。


 本当に悪いのは、子供を守るという親の義務を果たせずに子供本人に尻拭いをさせるような私たちと、強引にでも連れて行こうとする人たちだ。だから何も悪くないノエルにはまだ、綺麗な世界だけを見せてあげたかった。


 けれど近々説明しなければならないだろう。エリーズはノエルから何かアイデアを買い取るから話し合いたいと言っていたし、アレクシアとは一緒になって魔法を使って暴れまわっている。洗礼式の日にも魔法を使ったところを多くの人に見られているし、これだけ目立つ行動をしていればもう隠し通すことも、問題を先延ばしにする時間もないかもしれない。ノエルの為を思うのなら、例え身を切る思いだとしても、悲しませてしまうとしても、親である私たちが伝えなければならない。


 その日はきっともう近い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る