第8話 夏が来る
お母さんからの説教をアレクシアさんと一緒に受けた日から二ヵ月くらいたったかな? カレンダーがあるわけじゃないから正直曖昧だ。映画とかで見る遭難した人が洞窟の壁に傷をつけて数えるあれ私もやってみようかな。
死線を一緒に乗り越えた私とアレクシアさんはあれ以来仲良しになった。暇なときなんかは体のどこかを掴んだら勝ち、という緩いルールでの手合わせをしている。身体強化の魔法を使って、手を伸ばしては弾かれて、弾いては伸ばしてと、結構良い運動になっている。
アレクシアさんは元冒険者で、同じ冒険者チームに所属していた人との結婚を機に冒険者を引退し、旦那さんの故郷であるこの村に越して来たんだって。旦那さんも元冒険者としての腕があるから村の警備や門番をしていて村の人たちからは頼りにされることが多いそうだ。是非ともお手合わせしたいものですな!
私とアレクシアさんがバシバシやっている間、オルガちゃんは凄い凄いと言いながら私たちの周りを走り回っている。行動が大型犬そのものだね。私とアレクシアさんがある程度満足したり、オルガちゃんが走るのをやめたら今度は三人でしっぽ取りだ。基本的にはアレクシアさんがしっぽをつけて、それを私とオルガちゃんが協力して取りに行く。オルガちゃんは相変わらず何も考えずに突っ込んで行くだけなんだけど、意外や意外。指示を出すとちゃんと聞いてくれるのだ。面白半分でアレクシアさんに砂をかけろってこっそり言ってみたら指示通り砂を拾って投げてくれたの。汚れるからそれはやめろって軽く怒られてたのは正直すまんかった。チラチラこちらを見る何か言いたげなオルガちゃんから目をそらした私を許しておくれ。
いつもアレクシアさんの家にある訓練用の庭でやるんだけど、部屋と違って壁があるわけじゃないから二人でできることはあまり多くない。今度はエマちゃんも交えて三人でやろうかな?
エマちゃんと言えばお外で走り回るより室内にいる方が好きそうだから、予てより考えていた知育玩具計画を始動させた。エマちゃんと一緒におもちゃを使って遊びながらお勉強をするんです! たまには知的なところもしっかりアピールしないとね!
知育玩具計画一作目は、木の札に炭で簡単な絵とその頭文字を書いたいろはかるたの様なものを作ることにした。そのために必要な木の札は私が道具もなしに作るのは大変だからお父さんに作ってもらいました。読み札も作らなきゃならないから結構大変だ、お父さんが。私? 私はお父さんが何かする度に横で凄い凄い、カッコいいと褒める役をこなした。
考えてみれば洗礼式以来、私からは積極的に関わってなかったから久しぶりの我が子のお父さん凄いコールはたまらなく刺さったようだね。随分と浮かれ気分のお父さんは、
「パパは凄いだろ? こんなのすぐにいくらでも作れちゃうぞー!」
なんて言うものだから、今後何かに使えるだろうと思って数日間かけて沢山作ってもらった。ちなみに初日以降は飽きちゃったから応援していない。お父さんはわざわざできた木札持ってきて、
「どうだ? これなんて良い出来じゃないか?」
とか言ってくる。もはや木札職人となったお父さんと違って私は素人なんだからわからんよ。終わったら教えて。
日に日に生産速度が落ちて行ったお父さんは、後日どこかしょんぼりした様子でこれくらいあれば良いか? と大量の木札を持ってきてくれた。これだけあれば十分だろうし、頑張ったお父さんにはサービスだ。
「お父さん凄いね! もうこんなにたくさん作ったの? やっぱりお父さんはカッコいいから大好き!」
「そうだろ? パパはこれくらい簡単にできちゃうし、ほかに何か困ってることがあったらパパに何でも言いなさい!」
「ホント? あのね、ノエルね、この木の札に絵と文字を書いてほしいんだ! お父さんできる?」
「あー……。ごめんな、ノエル。パパ字は書けないんだよ。絵なら描けるから描こうか? これでも子供の頃ママに、あなたは他の人とは違う世界が見えているみたいねって褒められた事があるくらいなんだよ」
絵のことはともかく、やっぱりこの村での識字率は低いみたいだった。大人であるお父さんが書けないのなら、村での生活に文字はそれほど重要ではないんだろうね。本とか見たことないし。結局お父さんには頼まないで自分で書いていくことにしよう。
炭はお母さんから竈にあるやつを貰ったし、木札も用意した。色は付けられないし、炭で細かい絵が描けるわけじゃないから取り敢えず一枚目は簡単なリンゴにしよう。丸を書いてちょんと棒を書き足せば完成だ。あとは頭文字を書いて……と思ったところではたと気が付いた。私も字書けなくね? というかリンゴもこっちで見たことないぞ? リンゴないの? アップルパイ好きなんだけど? お母さんにも一応、字が書けるか聞いてみたけど無理だった。もういろはかるた計画失敗でしょこれ。
●
後日エマちゃんに会った時に情けないお姉ちゃんでごめんよ、とぎゅううううううっと抱きしめたら何があったのか聞かれた。だから私はエマちゃんのお勉強と遊びを兼ねて、いろはかるたを作ろうとしたんだけど私には字が書けなかったと伝えたら衝撃の事実が発覚した。
「字なら少しだけ書けますよ?」
ということでエマちゃんに字を教えてもらうことにしました! いい感じの木の棒を二人分用意して、エマちゃん家の前で地面に書くことにしたよ。紙なんてないから仕方ないね。……何のためにいろはかるた計画を作り始めたのか少しわからなくなってしまったが気にしてはいけない。
「じゃあエマちゃん、最初に私の名前の書き方を教えてくれる?」
わかりました、と地面にかきかき。
「へー、これが私の名前? 初めてみたわ。ちなみにエマちゃんの名前はどうやって書くの?」
「エマはこうやって書きます」
この国の文字はアルファベットのような雰囲気で横に書くみたいだね。表音文字だとかそういう難しい事はイマイチわからない。しばらくはこれらを覚えよう。
二人で並んで地面にどんどん名前を書く。ノエル、エマ、ノエル、エマ……。正直飽きてきたわ。そうだ、二人の名前を上下で並べてっと。
「ねぇねぇ、エマちゃん見て!」
「どうしたんですか?」
「これ何に見える? 相合い傘でーす。どう? 可愛くない?」
私は上下に並べた二人の名前を円で囲んでから上にハート付きの傘を書いた。縦書きじゃないから変な書き方になったしイマイチな出来だけどしょうがない。
「な、なんですかこれ! 凄いです! 私とノエルちゃんが一緒の屋根の下で……私にも書き方を教えてください!」
思ったよりも凄い食いつきだった。やっぱりこれくらいの年齢だとこういうのは凄く楽しく感じるのかな? 私が子供の時はどうだったかな? ごっこ遊びが好きだったのは覚えているけど。あと何故かシール集めてたわ。シール張らないのに集めるんだよ。
それからエマちゃんは憑りつかれた様に相合い傘を書いていった。二人が練習でたくさん書いた名前すべてに書くのではないかと思うくらいには一心不乱に書いていた。綺麗に並んでいないところは改めて名前を書き直してから相合い傘を書き足していく。何度も……、何度も。
そろそろ他の字を教えて欲しいんだけど、今は邪魔をしてはいけないと私の動物的勘がささやいている。エリーズさんに挨拶だけして帰ることにしよう。
「エマちゃんママ! なんかエマちゃんおかしくなっちゃったから帰るね!」
窓から顔だけ出して室内にいるエリーズさんに声をかけた。
「あらあら、おかしくなっちゃったって何? それに送っていくからちょっと待ってねー」
エリーズさんの手があくまでの間に、エマちゃんが壊れてしまった経緯を説明する。今日はこうだったんだよー、だからこうなんだよー、そしたら壊れたよー。
そうしたらエリーズさんは少し困ったような顔で何かを考え始めた。まぁそりゃあしょうがない。自分の娘が家の前に名前と謎の記号をひたすら書いていく業を背負ってしまったのだから困惑もするよね。家から出ようとする度に地面に隙間なく書かれた名前と記号を目にするんだから一種の儀式じみていて恐怖を覚えるわ。踏んだら呪われない? 神父様呼ぶ?
「そのいろはかるた、というの私が作ってみてもいいかな? それと権利を買い取りたいのだけど……これはジゼルさんに相談ね」
よくわからんけどいつもお肉貰ってるから好きにしていいですよとだけ言っておいた。その後、満足気なエマちゃんも一緒に一応家まで送ってくれたけど、家に着くまでの間、お爺様がどうとかまずは試作してからとかずっとブツブツ言っていて、やっぱりエマちゃんと親子だなーと感じざるを得なかったよ。この親子、集中するとちょっと怖い。
そんな日々を過ごしていたら暖かい季節も終わり、汗ばむような日が多くなってきた。どうやら夏が来るらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます