第7話 今日は仲良く三人でその弐

 「ふぅ、ひどい目に合ったよ。」


 オルガちゃんはノックなんて知らないとばかりに、ガチャリと部屋に入ってきて床に座った。オルガちゃんが来てから心なしかエマちゃんのご機嫌が斜めのような気がするし、仲良くなれるように新しい遊びをしよう! 三人揃ったわけだし、早速運動系の遊びに切り替えますか。


「ちょっと椅子とか机とかお部屋から出したいから手伝ってくれる?」


 元気一杯いいよーと返事をするオルガちゃんと、コクコクと頷くエマちゃんと協力して椅子やら机やらを部屋から出した。ほんとだったら一人でも持てるんだけど、魔法なしはきついからね、部屋から机担いで出てきたら流石にお母さんにバレバレだ。私は学習能力の高い女です!


 広くなった部屋の中央に二人を一度座らせる。家具をある程度片付けてしまえば部屋で走り回っても大丈夫だろう。予め用意していた長めの手拭いみたいなのを持って私は二人の前に立つ。


「第一回! しっぽ取りゲーーーーム! イエーーーーイ!」


「イエーーーーイ!!!」


 オルガちゃんは何もわかってないだろうに取り敢えずノリノリで拍手している。お姉さんそういう所好きだぞ! エマちゃんも私とオルガちゃんをキョロキョロと見てから手を叩いている。


「ルールは簡単です! まず最初に、私がこの布を腰に巻いて尻尾にするのでそれを二人が捕まえる遊びです! 捕まえた人は、今度は尻尾をつけてもらって取られないように逃げてもらいます! わかりましたかー?」


「イエーーーーイ!!!!」


 こいつほんとわかったか? ノリと勢いだけで生きてないか? わかってるかどうかは取り敢えずやってみればわかるよね。


 腰に緩く手拭いを巻いてスタンバイだ! 今回このしっぽ取りゲームは二人の遊びと運動の為にやるわけで、さすがに私は身体強化はしない。程よくみんなが楽しめるように負けたり勝ったり調整しよう。


「どう? しっぽみたいになってる?」


 お尻を左右に振って二人に聞いてみる。


「ばっちりだよー!」


「か、かわいいです!!!」


 おぉ、エマちゃん大興奮だ。さてはお主、動物好きだな? まだ見た事ないけど、この世界に獣人とかいるのかな? 魔法的なファンタジー要素があるんだから、獣人とかエルフが居てもおかしくはないと思うんだけど、この遊び差別的だとか言われない? 大丈夫だよね?


 全員が距離を取ってスタンバイする。


「それでは準備はいいですかー? よーい、始め!」


 わあわあきゃあきゃあ言いながら三人で部屋の中を走り回る。


 私は二人にできるだけお尻を向けないように逃げ回り、オルガちゃんは何も考えてなさそうに真っ直ぐしっぽを追いかける。エマちゃんは、オルガちゃんとは反対側から回り込んでこっそりしっぽを取ろうとしてくる。あまり長々と逃げ回ってもダレちゃうから一分くらいで取られればいい感じかな? 私はオルガちゃんから逃げるようにしながら、エマちゃんのいる方へしっぽをなびかせた。すると、


「やった! 取りました!」


「あちゃー、取られちゃったかー」


「エマちゃんすげー、次はウチもとるよ!」


 エマちゃんもオルガちゃんも楽しそうで何より。次のラウンドはオルガちゃんに花を持たせてあげられるように立ち回ろう。


エマちゃんの腰にゆるめに手拭いを巻いてあげて……よし、完成!


「それじゃあ準備はいいかなー? 第二回戦、よーい、はじめ!」


 またもやきゃあきゃあ言いながら三人で走り出す。流石はエマちゃん、さっきの私を参考にしてお尻を壁に向けて反復横跳びみたいに移動している。オルガちゃんは走ってるだけでも凄い楽しそうだけど、そろそろ頭使おうね。これ一応頭の体操にもなるんだからさ。


 仕方がないからお手本としてお姉さんが頭脳プレイを披露してあげましょう!


 オルガちゃんが追いかけるのとは反対側から私は大げさに手を広げながらエマちゃんを追いかける。するとエマちゃんは私から逃げるように反対側に行くが、そっちにはオルガちゃんがいるのだ。このまま私は敢えて逃げやすいスペースを用意して壁際、そして部屋の角にエマちゃんが逃げていく様に追い詰めて……遂にトンと壁に背中をつけた。


 自分が部屋の隅にいることに気が付いたエマちゃんは、ハッとしたような顔をした。今更気づいたようだねエマちゃん! 君にはもう逃げ場なんてないんだよ。部屋の隅で逃げられなくなったエマちゃんはしっぽを胸に抱いて弱々しく震えている。


「残念だったね、エマちゃん。もう逃げ場なんてないし、誰も助けになんて来ないよ?」


「ウチにもしっぽとらせろー」


 私とオルガちゃんは両手を広げながら、エマちゃんにじりじりとにじり寄っていく。プルプルと震えるエマちゃんと、じわじわと距離を詰めていく私たち……。やべ、なんか変な気分になってきた! ぐへへ。さぁ観念しな!


「コラ! あんた達二人で何いじめてんの!!」


 そんな声と同時に、アレクシアさんが私たちの間に割って入ってエマちゃんを抱き上げた。


「こんなに震えちゃって可哀そうじゃないか! まったく騒がしいと思ってきてみれば……」


「あの……、いじめられてたわけじゃなくて、遊んでただけです……」


 急に抱き上げられたエマちゃんが少し驚きながらもそういうと、アレクシアさんはどういうことか説明しろとオルガちゃんを顎で促す。


「母ちゃん、ウチらしっぽ取りゲームしてたんだよ! エマちゃんにしっぽ付いてるでしょ? それ取るの!」


 オルガちゃんは一生懸命背伸びをしてアレクシアさんに抱っこされているエマちゃんからしっぽを取った。


「その腰につけた手拭いを取る側と、取られないように逃げる側に分かれて追いかけっこをしていました。取った人が今度はしっぽをつけて取られないように逃げる、そんな遊びです!」


 さっきの説明だとイマイチわかりにくいかな、と思って補足説明をする。嬉しそうに腰に手拭いを巻き始めたオルガちゃんを見ながらアレクシアさんはエマちゃんを下した。


「どうやら私の早とちりだったみたいだね、悪い悪い。にしても随分面白そうな遊びしてんな」


 そう言って何かを考え始めたと思ったら、にやりと笑ってオルガちゃんからしっぽを奪った。


「つまりこれでこのしっぽは私のものってわけだ」


 なんと!? 恐ろしく早い動きだった。鍛えているとは思ったけど、まさかオルガちゃんが巻いたあのへったくそなしっぽをあんなスピードで取るとは……。ちなみにオルガちゃんは巻き方が下手過ぎて、あのまま逃げたら尻尾そのまま脱げてたぞ。


 強者のアレクシアさんが参戦するとは、俄然面白くなってきた! 勝負事にはつい力が入ってしまう私は知らず知らずのうちに全身に魔力をいきわたらせていた。


「ちょいと待ちな」


 アレクシアさんはピクリと眉を動かしてからそう言うと、ウチのしっぽがーとうな垂れているオルガちゃんを荷物みたいに肩に担ぎ、エマちゃんは丁寧に抱っこして部屋から出してから部屋の中央で私と向き合い、構えを取った。


「お待たせ。元B級冒険者、鉄拳のアレクシア! いざ尋常に!」


「んーっと、全身筋肉脳まで筋肉、一番槍ノエル! いざ尋常に!」


「「 勝負!! 」」


 私の締まらない名乗りはさておき、突然始まったこの勝負、しっぽ取りゲームとは言え久しぶりの対人戦だ!


 先ずは様子見、なんてつまらないことはしない! 突貫あるのみ! 私の今の体は小さいから相手はさぞかしやりにくと思う。なんせ狙うのは垂れ下がったしっぽなんだ、小さい方が幾分有利だ、と思う。しっぽ取りゲームガチ勢じゃないからわからないね。


 足に多めに魔力を込め、移動速度を速くしてから一気にアレクシアさんの左側に回り込んだ。私のスピードに驚いたのかアレクシアさんは慌てて反対側に飛んだけど甘いよ! これはしっぽとりゲームだからね! 素早く移動したアレクシアさんよりワンテンポ遅れる形でしっぽは移動する。なびくしっぽにそのまま手を伸ばすが、アレクシアさんは慌てて体を回転させて強引にしっぽを巻き取った。


「ふぅ、危ない危ない。これはしっぽを取られないようにするんだったね。それにしても随分速いじゃないか」


「あー今のは決まったと思ったんですけどねー。それじゃあドンドン行きますよ!」


 私はさらに速度を上げてアレクシアさんの周りを走り、狙えそうな時はガンガンしっぽに突撃するが、アレクシアさんが手や足を巧みに使って私の手を弾いてくる。次第に足元ばかりの攻撃にも慣れ始めたのか、私の進路に足を出してくるから速度が生かせず、徐々に近づくことも難しくなってきてしまった。


「むうぅ。全然取れそうにないぞ……」


「ふん、引退したとはいえ元B級だぞ? 五歳児に遅れはとらんよ」


 悔しい、何とかして一矢報いたいなぁ。今の私に出来る事なんて身体強化のレベルを上げるくらいだ。こうなったら怒られる覚悟で強化の度合いを上げるっきゃないね!


 魔力をエネルギーにする身体強化をして短期決戦に切り替える。あとはアレクシアさんが足元ばかりに意識が割かれている今、多角的に攻めればワンチャンあるかもしれない! どうかお母さんにばれません様に!


 部屋の壁や家具、天井の梁などを使って三角飛びの要領で部屋中を縦横無尽に飛び回る。気分は狭い空間で跳ね回るスーパーボールだ。やり始めたはいい物の、これ壁とか蹴る度に凄い音してるけどやばくないか? 絶対お母さんにばれてるよね。今更止められないしどうせ後で怒られるならせめてこの勝負には勝つ!


 アレクシアさんは驚いた表情を見せた後、目を閉じて構えをとった。ドカドカと爆音を立てながら上下左右移動を繰り返して、私は速度を維持したまま狙える完璧なタイミングで背後からしっぽに飛びついた。これはいける! と全力でしっぽに右手を伸ばした私。


「そこっ!!」


 そう叫んだアレクシアさんは、飛びつく私のお腹を低めのバックブローでぶん殴った。空中でお腹を思い切り殴られた私の小さな体は、いとも容易くに壁に叩きつけられてしまった。


「っやば!! 大丈夫か!!」


 倒れている私にアレクシアさんは慌てて駆け寄る。これ普通の五歳児だったら軽く死んでるからね?


「もう! 全力でぶん殴るなんてひどいじゃないですか! でもこの勝負私の勝ちですね!」


 そう言って私は立ち上がり、ひらひらと手拭いを振って見せた。なんてことはない、結局は最初と同じでしっぽがワンテンポ遅れるから取ることができた。アレクシアさんまたしっぽのこと忘れたでしょ。


「はぁぁ。本気で焦ったわ。勝負に夢中になりすぎて目まで閉じたもんだから、相手が五歳だってすっかり忘れたわ。本当に大丈夫か?」


「これくらいなら強化してるから平気ですよー! 流石に魔力使いすぎて疲れましたけどね。でも、久しぶりにこんなに動いてスッキリしました!」


 私は両手を上に伸ばして背伸びをする。やっぱり勝負事は熱くなるね! さてと、キリがいいし部屋の外に出した机とかを戻さなきゃ、とドアの方を見たらみんながポカンとした顔でこちらを見ていた。そう、皆である。


「ノエル、アレクシア、そこに座りなさい。」


 どうやら今日が私の命日のようだ、スプーンたちよ、私もすぐそちらに行くよ。待ってておくれ。

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