第5話 完璧な作戦

 おはよう! 起きたら頭はスッキリしてた。


 魔法が使えるようになった日から、不機嫌だったお母さんに見つからないように静かに、そして素早く実験と練習を行っていたけど、どうやらバレバレだったみたいだね。冷静になって考えてみると五歳児が急に首傾げながら大きいテーブルや棚を持ち上げてるのをみたら何か事故が起きる前に禁止するのが普通だ。


 取り敢えず当面は、母親に怒られて不貞腐れながらも言うことを聞いている子供のフリをしよう。その裏でこっそりと訓練を続けるんだ。前世で数多の名俳優や名女優を映画で見てきた私にはちょろいもんよ。アカデミー賞総なめの名演技、とくとご覧あれ!


 気分はさながら、レッドカーペットの上を歩く女優の私は、朝ご飯を食べるために薄汚れた木の床を歩いてリビングへと向かった。


 ご飯は大体いつも同じメニュー。固い黒っぽいパンにヘルシー野菜スープばかりである。エリーズさんがたまにお裾分けしてくれるお肉が恋しいよ。エマちゃんのお父さんは猟師をしているみたいで多く取れた日なんかはこっそりと分けてくれる。持つべきものは優しいお隣さんだね。何かお返しができればいいんだけど、なにかアイデアはないかな?


 そんなことを考えながら、監督もビックリな名演技を今も続けている。私はまるで長い金属の棒を両手で挟み込んで握るように、それはそれは重そうにスプーンを持ち上げて口へとスープを運ぶ。でもこれ凄く食べにくくない? なんか横笛を吹いているみたいなポーズになるが仕方がないね。あー魔法使えないから重いわー。魔法使えたら楽なのになー。ちらちら。


 私の食事風景をジトっとした目で監視していたお母さんは、ため息をつきながら食べ終わった食器を片付けに洗い場の方へと向かっていった。


 今のうちに家の近くで木を拾ってスプーンを作ろう。そうすることで有耶無耶になっていたスプーン連続殺人事件をなかったことにするのだ。これよりミッションを開始する!

 

 家の裏にある尊い犠牲となった物たちのお墓に手を合わせてから、家の近くに生えてる木の周りを探す。


 遠くに森っぽいのが見えるけどお母さんに見つからずに行って帰ってこれるような距離じゃないし、行ったところでスプーンに適した木の見分け方なんか私にはわからないよ。というか五歳児が行く距離じゃないわあれ。魔物とかオオカミとかそういう危険な生き物がいたりして村からあんなに離れているのかな? 聞いた事ないからわからないや。


 地面に落ちているのは細い枝ばかりでスプーンに加工なんてできそうもない。仕方がないから身体強化でジャンプして良い感じの枝をへし折ってしまおう。


 出来るだけ小さくジャンプを繰り返して高さを調整する。何も考えずに全力ジャンプして雲突き抜けても困るし。今は暖かい春って感じの季節だけど、高いところは寒いんだよ。前世で肺活量を鍛える為にだとおばあちゃんに山登りをさせられてたから知ってる。


 もうちょっと、もうちょっとと繰り返しジャンプして五回目にして良い感じの枝にぶら下がることができた。このまま枝を握りつぶせばいいかな? いや、手のサイズ的に一度では握りつぶせないし、無難にのぼってから叩き折るか。懸垂と逆上がりの要領で枝の上に跨った私は、強化した拳で良い感じの枝をぶん殴ってへし折った。


 木の幹側を向きながら折ったから枝と一緒に落ちることになったけど、強化してればこれくらいへっちゃらです! いやー焦って変な汗かいたけど無事に良い感じの枝をゲットだぜ! お母さんに見つかる前に急いで家に戻らなきゃ!


 私は良い感じの枝を肩に装備して小走りで家に帰った。玄関を通るときにドアの淵に枝をゴンとぶつけたけど気にしてはいけない。気付かれていないったらいないのだ。


 あとはこの枝を強化した爪でスパスパ切ったり指で抉ったりして……ほい、お手製へたくそスプーンの完成! 使いにくそうだけどそれはしょうがない。歪で不格好な見た目でも、我が子が一生懸命作ったと思えば親御さん達にとってはかけがえのない宝物だ! 削りカスとか、余った良くない感じの枝は窓から放り投げてっと。


 フフッ、これで後から思い出したお母さんに『そういえばノエル、スプーン壊したって言ってたわね』なーんて言われたとしても、『お母さん証拠は? 面白い推理だったけど証拠がないんじゃ話にならないよ。小説家にでもなった方がいいんじゃない?』と言い逃れができるぞ! 完璧だ! ムフー。


 今日はこれからエマちゃんの家に行くことになった。お母さんが畑仕事を手伝うから私の面倒を見てもらう約束になっているらしい。こういう時はお互い様なのだ。でも私は一人でお留守番できるぞ! そんなことを考えながらお母さんと手を繋いでテクテク歩いてエマちゃんの家に到着。やっぱり純粋な五歳児スペックだと結構時間かかるね。


 こんな田舎だから土地は余っているし、家は比較的みんな広く作られている。エマちゃんの家は我が家の木で出来たボロボロ2LDKと違って結構新しめの石のお家だ。とは言っても田舎の農村から逸脱しているわけでもない、一階建てで三角屋根の可愛らしいお家である。


 木のドアをお母さんと一緒になってノックすると、エリーズさんが出迎えてくれた。


「あらあら、いらっしゃい! ジゼルもノエルちゃんもおはよう」


「おはようエリーズ。今日はうちの子をよろしくね。なんかやらかしたら遠慮なくお尻引っぱたいてちょうだい」


「ふふふ、ノエルちゃんはいい子に出来るから大丈夫ですよね~?」


「は、はい! 私はいい子です! いい子にしていますから……もう叩かないでください……痛いのはもう嫌なの。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 どうよこの小粋なジョーク! ……あ、やば、お母さんめっちゃぴきってる。


「な、なーんて冗談は置いといて、今日はよろしくお願いしますね、エマちゃんママ!」


 これで大丈夫かな? 怒ってない?


 チラチラとお母さんの顔色を窺っていると、お母さんは溜息をつきながら、こんなだけどよろしく、と改めて頭を下げてから畑へ向かっていった。


「それじゃ改めていらっしゃい、エマもお部屋で楽しみに待ってるわ。仲良くしてあげてね」


 お邪魔しまーすと中に入ると、いつも一緒に遊ぶ部屋からひょっこりと顔を出してこちらを見ているエマちゃんと目があった。五歳児がまだかな、まだかなって待っていたのを想像すると胸がきゅんとするね! 今日はお姉さんが目一杯遊んであげるとしよう!


「エマちゃんおはよー」


「ノエルちゃんおはようございます! どうぞ入って下さい!」


 取り敢えずいつもの遊び部屋に入れてもらう。遊び部屋は結構広くて十畳くらいあるのかな? 怪我をしないように配慮されているのか、固い物や家具の角に布が巻かれているし、床にもカーペットが敷かれている。親御さんの愛が伺える暖かい部屋だ。


「それじゃ何して遊ぶ?」


「私はノエルちゃんと一緒なら何でもいいですよ?」


 何でもが一番困るけどエマちゃんは基本的にこうだ。いつも控えめで自分の意見より私の意見を優先しようとする。二人で出来て、エマちゃんが楽しめそうな遊びって何かあったかなぁ。エマちゃんは深窓の令嬢って感じだし、体を動かすよりも頭を使う遊びの方がいいかな? 単純に遊ぶよりも問題形式で算数でも教えてあげる方がお姉さんらしいかな?


「じゃあエマちゃんに問題です! デデン! エマちゃんは今、六個の美味しそうなお肉を持っています。それはそれは美味しそうなマンガ肉です。一たび口に入れれば、まるで噛む必要もないのではないかと思えるほどに柔らかく、甘みもあるとろける様なジューシーな霜降り肉です。じゅるり。そこに私とオルガちゃんもやって来ました。さて、皆で仲良く食べるにはどうやって分けるのが一番いいでしょう! エマちゃんわっかるっかなー?」


 答えを考えているのか首を傾げる美少女のエマちゃんは抱きしめたくなるほど可愛いですな。持ち帰ってお家に飾りたい。お姉さんが沢山のお洋服とぬいぐるみも用意してあげるからね。


「私は一個で十分だから、あとは全部ノエルちゃんにあげますね」


「エマちゃんありがとおおおお」


 嬉しくなってエマちゃんを抱きしめて、きゃあきゃあ二人で騒いでしまった。オルガちゃん? 肉はやらんぞ。


 それからいくつも問題を出しては、正解したら大型犬を撫でるようにエマちゃんを撫でまわし、私が喜ぶような答えが出ればきゃあきゃあ言いながら抱きしめる。騒ぎすぎたのか、エマちゃんが鼻血を出しながら疲れて眠ってしまったので途中でお昼寝タイムへと突入し、お母さんのお迎えに合わせて今日はお開きとなった。帰り際、凄く寂しそうな顔でエリーズさんのスカートを握るエマちゃんに後ろ髪を引かれながら家へと帰る。またすぐに遊ぼうね!


 ●


 エマちゃん家から帰ってきて今は夕飯の時間だ。この食事はもうちょっとどうにかならないのかな? 肉が欲しいよ肉。タンパク質が取れないと、効率よく筋肉がつかないじゃない、と思いながらスープの野菜をつついているとお母さんが話しかけてきた。


「ねぇ、ノエル」


 …………!? きたきた。罠にかかったぞ! このお説教を始めます、的な語り口はスプーンの話だ! 駄目だ、まだ笑うな……。言うぞ、ついにあのセリフを言うぞ…………っ!


 今更になって壊したスプーンの事を思い出してももう遅い! スプーンが減っている? 馬鹿を言うな、壊した数以上にこっそりと補充したぞ! 今、我が家には大量のスプーンがあるのだ!


 さあ、かかって来い!


「なに? お母さん」


「ノエル、あなたまたこっそり魔法使ったでしょ」


「お母さん証拠は? 面白い推理だったけど証拠がないんじゃ話にならないよ。小説家にでもなった方がいいんじゃない?」


 なんか思ってたのと違うことを言われたけど、用意していたセリフが反射的にでてしまった。まぁ大丈夫、想定内想定内。


 お母さんは眉をひそめながら、そっと私の持つスプーンを指さした。


「ノエルがその歪んだスプーンを魔法もなしに作れるわけないでしょう?」


「お母さんずっこい! 誘導尋問だ!」


 この後めちゃくちゃ怒られた。

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