第4話 起きたらまた状況は変化していた
洗礼式の日から一週間がたった。あれからどうなったのかを少し話そう。
洗礼式の次の日の朝いつも通り目覚めた私に、私が気絶した後どうなったのかをお母さんが説明してくれた。あの日、物凄い速度で頭から柵を突き破って行った私を見て、その場にいた大人たちは血相を変えて駆けつけたらしい。幸いにも大きな怪我はしていなかったようだ。なんなら怪我をしたのは多分最初のクラウチングスタートの時だけだね。もう忘れたい。
説明を受けても少し混乱気味だったが、朝からお母さんに連れられてあの場所ににいた人たちに謝罪して回った。心配かけてすまんね。それと教会の神父様にも謝った。これについては本当に申し訳ないと思うわ。他の親御さん達は驚かせただけでも神父様は柵ぶち壊されてるからね。庭も抉れたし。
神父様はさすが聖職者で、無事でよかったと優しい目をして私の頭を撫でてくれた。うぅ……洗礼式の時殴ろうとしたり常識云々と文句言ってごめんよおじいちゃん。
神父様は何故こんな事が起きたのか私とお母さんに説明してくれた。どうやら私は魔法を発動してしまったらしい。それも自分で制御できないレベルで、だ。
魔力行使に慣れていない状態で急激な魔力消費をした結果、意識を失ってしまったのではないか、というのが神父様の見立てだ。実際に見ていた訳ではないが状況と、意識を失っている私の魔力量からそう判断したそうな。それから、発動させたのは恐らく身体強化をする魔法だろうと言っていた。
朗報! 異世界である! 魔力だの身体強化だの、言葉を聞くだけで鼻息が荒くなってしまった。反省していますと言わんばかりに顔をうつ向かせてはいるが、実際は鼻の頭をひくひくさせながら興奮と歓喜に打ち震えている。
「大丈夫ですよ。少しだけ力が入りすぎてしまいましたが、神様が与えてくれた特別な力です。恐れることは何もありません」
そう言いながら神父様はまた私の頭を優しくなでてくれた。すまん不安や恐怖で俯き震えているわけではないのだ。すまん。
「お母さんも大丈夫ですよ。娘さんには稀有な才能があるのです。不安になるのではなく、神様からの大切な贈り物だと感謝して、あるがままを受け入れてあげてください」
というやり取りがあった。
それからの日々は、何だか不機嫌そうなお母さんに注意しながら魔力をいじって実験していた。暴走した時の感覚を思い出しながら魔力を動かすと、体のどこへでも好きに動かせることがわかったのだ。そして手に魔力を込めて石を握ったらあっけないほど簡単に石を潰せた。
どうやら魔力を込めた部分を、普通では考えられない程に力強さも、頑強さも強化できるようだ。……これ実はちょっと固い土の塊とかってオチじゃないよね?
前世で鍛えに鍛えた私の肉体を、五歳児が簡単に超えるというのはさすがは魔法だと思うと同時に何だか空しくもある。それでも未知の力にワクワクしながら実験と訓練を繰り返した結果いくつかわかったことがある。
まず、魔法を使うのはかなりイメージに左右されるということ。漠然と魔力を動かして、震えろ! 我が筋肉っ! ってするよりも、魔力を全身にいきわたらせ、それを筋肉のエネルギーにするイメージを持つ方が爆発的な力が発揮できた。その分魔力消費も激しかったが。恐らくイメージ通りに魔力を筋肉のエネルギーとして燃焼してしまうのだろう。
次に、全身に魔力をいきわたらせたり、纏うだけなら凄く低燃費に身体強化が使えることもわかった。もちろんその分強度は下がっているがこれはこれで非常に便利。日常生活で大地を砕くほどの力は必要ないでしょう? 魔力を全身に循環させて使いまわしている感じだ。こういうとなんか濁ってそうで嫌だね。揚げ物の油みたい。
そして魔力を消費した分だけ魔力量が増えている、気がする。たぶんそう。実際に測定できるわけじゃないから、もしかしたら慣れによる効率化の可能性も捨てきれない。でもなんか増えてね? って思う。うん。一週間程度の実験じゃ正確にはわからなかった。
そして最後に、火を出したり水を出したりするような魔法は使えない。神父様が ‘’身体強化‘’ の魔法と言っていた以上、それ以外の魔法も存在しているに違いない。それなのに、どう魔力を使っても、どうイメージしても少しもそれらしい反応がないのだ。これは身体強化とは使い方が根本的に違っていて、間違ったやり方をしている可能性もあるが適正のようなものが存在して私には使えない可能性も十分あり得る。だから現段階では使えないという少し悲しい事実が分かっただけだね。誰か詳しい人教えて!
魔法の訓練ばかりにかまけていた訳じゃないよ? エマちゃんとも遊んだ。エマちゃんにも凄く心配かけたようでしきりに頭を撫でてくれる。頭は大丈夫ですよ。派手にぶつけたけど賢いままです。
数日間、エリーズさんがエマちゃんを連れてきては何だか難しそうな顔をしながらお母さんと話していたのが少し印象的だった。子供の面倒は私に任せなさい! 代わりに難しい話は任せたぞ!
そして洗礼式から一週間がたった今日、お母さんが大事な話がしたいからおいでと言ってきた。
私にはわかる。これ絶対怒られるやつだ。できるかな? ってなんとなく気になって、強化した歯と顎で石をかみ砕いたことかな。今になって思えば、私だってそれは女の子としてどうよって思うし。それとも体の一部だと認識すれば手に持った物も強化できるのか実験した結果が失敗に終わったのがばれたか? この実験で家にあった木のスプーンは犠牲となったのだ。実験に失敗はツキモノデース。
まぁいい、何事も先手必勝だ。
「ねぇ、ノエル。ママ大事な話がしたいんだけど――」
「お母さんごめんなさい。木のスプーン壊しちゃったのは私なの……。言い出せなくて家の裏に埋めました。あの日からお家の裏はお墓です」
「違う。スプーンがやけに少ないと思ったらノエルが犯人だったのね……」
「お母さんずっこい! 誘導尋問だ!」
「そんな言葉どこで……。取り敢えずスプーンの事は今は! いいわ。それより大事な話があるの」
お母さんは真剣な顔でそう言った。スプーンより大事な話に心辺りはないぞ? そもそもお母さんは勘違いしてるかもしれないが私が壊したスプーンは一本や二本ではないのだ。明日か明後日には恐らくすべてのスプーンが家の裏に行くことになる。このままではスープも素手で食べることになってしまう我が家の食卓よりも大事な話なんてあるだろうか。いや、ない! 反語!
「ノエルがこっそり使ってる身体強化の魔法は今後禁止にします」
あった。――食卓より大事な話あったよ!
「お母さんひどい! なんでそんな意地悪いうの!」
「意地悪じゃなくてノエルの為に言ってるの!」
「私は使いたい! 使えるから使うの! スプーンはもう壊さないからいいでしょ!」
「スプーンなんてどうでもいいわよ! とにかく使うのは禁止! 今後魔法の事を外で話すのも一切禁止! 今まで使えなかったんだからなくてもいいでしょ!」
意味が分からない。……頭の中も魔力もぐるぐるしてる。きっとママにも何か理由がある。それでも頭ごなしに禁止をされたら納得なんてできなかった。意識が体に引っ張られているのか思考がまとまらずに涙があふれてくる。なんで、どうして、嫌だ、そんな言葉しか頭に浮かばなくなっていた。これ以上ここに居てもきっと何も解決はしない。
私は呼び止めるお母さんを無視して寝室へと走る。まだお昼を過ぎたばかりだけど、今日はもう寝る。いったん寝れば頭の中が整理されるかもしれない。
それでいいのだ。今はきっと、どんな話も私は受け入れられないだろうから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます