第3話 ハードル上げた結果、残念に感じるパターン結構あるよね

 洗礼式はあっさりと終わった。


 異世界チックになんかスキルだの職業だの魔力適正だの見てさ、『おお! この村から勇者が生まれるとはなんてめでたい日だ!』 みたいなことがあるのかなってワクワクしてたのに、なんか村の五歳のキッズ達みんな並ばされて、神様に祈りを捧げた。お手本のシスターさんのマネをして、両膝ついて手を組み、頭を下げてお祈りしてたら神父様が銀色のお盆もって水をかけてきやがった。ちゃんと説明しといてよ! ぶん殴るところだったぞ。初対面で水かけるとか神々の教えを説く前に常識をだね……ぶつぶつ。


 そのあと、神のご加護がありますようにと大人も子供も改めて祈ってお終いだった。


 何だこれ。異世界ファンタジー感何一つなかったよ。スキル判別の儀みたいなのないの? 異世界か自信なくなってきたわ!


 無事に終わって良かったわーとか言っている奥さんいるけど、これ無事に終わらないことあるの?


 神父様が水ぶっ掛けたら苦しみながら口から黒い煙吐き出す悪魔付きの五歳児とかたまにいるんか? 逆に見たいわそんな七五三。


 洗礼式終わったし、じゃあ気を付けて帰りましょうってなるかと思ったら、ママさんの会合みたいな立ち話が始まっちゃって子供はほったらかしだ。教会の庭やら原っぱでみんな遊んでる。


 この教会は小高い丘の上にあるから坂道を転がって遊んでる子達もいるけど、お姉さん断言しよう、君たちは後で後悔することになるぞ。服を汚すなって絶対お母さんに叱られるよ。


「エマちゃん皆と遊ばなくていいの?」


「私はノエルちゃんと一緒にいるから平気です」


 この可愛い事を言ってくれているのはエマちゃんだ。皆垂涎物の金髪に碧眼で清楚な美少女である。


 村の全員が同じような服を着ているのにエマちゃんとエマちゃんママのエリーズさんは浮いている。ぶっちゃけ似合っていない。お忍びで平民の恰好をしているお貴族様です、といった様相をしている。ちなみにこの国に貴族が存在しているのか私は知らない。五歳児思った以上に箱入りだな! 何も知らないぞ!


 エマちゃんはちょっと距離は離れているがお隣さんで、私のお母さんとエリーズさんが仲良し。その関係で私とエマちゃんも一緒に過ごすことが多くなって仲良しになった。


 というか私、友達エマちゃんしかいない気がする……。村の集まりとかで同年代の子に話しかけようとするとエマちゃんが間に入って私に話しかけるんだよね。


 男子たちからよくからかわれる美少女のエマちゃんと、それを庇う脳筋というのが日常的に起きていたみたい。よくやったぞ、記憶を取り戻す前の私!


 そのせいか男子は私が近づけないように威嚇して、女子はエマちゃんがブロックしている。いや何で女子のブロックするの?


 エマちゃんもこのまま友達が私しかいないのは教育上良くないだろう。ここはいっちょ年上のお姉さんとして導いてあげようじゃないか!


「あっちの女の子たちと混じって一緒に遊ぼっか! 何してるのかな? おままごとかな?」


「私はノエルちゃんと二人でいいです。二人がいいです」


「あ、はい」


 なんか妙な迫力があってビビってしまったのは内緒だ。五歳児だから漏れるかと思ったわ。エマちゃんが乗り気じゃないから仕方ないね、この木陰でのんびりしてよう。


 私は朝から暇さえあれば魔力(仮)をいじくり回しているからぼーっと座っているように見えて実は結構忙しいが、エマちゃんは暇じゃないの? なんかニコニコしてるけどさ。


 木陰でニコニコしている美少女とか絵画かよ。ちなみに私も美少女だ。鏡なんかないからちゃんと自分の顔を見たことないけど美少女に違いない。美醜なんてものは結局誰かの評価でしかないんだから、私が美少女だと思えば美少女なんだよ。


 木陰でニコニコしている美少女と、魔力(仮)いじりに夢中で半分意識が飛んでいる、ボケっと口半開きの美少女の二人組だ。七五三だし写真撮ってほしいね。これも思い出の一ページだよ。


 しばらくすると向こうの女子グループから一人子供がトテトテと近づいてくるのが見える。


 赤毛を少し短めにした活発そうな女の子だ。人見知りしなさそうだし一緒に遊ぼうって誘ってくれるのかな? 中学で女バスに入りそうな幼女よ、エマちゃんを誘ってあげて!


「ねぇねぇ! 向こうでみんなで遊ぼうよ! 男子が狩人とウサギやるんだって!」


 赤毛の子はこちらに来るなりそう言った。なんだそれ? 当たり前に知ってることなのかな?


「それ何です? 私ノエルちゃんと一緒にいるから忙しいんですけど」


「座ってるだけじゃん! 狩人とウサギにわかれてウサギの人は捕まらないように逃げるんだよ!」


 何か突然エマちゃんの雰囲気がきつめになったけど、エマちゃんよくぞ聞いてくれた!


 聞く限り鬼ごっことかドロケイみたいな遊びかな? ちなみにドロケイ以外の呼び方は認めない。私はドロケイには参加するがそれ以外の呼び名なら断固として参加しないぞ!


「やりません。ノエルちゃんと一緒にいるから忙しいです」


「あー……、エマちゃん、私やりたいなー。オオカミと毛皮やりたいなー」


「ノエルちゃんがやりたいなら一緒にやります! あなた、早く準備してください」


「ヒエッ。狩人とウサギだし、うちオルガって名前があるのにさ……」


 そう言いながらオルガちゃんはとぼとぼとみんなのところに戻っていった。元気出せオルガちゃん。年上としてしっかりと援護だけはしてあげるつもりだったのに、なんだか少し可哀そうな感じになってしまったね。エマちゃんの当たりも妙に強かったし大丈夫かな。


「じゃあ私たちもいこっか!」


 そう言ってエマちゃんの手を握るとさっきまでのピリついた空気が消えてほんわかしている。


 きっとエマちゃんは毎朝起きたら窓をあけて歌いながら小鳥に挨拶するのだ。決して他人に強く当たったりしない。さっきのは勘違いだったということにしておこう。


 男子数名と女子数名に合流して狩人とウサギ好きな方に分かれることになった。私はどちらでもいい。狩人とウサギ、どちらになろうとも逃げるなんてとんでもない、私は必ずや敵に一矢報いてみせよう! と息巻いていたけど、それだと遊びにならないそうなので狩人にされた。


 エマちゃんはてっきり私と一緒に狩人になるかと思ったら、随分悩んだ末にウサギを選んだ。なんかニマニマしながら追い掛けてもらうとかブツブツ言ってるけど平気? ちょっと御見せしない方が良い顔になってるよ?


 私とエマちゃんは初心者だ。エマちゃんの為にも必要だろうとルールの確認をしてみたら捕まったらウサギはそれで終わりらしい。牢屋とかのシステムは無いんだね。きっと食卓に並ぶエンドなんだろうな。シビアな遊びだ。


 今回の狩人とウサギのフィールドは教会の庭、柵の内側限定だ。


 私は大人だからちびっ子達の遊びにはイマイチ乗り気になれないけどまぁ仕方ないよね。そんなこんなでどうやらそろそろ始まるらしい。精神的には大人だから、乗り気じゃないけど始めますか。


 フフッ、さぁ子ウサギ達よ逃げまどえ! 現代日本からやってきた運動のスペシャリストが一瞬にして捕まえてくれる! 貴様らは知らんだろう。冥土の土産に最速のクラウチングスタートというものを私自ら見せてやろう。


 私は肩幅ほど腕を広げて両指を地面に付け、足を前後に開いた状態で腰を上げる。


 感覚を研ぎ澄まし、はじまりの合図と同時に身体が動き出す。最高のタイミングでスタートを切れた、前傾姿勢で体が前に倒れる力を推進力へと変えて、前へ前へとまるで倒れこむように走り出す。


「ヘブゥ!」


 ……倒れこむように走り出して、そのまま二歩目で思いっきり顔から倒れてしまった。五歳児頭重すぎて全然上半身上がらなかったね。みんな足を止めてめっちゃこっち見てる。


 ……そりゃそうか、遊んでる途中で転ぶ子がでるのは普通でも、開始とほぼ同時に転ぶのなんて調子乗ってクラウチングスタートやるやつくらいだろう。


「だ、だいじょぶか?」


「だいどぶ。鼻痛いけどだいどぶ」


 近くにいた男の子が眉尻を下げながら心配そうに話しかけてくれた。笑わないなんていいやつだな! あそこに居るオルガちゃんなんか爆笑してるぞ! ……絶対に許さん。捕まえて食卓エンドにしてやる! 今更キョロキョロしながら震えたところでもう逃がさんぞ。


 この私の胸とお腹にある煮えたぎるような激情が誰よりも速く、誰よりも強く、オルガちゃんを必ずや捕まえろと、力と勇気を与えてくれている! 絶対に逃がしはしないよ……?


 私は懲りずに再度クラウチングスタートの姿勢を取り、足にぐぐっと力を込めると、いつもと違う感じがする。足全体が大地を掴んでいるような感覚だ。この星がオラに力を分けてくれている!


 今度こそ本当に最高のスタートを切れたと思う。前世を含め、これ程までに脚の力を地面に伝えられた事は今までになかった。


 そう思うと同時に、足元からドゴンという爆発音がした。走り出した私の一歩目は地面を抉り、そこから生まれた推進力で私の体は前傾姿勢のまま、まるで吹き飛ばされた様に低空飛行を始めた。さながらロケット頭突きだよ。


 私は当然ながら空中での移動なんて制御出来ず、パニクったまま柵を頭で突き破ってそのまま意識を失った。


 これが洗礼式の日の最後の記憶だ。

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