『ブリキの王』

世界の最果て《最終処理場》には、『ブリキの王』が居る。


遥か昔、悪い魔女によって心臓を失くしたブリキの木こりが居た。



まだ人の身であった頃、彼は木こりであった父の後を継ぎ、木こりの仕事に精を出した。

夏は木材を加工して家具を作り、冬には家具と燃料の薪を売る毎日。

やがて、商売の規模は知り合いの商人と掛け合うことで、男の稼ぎは村一番となった。

それでも彼は稼ぎを村のため、人のため、家族のために使った。

彼の行動は、本当に愛に溢れていたのだ。

彼の噂は村から村へ、好青年で人々から愛されるお金持ちとして名を馳せた。


ある日、彼の家族が暮らす村に、娘とその祖母が村に越して来た。

祖母が「寒い」と言えば、娘はすぐさま薪を買いにきた。


———寒さ故か、小刻みに震えながら、青ざめた顔で男の元にやってきた。



それを哀れに思った心優しき彼は、少々安い値段で娘に薪を譲った。

そうして二人は知り合い、幾年の時を重ねて互いの家族の話をするようになった。


娘の名前は、マナといった。

家族の話をするマナは、正に生き生きしていた。


曰く、両親は今の祖父母の下を離れてから上手くやり、幸福に過ごしていた。

両親は元々身体が弱く、それでも祖父母から離れた理由は、終ぞマナは知ることができなかった。

両親が亡くなった後、不意に人が訪ねてきた。

丁度亡くなった次の日、父方の祖母がやってきたのだ。

マナは愛に飢えていたため、祖母を迎え入れ、共に暮らすようになった。

しかし、祖母は少々性格に難があったと言う。

祖母の吸い込まれるような真っ黒な瞳に睨まれる度に、あの白髪が頭から離れなくなるのだという。


それだけ怖い思いをしても、家族に尽くす健気なマナに男はすっかり惚れていた。


———家族も、皆俺が愛そう。



そう言い、彼らは結婚を誓い合う仲となった。


ところがマナと同居していた老婆は、「働き手を取られる」と怒り狂った。

マナの祖母である老婆は、人を人と思って接しない、当時では珍しくない外道であった。

老婆は東の魔女に依頼し、マナが惚れたという男の斧を盗み、彼の斧に呪いをかけさせたのである。


代償に老婆は何かを捧げたらしいが、本人はその後に失踪してしまったために真相は分からない。

後々の噂によれば、魔女は「顔を奪う」のだという。




さて、魔女による呪いがかかった斧にも構わず木こりは働き続けた。

結果、怪我が多発するようになり、家族のためと更に働き続けた彼の体を徐々に切り落とされていった。

遂には全身がブリキの義体になった挙句、失踪する前に老婆がお勧めしたブリキ職人に心臓を入れ忘れられたせいで『愛』を忘れてしまった。



もはや、木を切る目的も覚えていないが、過去の自分が残したメモを基に生活費を稼ぎ、見知らぬ女性にお金を渡す日々。

彼女は時折、「悲しそうな」顔をした。


———何故?



ある時、作業中に雨ざらしになって関節がさび付き動けなくなった。


雨が降る。

カンカンと雨が弾け、身体の内側から命が芽生えていき、下半身は植物に覆われた。


人と会うこともやがてなくなっていった。


最初は来てくれた顔馴染みの女性もすっかり皺が増え、頭が白に染まったことに気づいた頃には、もうその姿を現さなくなった。


———あの女性は、誰だったのだろうか。何かを失ったような、そんな覚えもある。

メモには確か、「愛」する人と書いてあった。


———そうだ、「愛」だ。俺に足りないのは、「愛」だ。共に生きる人を「愛」する心だ。



そんな時、ドロシーという少女に油をさされ、付き人のかかしに身体を磨いてもらうことで体の自由を取り戻し、その恩から行動を共にする。

彼は鋭い斧と頑丈なブリキの身体を活かした、戦士として活躍した。


———ブリキさん、本当に強いのね!



不思議と、彼女に褒められると懐かしい気持ちがした。

薄紫の透き通った髪色に、魅惑的な赤の瞳が美しかった。


彼は、ドロシーが欲した本物の魔法使いの力によって、心臓を得ることによって愛を取り戻すことを目指した。仲間のライオンや、カカシも同様に欲するものがあったのだと言う。

それが、本物の魔法使いに会わんとするドロシーの旅に同行した目的であった。



長き旅の果て、彼らは魔法使いと出会う。


———はて、この魔法使い、どこかで見たような?

いやしかし、あの女性は既に100年も昔に別れたきりだったから有り得ない。

ならば、誰なのか……。



そのような疑問を抱くも、主人のドロシーはいつになく興奮していた。

吸い込まれるような真っ黒な瞳に、白髪の魔法使いは言う。


———よく来たね、小さな魔女さん。

あなたたちの願いは知っているよ。

手早く話は済ませてあげよう、本当の魔法を得る方法を。


ライオンには、あなたの両手をあげなさい。

カカシには、あなたの脳をあげなさい。

そして、"木こり"には、あなたの心臓をあげなさい。



仲間想いで愛に溢れた彼女は、親切にそれをくれようとした。

しかし、彼女は人間。そんなことをすれば死んでしまう。


———小さな魔女さん、魔法を得るには、死を越える必要があるのです。

仲間の皆さんも、是非協力してあげてください。

そうすれば、皆さんの願いも叶います。




俺達は、ドロシーをバラした。


ライオンは一心不乱にドロシーを貪った。

カカシはドロシーだったものの脳を解き、首に巻いた。


俺は


彼女の心臓を



自分の胸に入れた。




あたたかかった。



———木こりさん、「彼女ドロシー」と「前の娘マナ」、どっちが好きだい?


俺は答えた。


———勿論、彼女だ。彼女は、ドロシーは、俺が1番愛している。後者はそもそも、俺は知らないしな。

ところで、死を超えたドロシーはどうなるんだ?




魔女は応えなかった。





雨が降る。





気が付けば彼は洞穴に倒れていた。

カンカンという音が周囲から響いていた。

周りには自分と同じブリキや、鉛などの金属製品が転がっていた。


そこは、かつての旅で安らいだ、森林は一切無い地下世界最終処理場だった。

上を向いても、限られた日の光しか当たらない空洞があるばかり。


しかし、それでも俺は暖かかった。

もう二度と錆びることもない。

彼女の愛が、俺の中で脈打っているから。




その昔、村一番のお金持ちとその妻が姿を消した。

妻は同居していた老婆が居たらしいが、失踪したのだと言う。


村で顔をきかせていた東の魔女は、村一番のお金持ちの妻のその老婆と知り合いであり、老婆の娘に好意を寄せていたため、その噂を聞くたびに非常に悲しそうな顔をしていた。

薄紫の透き通った髪色に、魅惑的な赤の瞳が美しかった。



さて、代わりに、村ではそのお金持ちの青年の話よりもこういう噂が流れた。

噂の源は、そのオズの魔法使い東の魔女


「最近各地で悪事を働いた、ドロシーという魔女を私は退治した。しかし、その家臣であった、凶暴で蛮勇なライオン、人の脳綿とハラワタを身に付けた狡賢いカカシ、そして、残虐非道で人類を全て嫌悪するブリキの戦士を逃してしまった。」



「その内のブリキの戦士は、自分と似た体を持つ戦士を、世界の最果て《最終処理場》に集め、『ブリキの王』となったらしい。決して、近づかぬように。」




こうして、村では御伽噺が作られた。


『魔女ドロシーとオズの魔法使い』

世界で最も美しいオズが、魔女ドロシーを退治するお話。


その内の一つに、こうある。





———世界の最果て《最終処理場》には、『ブリキの王』が居る。


———遥か昔、悪い魔女によって心臓を失くしたブリキの木こりが居た。

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短編物語『渡守』 ペラ=アトン @Perror-Arten0628

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