第47話それに俺たちは笑った

 後日、隆明さんと俺の遺伝子検査を行った。

 適合率は99.9%以上。

 つまり、俺の父は隆明さんだった。


 なんのことはない。

 俺は寝取り浮気の末に生まれた子供ではなく、母の夫である隆明さんの子供だったのだ。


 海外転勤中の母と浮気相手のクズ男が一緒にいた間に出来た子供だから、俺が浮気相手の子供だと誰もが思ったことが原因だ。

 夫婦間の関係が上手くいっていなかった時期が重なったせいもあるのかもしれない。


 いずれにせよ、あのクズ男の血を引いていない。

 それだけで不覚にも俺は隆明さんの肩で泣いてしまった。

 隆明さんは俺の背を静かにあやしてくれた。


「本当に……ごめんなさい。私の弱さのせいで……」

 母はそう言って俺に何度も謝罪をした。

 隆明さんはその母の髪をぐしゃぐしゃと荒く撫でた。

 それぞれに夫婦の在り方がある、そんな気がした。


 母が気づかなかった理由だが、浮気相手のクズ男がどことなく隆明さんに似ているのだそうだ。

 中身はまるで違うが。


 どうしてこういう女の人は、そんなクズ男に簡単に引っかかってしまうのだろう。

 きっと男がクズ女に簡単に引っかかってしまうのと同じ理由なのだろう。


 海外転勤で寂しさから母が浮気した理由もそこにあったというのだから、隆明さん……父も複雑な気分だろう。


「良かったね、恭平くん」

「ああ……、ありがとう姫乃」


 完全な第3者の姫乃だからこそ見たままでその可能性を見出したのもあるが、俺も父も、自分の顔などよくわからないというのが本音だ。

 鏡で毎日見ていても、だ。


 遺伝子検査が終わって、いくつかのやりとりの後、父と母は家に帰った。

 俺には半分ではなく血を分けた妹がいる。

 その妹にも事情を話すためだ。


 俺の2つ下でちょうど真幸の妹の稀李と同じ歳で香奈恵かなえという名だ。

 聞かされた妹はとても驚くだろう。

 なんとか仲良くしたいものだ。


 俺を巡る環境が大きく動き出したことで、俺は保険の先生である小牧冬こまきふゆ……マキちゃん先生に紹介してもらった心療内科で診察を受けることにした。


 俺が長い不眠症であったことを知るマキちゃん先生は俺の表情を見て笑って言った。

「恭平、眠れてるみたいだな」

「抱き枕があれば」

 姫乃に添い寝してもらうだけでびっくりするほど眠れてしまう。


「……女遊びもほどほどになさい」

「……誤解です」

 やっぱりそんなふうに見えるのだろうか。

 徹底的なまでに姫乃一筋なんだが。


 もう俺が病院に行ってどんな診断を受けようと、母に隔離されることはないだろう。

 もしかすると、あの時点ですでに隔離されたりすることはなかったのかもしれない。


 結局、不倫相手とも別れ、母も俺というどでかい秘密を抱えることに限界が来ていたのだ。


 だからあの日にああ言って絶縁宣言をしたが、その罪の重さに母は耐えられたりはしなかったのだ。


 たった1つの寝取り浮気という罪。

 それはまともな人であればあるほど重たくのしかかる。


 その罪の意識を感じて父に真実を告げたということは、母がその罪の深さに気づいたということでもある。


 ……だから、俺はもう許そうと思う。

 なにより被害者であるはずの父が俺に罪はないと、そう言ってくれたのだから。


 受付時に関係を聞かれて、姫乃は堂々と言い放つ。

「婚約者です!」


 診察時には基本的には家族でないと一緒に入れないかららしい。

「……あとで呼びますので、とりあえず川野さんだけお入り下さい」

 看護師さんに言われ姫乃は大人しく引き下がった。


 どちらにしろ、症状を詳しく知るのは姫乃なので話を聞くのにあとで一緒に入ってもらうことになるはずだと思ったのだ。


 心療内科の先生はごく普通に穏やかそうな人だった。

 俺の当時の症状と今の状態を確認して、詳しい症状は一緒に来た婚約者の方が知っていると告げると。

「そうですか。ふーむ、では一応入ってもらいましょうか」

 そう言って先生は姫乃に入って来てもらうように促した。


 一応ってなんだろうと思いつつ、先生は姫乃にも俺の症状を聞く。

「私への好意を示す言葉が聞こえなかったことと、過去の記憶をなくしていたようです。

 生活には特に問題になるようなことはなかったですが……」


 それだけ姫乃が告げると先生は。

「わかりました。

 薬などは特に必要ないようなので、今後、なにかの症状が出てくるようならまた病院に来て下さい」

 あっさりとそれだけ言った。


 戸惑いながら俺は尋ねる。

「えっと、いいんでしょうか?」

 姫乃も目を丸くして先生を見るが、カルテになにかを書き込み、先生は普通の顔で。

「はい、お疲れ様でした。受付で会計だけお願いします」


 そうして俺たちは病院を出た。

 病院の外で俺と姫乃は顔を見合わせる。

「問題ないってことでいいのかなぁ?」

「いいってことなんだろうな……」


 そして俺たちはどちらともなく笑った。

 悩んだ出来事は随分とあっさりと。

 なんでもないように終わったのだ。


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