第46話罪の許しと解放と
「初めまして。
君が恭平君?」
「そうです」
そこにいたのは、穏やかな雰囲気のある中年男性と
「話は聞いた。
まずは謝らせて欲しい。
「謝って許されることではないことを今はわかっています。
それでも……ごめんなさい、恭平」
そう言って、母と旦那である
「隆明さんが謝る必要はないかと」
隆明さんもまた被害者であるはずだ。
「そうかもしれない。
ただ1人の大人としては知らなかったで済ます気にはなれなくてね」
隆明さんは少し笑って肩をすくめて見せる。
俺の存在を最近になって知ったこと。
俺の現状と過去の話を聞いたそうだ。
母の名は旧姓、
少し話しただけでもわかったが、母の夫である
思えばまともじゃない大人から産まれたせいで、まともな人を見るのが新鮮に思えてしまった。
そして彼がなぜ俺のことを知ったかと言えば……。
なんと母が懺悔したのだ。
あの日、俺が恨み言を言うこともなく祖母への墓参りのことを告げたことで、ほんっっっっっとに今更ながらに、自分のやっていたことに酷い罪悪感を覚えたそうだ。
それでついに土下座して隆明さんに謝った。
隆明さんは土下座して謝る母に、謝るべきは自分ではなく俺に、と告げたという。
「おまえほんと……、昔っから男を見る目なかったよな……。クズ男に引っかかって」
隆明さんと母は興信所の調べではずっと純愛のように聞いていたが、実際はそうではなかったのだろう。
距離を置いた時間もあったらしく、その際にはクズ男に引っ掛かった母を最後に助けたのは隆明さんだったらしい。
「……よく許す気になりましたね?」
ため息を軽く吐き、それでも俺には笑顔を見せる隆明さん。
「……俺が許したのは苑花が本気で謝ったからだな」
謝罪ぐらいで許せるものだろうか。
俺は首を傾げると、隆明さんは俺の考えを読んで苦笑した。
「まさか、と思うかもしれないが。
浮気や不倫する奴は……バレたとしても本気で謝ったりしないんだ」
「……そうなんですか?」
浮気や不倫で相手を裏切ったのだ、せめて本気で謝罪ぐらいして当然だろう。
「嘘みたいだろ?
そもそもそういう人の多くは、それをそこまで悪いことだとは思っていないんだ。
確たる証拠があるときでも、自分は知らないしてないと言い張る。それがどれほど相手に深い傷を負わせたかよりも、自分が第一なんだ」
それは俺の想像の外にある話だった。
全ての人に当てはまるわけではないだろうし、本気で謝られても許せることとは思えないのもある。
確かに母もまた長い間、今このときまで俺のことについても隆明さんに謝ることをしなかったのだから。
「今回、彼女は確かに私、なにより君という存在を裏切っていた。
きっかけはどうあれ、それを悔いて反省して私と君に謝罪をした。
だから私は彼女を許そうと思う。
これが彼女が自ら懺悔しなければ、決して許すことはなかっただろうね」
それから隆明さんはしっかりと俺の目を見て柔らかな微笑を浮かべて言った。
「恭平くん。
君は彼女を許さなくてもいいよ。
私が許すのは私の分だ。
君の分の罪をどう受けとめるかは君が決めていい」
それでも隆明さんは許した。
隆明さんと母の過去に、それを許す何かがあったのかもしれない。
ほんの少し、母が海外転勤で別居状態になってたときにも触れてくれた。
夫婦のすれ違いがあった時期で、物理的な距離はどうしても心が離れてしまう要因にもなるのだと。
その心の隙をクズ男に狙われたのだろう。
もちろん母の心が弱かったことが1番の原因だ。
話し合った結果、俺は今の部屋に住み続けて良いことになった。
養子縁組まで申し出てくれたのを俺が断ったのだ。
俺の戸籍は祖父と祖母の養子となっているからそれで良い。
代わりに困ったことがあれば子供として頼って欲しいと隆明さんは言い、時々一緒に飯を食べようとも言ってくれた。
「この家はそのまま維持しておくから引っ越しの必要はないよ」
聞けば、母は中学の頃を最後に不倫相手とは会っていないそうだ。
そのときに手切れ金と俺の生活費代わりに、このマンションの部屋の権利を譲渡されていたそうだ。
高校になって今までの生活費は母がこっそりと工面していたのだという。
さすがに大学ともなれば何百万もお金がかかるので、このマンションの部屋を売って俺の大学資金にしようとしたのだという。
「大学資金は俺たちでなんとかするから大丈夫だ。いくらかは先に渡しておくから安心してくれ」
「なんでそこまで……」
何度も言うが、隆明さんこそ寝取り浮気の被害者だなのに。
「息子、欲しかったんだ。
……まあ、それもあるんだが何より生まれてきた子供の恭平君に罪はないからね」
罪はない。
それを裏切られた隆明さんが宣言してくれた。
生まれながら罪を持った俺を。
「あとまあ……なんだな。
話を聞いただけでも十分わかるが、恭平君は今までよく頑張った。
頑張った人が報われないなんて嫌だからな」
そう言ってニカッと笑ってくれた。
俺はもう目から溢れる雫を我慢するのは無理だった。
「ありがとう……ございます……」
酒が飲めるようになったら、この人と酒を飲んでみたいとそう思わせてくれた。
生まれて初めてできた父親だから。
「俺は……許します。
彼女の母が俺の祖父と祖母が俺を愛してくれたように。
彼女は祖父と祖母の娘ですから、許したいとそう思います」
それを聞いて、それまで肩を震わせながらも涙を堪えていた母は。
ついにホロホロと涙をこぼした。
「恭平……、今までごめんなさい。
ごめん……」
「うむうむ。だが彼女の浮気相手野郎だけは私は永遠に許さん」
「俺もです」
そう言って俺たちは理由もなく笑った。
それを姫乃は黙って見守ってくれていた。
そして、トントンと俺の肩を叩きポツリと呟いた。
「ねえ、恭平くん。
恭平くんと隆明さんって……似てるよね?」
それを聞いて、俺と隆明さん、それに母は同時に声をあげた。
「えっ?」
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