第34話続き、するの?

 ゴクリ、とのどを鳴らしてしまうのはもはや自然の摂理だ。


 抱きしめているからこそ余計に、柔らかく脳を刺激する匂いがする姫乃の身体を意識してしまっている。


 姫乃の指摘は事実だが1つ訂正はしておく。


「身体には、じゃない。

 心と身体どちらもだ。

 どちらも欲しい」


 俺がそんなことを望める立場ではないがそんな本音を告げてしまう。

 抱きしめることで俺の顔を見られないようにもしている。


 その資格がないとそう思いながら、どうしても姫乃にだけはその感情が溢れてどうしようもなかった。


「それならなんで私を振ったの?」

「姫乃を振ったことなど、ただの1度もないしあり得ない。

 ……俺は姫乃が好きだよ」

「……えっ?」


 姫乃は顔の角度を変えて、俺の顔をじーっと見て本当に不思議そうに首を傾げる。


 ……今まで、そんなにわかりにくかっただろうか。


 チャラ男の俺ならともかく、好きでもない相手にキスなどしないし、抱きしめたりもしないんだが。


「……あれ?」


 なぜか姫乃は素っ頓狂な声をあげる。

 まるであり得ないことを聞いたとでもいうように。


 同時に驚きで目も見開いている。

 俺はいまさら姫乃が何に驚いているのか、わからず戸惑う。


 俺と姫乃の間で静寂が流れる。

 そんな中、姫乃は口を開く。


「ねえ、恭平くん?」

「なに?」


「同じお墓に入らせて?」

 甘えるような口調でそんなことを言う。


 破滅的な言葉のはずなのに、快感でぞくりとした。

「ああ、わかった」


 最期の最期まで一緒に居てと言いたいのか。

 そんな俺に都合の良い話なら。


 姫乃はそこからさらに言葉を続ける。


「恭平くんの子供が欲しい」

「姫乃がそう望んでくれるなら……、ああ、そうか。

 変に誤魔化ごまかすからいけないんだな。

 俺は姫乃に俺の子供を産ませたい」


 かなり危うい本音を告げたのだが、構わず姫乃はさらに言葉を続ける。


「結婚したい」

「それは……働き出すまで待ってくれ」


 本当は今すぐ妻になって欲しい。

 誰にも渡したくない。

 俺にはそんな欲望が渦巻いている。


 だが、社会はそんな感情だけの若い2人をどうして認めようか。

 姫乃とは、今この瞬間だけ一緒にいたいわけではない。


 赦されるなら、永遠に一緒にいたいのだ。


 姫乃は虚偽を許さぬ瞳で、真っ直ぐに俺を見つめる。

 なにかを期待するように。

 それでも信じられないなにかを確認するように恐る恐る。


「もしかして恭平くん。

 私のこと好き?」


 さっき、好きだと告げたはずなんだが?


 表向きの言葉ではなく、心の底から願う本音でなければ伝わらないのかもしれない。


 それに促されたせいだろう。

 ついに俺は姫乃に本音を吐いてしまう。


「愛してるよ」


 本当はそんな綺麗な言葉ではない。

 ドロッドロで狂愛というほどに姫乃が欲しい。


 いますぐ押し倒して俺以外見えなくなるほどに抱きたい。

 姫乃以外の一切がいらないほど、どうしようもないほどに好きだ。


 それを聞いて姫乃は、俺の腕の中で一気にぐでんと脱力する。


「ああ、そうか。

 そうだった……。

 ……が聞こえてないなら、私の……もわかってないわけで。

 最初から……だってことだもんね。

 だから、あんなに私に甘かったし情熱的なキスもしてくれたんだ……。

 むしろ気づけよ、私」


 そこから甘えるように俺の胸に顔を擦り付ける。

 涙の後を俺の服で拭っているだけなのかもしれない。


「なんだ私……、焦る必要なかったじゃん」


「姫乃?」

「ああ、うん。

 私も……てるよ」


 戸惑う俺の顔を見て、姫乃は目を細める。

「……あー、伝わんないか」


 そう言って突然。

 姫乃から唇を重ねてくる。


 何度重ねても、甘く柔らかで甘美な姫乃の唇。


「じゃあ、今から恭平くんは私の彼氏ね?」

「それは……」

 俺にその権利はない、はずだ。


「答えは『はい』か『YES』か『今すぐ結婚する』かで」

 強い眼差しで言い切られる。


「じゃあ付き合う……。

 あ、いや……違うな」


 言いかけて途中で言葉を止めたことで、姫乃の瞳が揺らぐ。

 いまさら否定は許さぬと、そう叫ぶように。


 力を込めて必死に俺を睨むようにしがみ付く。

 そこに余裕は一切ない。


「なにが!?

 なにが違うの!?」


 ……そんな俺に都合が良い行動を取らないでくれ。


 姫乃が俺を好きになるわけなどないのに、夢を見たくなってしまう。

 もしくは……その意思も無視して押し倒したくなる。


 俺はそんなふうにしがみつく姫乃を、逆に逃がさないようにぎゅっと抱きしめた。


 ……『ように』じゃないな。

 俺の身体は心の望みのままに姫乃を逃さない。


「姫乃」

「なに?」

「俺と結婚してくれ」


 俺が姫乃を好きでいることは、姫乃を地獄に堕とすことになるだろう。

 それでもどうしようもなく好きだ。


 色々悩んだ。

 色々考えた。


 ついには考え過ぎて、何もわからなくなった。


 なので、最後には悩んでいた一切がどうでもよく思えた。


 このまま姫乃と距離を置こうとしても、どうせ俺は姫乃だけを永遠に愛してしまうのだ。


 省いて省いて。

 残った答えはシンプルなたった一つ。


 もう知るか、俺は姫乃が欲しい。


 どんな未来や不幸や地獄があろうとも。

 ただ1人、姫乃だけが欲しい。


 たとえ姫乃が俺を好きにはならなくても。

 たとえ姫乃が誰を好きでも奪ってしまおう。


 たとえ、それが……俺が憎んでやまない寝取り浮気になってしまっても。




 そこで姫乃は興奮した様子から一転。

 俺の顔をぽかーんと見て、しばし沈黙。

 それから絞り出すように言葉を吐き出す。


「……プロポーズ?」

「プロポーズ」


 姫乃はさすがに事態が飲み込めないらしく、キョロキョロと辺りを見回してから、自分が抱きしめられていることにもようやく気づく。


「あ……、あれっ?

 恭平くんにいつのまに抱きしめられて、プロポーズされてる……?

 あっ、これ、夢?

 いつのまに……、あ、そっか……夢か」


 現状を夢あつかいする姫乃に、これが生優しくなどない現実だとわからせるために俺は姫乃の唇を奪った。


 姫乃の意思など無視した狂暴なキス。

 俺が姫乃を奪いたいがために。


 そのまま口の中にまで舌を入れて姫乃の舌にまで絡ませる。


「あ、っぐ……」

 姫乃が喘ぎ、それでも俺は姫乃と舌を絡ませ続けたが、呼吸ができるようにと一度口を離す。


 荒い息を吐いている姫乃の口元を指で優しく拭い、自分の口元も荒く袖で拭う。

 姫乃がとろける目で俺を見る。


「正気に戻った?」

「えっ……?」


 ぽやんとした返事を返してきた姫乃。

 なので、これが夢ではなく現実であることを伝えるべく、再度口を重ねる。


「んんー!?」

 次第に俺からだけではなく、姫乃からも俺にしがみ付きながら舌を絡め出し、もきゅもきゅと音がしそうなほど繰り返した。


 数分なのか、数十分なのか。


 時間の感覚も分からず、なんで姫乃にキスしてたんだったかなぁ〜、キスしたいからしたんだな、と自分でも目的を見失いかけたとき。


 舌を絡めたままの姫乃がストップとでも言うように、俺の肩をポンポンポンと叩く。


 口を離し、俺と姫乃に透明な糸の橋が繋がっている。


「夢じゃないってわかった?」

「はぁはぁ……えっ、えっと……」

 まだ戸惑っていたので、そのまま姫乃の唇を奪う。


 姫乃の唇を、もう一度唇で啄んでから唇を離す。


 荒い息を吐きながら、くてんと姫乃は顔を隠して俺の胸にもたれた。


「……なんで私、恭平くんにキスされてるの?」

「……ごめん、我慢できなかった」


 ……最低だ。

 それでも俺の中から姫乃への愛しさがあふれて止まらない。


 姫乃はまだ少しぼうっとしている顔で、俺の腕の中から俺を見上げ、ぽつりと呟いた。


「……続き、するの?」

「……したい」


 俺が正直にそう伝えると、姫乃は腕の中で赤い顔のまま……、なぜかコクンと頷いた。


「……いいよ」

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