第33話私はもうダメだ
「好きです、付き合ってください」
その日の放課後。
隣のクラスの
日に透かすと茶色に見える肩までの髪と少し垢抜けた容姿で明るい子だ。
1年のときに同じクラスでそれなりに会話した記憶もあり、複数人でだが当時はよくカラオケにも一緒に行った。
そのときも複数人男女で出掛けながらもデートと言っていた記憶だけがある。
いまはすれ違いざまに挨拶をするぐらい。
クラスが変わるとじっくり話し込むことはなくなった。
前から格好いいと思っていたが俺が学年1位になったり、スポーツ大会で活躍するのを見て、改めて気持ちが加速してしまったのだと。
冬だと夕暮れになる時間だが、この時期はまだ昼間と変わらぬ明るい光が教室内に差し込む。
クラス内には他にもう誰もいない。
吹奏楽の音や部活に汗を流す生徒の声。
どこかの教室からなにかを叩く音や物が散らばるような音。
この教室だけは静かだ。
俺は微笑みを浮かべそれに答える。
「ありがとう。
それと……ごめんな」
「どうしても?
試しで付き合ってみるとかでも良いから……」
彼女は俺が何人もの女性と似たような形で、デートを繰り返していたのを知っている。
それはもちろん、付き合うことを前提としたものではなかったが。
そうして始まる関係もあるだろうし、むしろ多くはそういう始まりだ。
やがてそれが愛に変わり、長い時間を共に過ごす関係に変わることもある。
始まりはどんなものでも良いのだ。
ただその唯一を俺はすでに決めているというだけで。
「ごめんな、俺はもう心に決めている人がいるから」
はっきりとした返事を返す。
俺が自分から姫乃と距離を置こうと言葉では突き放しておきながら。
いつか姫乃が俺以外の誰かと添い遂げて、自分が絶望してしまうことを知っていながら。
それでも勝手な俺は姫乃のためならば、なんでもしようと決めてしまっている。
「だからごめん」
「あはは、そっかぁ〜。
ざぁんねん、1年のとき仲良かった気でいたからワンチャンある気がしてたけど、そっかそっかぁ〜。
残念、じゃあ私は行くね。
気が向いたらまた遊んでね!」
そう言って恵は誤魔化すようないまにも泣きそうな笑みで、教室から駆け出して行った。
それは一過性の恋だったのか。
どういう感情だったのか、俺にわかることはない。
ただ駆け出すときの彼女の瞳に浮かんだ雫がわずかに光に反射していた。
チャラ男のときから、こうして何度か告白を受けた記憶がある。
こんなクズ男でも顔が良いせいか、チャラさが逆に良いのか、告白をされた記憶がある。
そのどれもを高野が以前チラリと言ったように俺は受け入れていない。
それがどういうことなのか。
いまの俺でもわかる。
「俺が誰かと添い遂げて良いわけないもんな……」
たとえ、それが姫乃であろうと……。
ただし、姫乃相手だけにはその決心は崩壊寸前だけど。
多分、俺は姫乃にだけは懇願されるようなことがあれば断れないだろう。
「ま、そんなことはないか」
そう思い込まないと──。
すでにそのタガは外れかけているのを俺自身が1番よく気づいている。
放課後の部活動の音の中に、再度、なにかを叩く音。
教室の壁を誰かが殴っているような、どんっと。
俺はそれ以上、頭を働かせずに教室を出て、なんとなくその音のした方へ向かった。
廊下に出てすぐ隣の教室に視線を送ると。
その教室のこちら側の壁のそばの床で座り込んでいる姫乃がいた。
カバンから荷物が床に散らばっている。
「姫乃、どうした!?」
姫乃は床に座り込み、色を写さぬ瞳が俺を視界にとらえると、彼女は俺に手を伸ばしている。
駆け寄り俺はその手を掴む。
姫乃は目からこぼれ落ちる涙を拭こうともせず、俺の手を離すまいとキツく握る。
俺の手に爪が食い込むが、痛いというほどではない。
「恭平くん、告白されてた……」
見てたのか、それで隣の教室に隠れていたのか。
しかしこの状況は……。
俺がなにかを言う前に、姫乃は必死に俺の両手を掴み言葉を続ける。
「恭平くん、……!
……なの!」
必死に、半ば半狂乱になりながら姫乃はナニカを俺に訴える。
そのナニカは……俺にはわからない。
「なんで?
なんでなんでなんで!?
なんで彼女の言葉は聞こえて、私の言葉は聞こえないの!?
告白受けたんだよね、付き合うの!?
恭平くんが彼女を受け入れてしまったら全て終わり……終わりなんだよ!
恭平くんを奪われたらどうしよう、怖い怖いよぉ……。
嫌だ……嫌だ嫌だ!
捨てないで!!」
姫乃は俺の手を決して離すまいと力を込めながら、ガタガタ震えながらそう訴える。
俺と加藤恵との会話までは聞こえなかったらしい。
「姫乃」
「……邪魔をしたかった。
でもそれはしてはいけないと……我慢して。
だけど、私は……私はもうダメ。
だからごめん。
この先、恭平くんが私以外の人と付き合おうとしても必ず邪魔する。
絶対に邪魔する。
私以外の誰かと付き合ったりさせない。
絶対」
俺を掴む手が震えている。
それは姫乃の内心の葛藤そのものなのだろう。
人の告白を邪魔しないという常識と、それを超えても邪魔してしまいたいと思う感情。
それと戦いながら。
「お、おう……」
心配しなくても他の誰かと付き合うとかしない。
それに俺にその資格はない。
「返事は、なんて返したの?」
姫乃は恐怖に震えながらも、いまにも噛みつかんばかりの表情で俺を睨みつける。
返答次第では何をするかわからないぞ、と脅すように。
なにされるんだろ?
「……断った」
ゆっくり姫乃から力が抜けていく。
「そう……」
しばしの沈黙。
姫乃から震えは次第に収まり、一歩間違えばどうなるかわからない危うい気配はなくなった。
半ば項垂れるようにしながら、それでも俺から手を離さずに座り込んだまま姫乃は静かに告げた。
「ごめん……、次は本当に無理。
空気読むとか、他の人の想いを邪魔しないとか……そんなの恭平くんのことだけは無理。
恭平くんが他の人を選ぶのを私は必ず邪魔するから」
それはまるで決意表明のようだった。
「おう……、なら俺も呼び出されたりしても行かないようにする」
俺がそう言うと、姫乃は泣き顔を上げて不思議そうな顔で俺を見た。
「……いいの?
一生だよ?」
「一生か」
前世と一緒で独り身確定かよ。
いまにも泣き出しそうな顔で俺の腕を掴む姫乃を見ると、『友人』として一生一緒にいてやるのもいいかと思えてしまった。
「わかったよ」
「私も一生恭平くん以外と付き合わない」
即座に返されたその返事には苦笑いを浮かべる。
「姫乃はモテるだろうし、またいい男にでも出会うだろ?」
いつかくるそのときは俺は耐えられないだろうな。
俺がそう言うと姫乃は口を歪めボロボロと涙をこぼした。
「お、おい?」
俺は姫乃を抱き寄せ、その涙が止まるまで頭を撫でる。
「俺はともかく、姫乃はちゃんと幸せにならないとダメだぞ?」
俺がそう声をかけるが姫乃はただ首を横に振るだけだった。
……困ったなぁ。
「恭平くんの子供は私が産む。
だから他の人とか知らない」
ゴクっと息を飲む。
こんなときになんだが、それはつまり姫乃と俺がそういうことを再びするというわけで。
そして何よりも愛しい人が自分の子を産んでくれる。
それはどれほどの歓喜であろうか。
その動揺は姫乃に気づかれた。
「……私の身体には興味あるんだね」
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