第43話幸せの形
心臓の音を届けるのに、相手に触れて鼓動を感じるように。
言葉を紡ぐ口を重ねることも同様に、心を伝えるのにもっともよいのは身体を重ねることなのかもしれない。
人はその欲に振り回されて、それが快楽だけのためのもののように誤解する。
でも、愛しい人に……愛している人にもっとも伝わるのも身体が繋がっている瞬間なのだ。
その瞬間だけは世界で2人は1人なのだ。
だから、その心も同じになる。
だけど寝取り浮気はそうじゃない。
その瞬間に大切な誰かの心を裏切る行為だ。
だから愛とは正反対の結果と未来を生み出す。
それがどれほど罪深いか。
それがどれほど愛を踏みにじる行為か。
愛を失った者には永遠にわかるまい。
永遠の愛は永遠を紡ぐ覚悟を持った間にしか生まれないのだから。
俺にとって幸せの形は祖父さんと祖母さんだった。
2人はいい歳をしながら手を繋ぎ、祖父さんは小学1年で亡くなるまで、俺と祖母さんを優しい目で見守ってくれた。
俺のいないところで母親を叱ってくれていたらしく、この年になるまで放置はされても金だけは父親と共に払ってくれたのは祖父さんの説教のおかげだっただろうと思う。
俺は祖父さんと祖母さんの子に生まれたかった。
その2人がいなければ、両親のようになりたくないと思っていても、どうやって人を信じれば良いのか、永遠に理解することはできなかった。
その2人の娘が俺の産みの母なのだから、全て正しいものがないのも世界というものなのかもしれない。
それでも2人がいなかったら、俺は文字通りチャラ男して女をとっかえひっかえしながら、物のように捨てていただろう。
たとえそれが姫乃であっても。
……いや、逆にありとあらゆる執着をして一緒に破滅させていただろう。
想像できてしまう。
執着と欲望が相合わさり、確実に妊娠させてその人生全てを奪うだろう。
……いまとそんなに変わらない?
確かに執着は変わらないかもしれないが。
両親のようなクズにだけはなりたくなくて、女の子とデートをしながら悪い男に注意するように忠告した。
それで俺に本気になって振ることになって、結局、泣かせることになってたのだから本末転倒だ。
俺みたいな男は1番ダメだろ。
俺は自己満足でそうしていただけのタチの悪い男なのだ。
……どうして姫乃だったのだろう。
理由はわかりたくはなかったが、すぐにわかる。
姫乃の目が誰よりも俺に似ていたからだ。
「無理して笑わなくていいと思う」
それは俺自身が欲しかった言葉なんだ。
1番救いたかったのは自分自身だったのだからクズ、ここに極まれりだ。
渇望するものが姫乃の形でそこにあったのだ。
恋は堕ちるとはよく言ったものだ。
落下するように堕ちた。
姫乃を寝取り浮気に誘った時点でもう正気ではなかった。
あの日、姫乃が誘いに乗らなくても、俺はどんな手を使っても姫乃を手に入れようとしただろう。
好きで好きで好きでたまらなかった。
それはもう俺自身の本能というべきもので、そこに理性など存在の余地はなかった。
奪うことしか考え付かなかった。
両想いだったとか想像もできなかった。
俺は誰かに愛されるような人ではないからだ。
矛盾だらけだ。
愛されたいと渇望しながら、そもそもその愛自体を俺は信じることができなかった。
それでも繰り返し紡がれた姫乃の言葉が俺を癒した。
欲しくてたまらなかった愛する人からの愛の言葉が。
俺は目を覚ます。
ひどく落ち着いた気分だ。
心の中に静かな海を抱くような。
ああ、そうか。
これが愛ってやつなんだと。
自分のことよりも誰よりもその人の幸せを願う心。
「……そうは言っても、姫乃はもう誰にも渡さないけどな」
一つに溶け合った瞬間に気付かされた。
心が
最初から離れることなど不可能だったんだ。
それを足掻くなど自分のバカさ加減に笑いが出る。
姫乃と1つになった瞬間。
押し寄せる快楽と共に、言いようのない多幸感が俺と姫乃の身体を包み込んだ。
その感覚に押されるように姫乃を包むように抱きしめる。
「愛してる」
2人の声も混じり合う。
本当に悩んだ時間は馬鹿馬鹿しいものだった。
どう悩もうと俺は最初から姫乃を手放せないことを姫乃にわからされてしまった。
魂が繋がる感覚。
これの前には寝取りや浮気の快感など、一欠片の価値もないことがわかってしまう。
これはただ一つなのだ。
ただ1人の人とその生涯の全てを賭けて得られる唯一なのだ。
たった1度でも他の誰かと繋がってしまったとき。
肉体の快感はあっても、この魂まで繋がる快感は永遠に得られなくなる。
その魂の底からの幸福感は一時の肉欲による快感を凌駕する。
「……魂まで繋がってる」
それは俺が発した言葉だと思った。
実際には視線を交わらせた姫乃が発した言葉だった。
「……うん」
俺も同意して、姫乃と唇を重ねた。
行為の後も服を着終えてからも寄り添って寝転んだ。
ずっと飽きずに姫乃の髪を撫でて頭にキスを落とす。
「恭平くん」
「ん?」
「愛してるよ」
「俺も」
そう言いながら額にキスを落とす。
「……アレ?」
「どうした?」
「恭平くん、愛してる」
「俺も愛してるよ」
「……あれ? 愛してるんだよ?」
「うん、俺も」
「聞こえてる?」
「うん、聞こえてる」
「そっかぁ……、恭平くん」
愛してる。
その言葉に溺れるように俺たちは何度も心からの想いを交わらせた。
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