第40話向き合うべきもの

 朝に姫乃を迎えに行くと目に見えてわかるほどにご機嫌だった。


 変なリズムの鼻歌を歌いながら俺の手を繋ぐし、事あるごとに俺の方に顔を向けてえへへと恥ずかしそうに笑う。


 やべぇ、俺の彼女可愛すぎ。

 それを口に出してしまい、姫乃がわかりやすく真っ赤になって、俺の腕にしがみつきながらうつむき歩く。


「あ、ありがと。

 恭平くん、……てるよ」


「なあ、俺らも一緒なこと覚えているか、バカップル?」

「ヒメ……、ここ屋外」


 今日はたまたま時間が重なった真幸と夢野も一緒だ。

 毎朝、姫乃の家に迎えに行っているんだから、隣の家の真幸と会うこともある。


「バカップルと言われたが、俺としては真幸と夢野の落ち着いた夫婦感が羨ましい」


 付き合って1日でそれを求めるのもどうかとは思わなくもないが。

 そう言うと隣で姫乃もしきりに頷く。


「えぇ〜……」

「夫婦感とか新婚夫婦間出してるヤツに言われてもなぁ……。

 2人とも初々しく恥ずかしがったりとか全然しないし……」


 ……なるほど、俺たちは新婚夫婦なのか。

 俺としては覚悟を決めたせいで恥ずかしがっている余裕がないというか。


 付き合いたてで初々しさがないとか、ダメだよな?


「新婚……、そっか、新婚。

 ふふ……」

 姫乃が嬉しそうだからまあいいかと思う。


 真幸が夢野と付き合い出してからは、流石に姫乃は真幸たちの弁当作りはしていない。


 姫乃は俺の弁当作りのついでに作ろうかと提案したが、真幸も稀李も思うところがあったのだろう。


 代わりに空いた日に夢野も含めて料理講座を開くらしい。

 俺も強制参加らしい。


 せっかく登校が一緒になったのだ。

 俺はこの機会に心配ごとを相談してみることにした。


 姫乃と約束するとは言ったが、俺が以前のチャラ男に戻ってしまえば約束など守りようがなくなってしまう。


 なので俺は改めてチャラ男の俺に対する防御策を必要とした。


「そんなに気にしなくても大丈夫だと思うがねぇ?」


 真幸は軽い口調でそう言う。

 それに姫乃も夢野も同意するように頷く。


「なっ!?

 おまえら楽観的過ぎるぞ。

 チャラ男をなめるなよ?」


 それともこれが高校生でありながらお付き合いをするような陽キャの感覚なのか。

 30歳童貞の俺にはハードルが高い。


 初カノができたから陽キャの世界へ入れるというものではないということだ。


「いや、前にも言ったけど川野君、チャラ男じゃないでしょ?」


「それはいまの話だ。

 記憶を取り戻せば手当たり次第に手を出し……」

「出すの?」


 姫乃が目の笑っていない笑顔で俺に尋ねる。

 死ぬの、と言われた気がした。


「いや、俺はそんなことしないが……」

「じゃあ、そのときは一緒に死のう?」


 俺にしがみ付き真っ直ぐに目を見つめる。

 吸い込まれそうな綺麗な色の瞳だ。

 俺はこういう姫乃の目が好みなんだなと実感する。


「おい、あれ大丈夫か?」

「ヒメって、とんでもなく重い子だったということね……って川野君!?

 嬉しそうな顔するのおかしくない!?」


「えっ、嬉しそうにしてたか?」

 その夢野の言葉に初めて自分が喜んでいることに気づき、自分の頬をムニムニとマッサージ。


 引き攣った笑顔とかじゃなくて嬉しそう、か。

 そうか、嬉しいのかと自分で自分の心に問いかける。


 愛する人が……、姫乃が命を賭けて俺とずっと一緒にいてくれると、そう言ってくれたのだから。


 嬉しいかと言われれば……うん、とんでもなく嬉しい。

 姫乃はそんな俺を見上げて優しく目を細める。


「……うそだよ?

 恭平くんを殺したりできないから、いなくなるのは私だけ」

 俺は思わず姫乃を抱きしめる。


「それはダメだ。

 ちゃんと生きてくれないと困る」

「……うん。

 だから記憶を思い出しても捨てないでね」


「おい、そこのバカップル。

 先に行くからな」

「外でイチャつくのもほどほどにね?

 あと川野君、何度も何度も言うけどあなたチャラ男じゃないから」


 外では気をつけよう……。


 腕の中では姫乃が自分の顔を隠すように俺にしがみ付いている。

「……外でイチャコラするカップルを見て、ああはなるまいと思ってたのに」

「バッチリと空気を読まずに外でイチャイチャするカップルだな……」


 幸い、朝の登校時だが駅にはもう少し距離があるので人の数は少ない。

 ……ゼロではないのでよろしくはないが。


 そっと姫乃を腕から出して、手を差し伸べる。

 姫乃も赤い顔でその手を取り……、スリっと俺の手に甘えるように頬に擦り付けた。


「……姫乃」

 俺は残った片手で赤い顔を隠す。

 姫乃は俺の手を逃すまいと頬に当てたまま、俺を真っ直ぐ見つめている。


「……恭平くんを逃してやらないから」

「それ、俺が言う側だよな?」


 俺が姫乃に好きだと告白したのであって、なんで告白した側が執着されてるんだ?

 それではまるで……。


 そこから言葉は続かない。

 なにかが霞がかかったように包まれている。

 ふと姫乃が微笑を浮かべた。


「……いいんだよ、恭平くん。

 私が恭平くんと離れたくないことだけわかってくれれば、それでいいよ」


 そう言って頬に当てていた俺の手を指の間を絡めながら繋ぎ直す。

「行こ?」

「……ああ」


 さすがにここまで来ると気付かざるを得ない。

 俺が自分自身の中に重大な欠陥があることを。


 姫乃がそれをわかっていながら、俺と共にいたいと言ってくれていることを。

 俺は……それに向き合いたいと、そう思った。

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