第38話彼女に就任!

 2人で仲良く教室に入ったことで、恭吾と千早、それに姫乃の友人2人、飛田杏香ひだきょうか有田友希ありたゆきも一緒に、何事かと近寄ってきた。


 どういうことかと驚きの声をあげる杏香と友希に姫乃は説明する。


「真幸君とは付き合ってるふりだったことは言ってた通り。

 本当はずっと恭平くんのことが……なの」


 いま俺をどう思っているのかについては聞こえなかったが、彼女たちはなにかを納得したように頷いた。


 真幸と別れたことはすでに話していたようだ。

 さすがに俺とのことは秘密にしていたのだろう。


 それから姫乃は恭吾と千早に振り返り頭を下げる。


「このたび恭平くんの彼女兼妻に就任しました水鳥姫乃です。

 改めてどうぞよろしくお願いします」


 千早が目を見開いて驚く。

 昨日までは付き合っていないと言っておいて、次の日にはこれだから驚くのは無理もない。


「妻とか言ってるし……。

 それに就任って役職なの?

 やっぱり川野君と付き合ってたんだ?」


 姫乃と千早はクラスメイトでましてや千早はクラス委員長なので会話ぐらいはしている。


 それでもクラスメイト以上の関係ではなかったから、俺から漏らさない限り姫乃とのことを千早は知りようがない。


 寝取り浮気から始まった関係なんて言えないけどな。


「どうせ恭平から告白したんだろ?」

「そうだよ」

 恭吾がボヤくようにそう言うので俺は頷く。

 告白したというか、白状させられたが近い気もするが。


 だがそんな俺の返事が納得いかなかったのか、姫乃はジーッと俺を見つめ、1つ大きなため息を吐く。


 それから少し目を閉じて、なにかを思案していたがすぐに目を開け、俺の手を取り真っ直ぐ見つめ……。


「恭平くん、……てるよ」


 一切の迷いのないなにかを姫乃は俺に伝えた……と思う。

 恭吾も千早も杏香も友希も、突然の姫乃の行動に固まって息を飲んだ。


 どこかのラブコメ主人公のように、目を逸らすことも誤魔化すことも俺にはできずに姫乃に返す。


「……ごめん、聞こえなかった」


 なにかを伝えてくれている。

 そんな気はするのだが、それは起きていながら夢の出来事のようにふわりとして俺の中に残らない。


「恭平、おまえ……」

「えっ?」

「あっ……」

「どういうこと?」


 俺と姫乃以外の4人が同時に戸惑いの声をあげる。

 なにかがおかしい、のだろう。


「こういうことです。

 そのものズバリ、私がベタ……なんですが、そこには触れずに秘密でお願いします!」


 姫乃は笑みのない真剣な顔で、この場限りの秘密にするようにとお願いする。

 4人が同じ顔で頷く。


 なにを言ったのだろう?

 同じような物言いを姫乃がしたことは幾度かあった。


 そのどれもが俺には意味がわからないものだが、それを聞いた周りの反応は驚きと納得だった。


 そうこうしている間に授業が始まるが、姫乃はなにか気になるのかチラチラと俺の方を見てくる。


 先生が黒板の方に向いた隙に姫乃へ小さく手を振ると、はにかんだ小さな笑みを浮かべて姫乃も小さく手を振りかえしてきた。


 むずがゆいような、意味もなく叫びたくなるような変な気持ちになった。


 後ろの席の恭吾が俺の椅子に軽く蹴りを入れる。

 うん、まあ、気持ちはわかる。


 どう見ても付き合いたてで浮かれたカップルのそれだよな。


 改めて姫乃と付き合いだしたんだなと実感する。


 ……同時に。


 なぜ姫乃が俺と付き合いたがってくれたのか。

 その答えはまだ俺の心のモヤの中で、めまいのような気持ち悪さを与えてくる。


 認めたいけど、認めたくないナニカが俺の心の中にあるように。





 昼は昼で、姫乃の手作り弁当を受け取り例の自販機のそばの椅子に2人で腰掛ける。

 どうやら姫乃は真幸のとき以上に俺との付き合いを隠す気はないようだ。


「……あ、私たちのこと秘密にした方が良かった?」

 おそるおそるといった様子で姫乃は俺にそう問い返す。


「いや姫乃が大丈夫なら俺はどちらでも」

 なにかあったときに困るのは姫乃の方だろう。


 もしも姫乃に好きな人が現れたときとか……。

 そう想像しただけで地面に転がりのたうち回りたい気持ちになる。

 そのときに邪魔をしないでいる自信はもうないどころか不可能だ。

 心臓もずきんどころではない。

 ぐさっとざくっとえぐられることになる。


 本気でそうなったら、俺はなと実感した。

 そんな俺の懸念を今だけでも、払拭ふっしょくしてくれるかのように姫乃は嬉しそうに笑う。


「良かった。

 私が恭平くんのものだって実感できるからね」


「姫乃が俺の?

 俺が姫乃のものじゃなくて?」


 それはとても変な会話だ。

 恋をした方が負けとはよく言われることだ。


 より愛された者の方が強気に出てしまうのは若いうちにはありがちなことだが、姫乃にはそれがない。


「そ、私が恭平くんのもの。

 でも、うん。

 恭平くんは私の。

 そうだね、もう逃さないから」


 俺の手を繋ぎ貫くような強い視線で姫乃は俺を見つめる。

 目を逸らしたら負け、そんな意思を込めるように。


 なので。

 隙ありと唇を奪った。

「!?」


 嫌がるようなら止めようと思ったが、姫乃は避けるそぶりを見せなかった。

 もしやするとキスされるとは思わなかったのかもしれない。


「……隙を見せたらキスされるぞ?」

「隙見せてないもん……」

 どう見ても隙だらけだったが?


 注意をうながしたうえで再度、唇をそっと重ねる。

 今度は最初から受け入れるように姫乃は目を閉じてキスを迎え入れた。


 感触を確かめ合うが、触れ合う程度のキスで留めた。

 屋外であり学校内なのだ。

 いくらなんでも見られるとまずい。


「……恭平くんの家に寄っていい?」

「……家に来ると手を出すぞ?」

 言葉としてハッキリ言った。


 警告のつもりだったが、姫乃は真っ直ぐに俺を見て言い返す。

「私は恭平くんからの誘いをこばんだことないけど?」


 姫乃への愛しさのせいでおかしくなっているが、肉体はともかく精神は30歳。

 高校生に手を出さずに成長を見守るべきなのだ。


 成長を待って、そのときにそれでも共に人生を歩みたいか結論を出してもらうのだ。


 ただ同時にそれはこうも言っている。


 若いときの考えは間違うものだから、そのときに違うと思ったら別々の人生を歩もうねと。


 すでに生涯を共にしたいとお互いが思う中で、未来の自分たちにだけ判断を委ねさせるのは違うのではないかと思う。


 事実、今後なにがあろうとも俺が姫乃を手放せることはないだろう。


 だからこそ俺は混乱する。


 俺が姫乃に好意を寄せて姫乃が選ぶ側として、付き合っているはずなのに。

 まるで姫乃こそが俺を求めて、俺が選ぶ側かのような言い回しの理由を。

 俺はまだ、理解出来ずにいた。

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